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2000円もするハンガーだけで始めたECサイト「Hanger Project」

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ぱっと聞いただけでは「さすがにそれは無理じゃないか...?」と思うアイテムを主力商品にするECサイトがある。

Hanger Project」は高級木製ハンガー専門のECサイトとして、2007年に米国テキサス州に誕生した。

中国製の木製ハンガーが1本1ドル(約100円)前後で出回り、プラスチック製ならば、購入した洋服のおまけにただでついてくる時代に、同サイトはハンガー1本を15~50ドル(約1500~5000円)で販売している。絶対に壊れない「一生モノ」だというが、高価なので、当然、顧客層は限られる。

クローゼットの限られたスペース内に、掛けられる数も決まってくるハンガーを主力商品として、継続的なECサイトが運営できるのだろうか?

これが、どうもうまくいきそうなのだ。同社のハンガーは、多くのファッション誌やファッション愛好者の支持を取り付け、すでにビジネスを拡大し始めている。

一体、どんなやり方なのだろうか? 見ていこう。

理想のハンガーを追い求めて

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2005年、テキサス大学を卒業し、投資銀行に勤めはじめたKirby Allison(上写真、以下アリソン)氏は、上質なスーツを奮発して購入した。しかしハンガーがスーツの質に追いついていないために、文字通りの一張羅が型崩れすることが、すぐに不満の種となる。

そこで彼は「Ask Andy About Clothes」というメンズファッションの掲示板を訪れた。必要なファッションアイテムを探すためなら、地球を半周することも厭わない粋な男たちが集うと評判の掲示板である。スーツに最適なハンガーがどこで買えるのか教えてもらえるものと期待していたのだが、伊達者たちも既存のハンガーに不満タラタラであると分かっただけが収穫だった。

「フム、ここの連中でも見つからないということは、上質なスーツを託すのに値する高級ハンガーはこの世に存在していないということだ」

アリソン氏はそう結論を下した。存在していないのなら、自分で作るしかない。彼は週末と週日の夜を使って、ハンガー作りに着手する。後にこれは「the hanger project(ハンガー・プロジェクト)」として知られるようになる。

完璧なハンガーの必須条件とは何かを見つけ出すために、ハンガーの製造メーカーや有名な仕立て屋に連絡を取った。また、上記の掲示板で「『スーツ用ハンガー』とはいかにあるべきかについて」というテーマでスレッドを立て、関心をもったメンバーから意見を求めた。

こうして彼は数カ月を費やし、ハンガーの試作品を完成する。掲示板のメンバー60人から全部で数百本分の予約注文が入り、メーカーに発注した。

完成したハンガーを受け取ったメンバーたちからはすこぶる好評だったが、アリソン氏自身はまだ完璧とは思っていなかった。ハンガーのサイズを増やし、設計を改良すれば、「特注ハンガー」というアイデアにはもっと発展の余地があると感じた。

設計に手を加え、2回目の注文を受け付けると、今度は数千本分の予約が入った。「小規模な副業」としては悪くない。

続く数カ月の間にハンガーをもっと売ってくれという要望が殺到したため、3回目の予約注文を受け付けたが、製造予定数はすぐに完売となった。

ここでアリソン氏は副業を拡大することを決意し、日中の勤務を続けながら、ECサイトの開設に取りかかった。サイト名を何としたらよいか悩んでいた彼に、ルームメイトが「これまで通りの名前で呼ぶのがベストだ」と助言し、高級ハンガーを専門とするECサイト「Hanger Project」が誕生した。2007年のことだ。

創設当初、「この不況のご時勢に、わざわざハンガー1本に20ドル(約2000円)以上も費やす"お大尽"がどれだけいるだろうか?」と、ファッション評論家からも先行きを疑問視する意見が聞かれた。

しかしそれまでの体験から、アリソン氏は確信していた。「お気に入りのスーツを長く着続けるためにハンガーに投資することを合理的と感じる顧客層が確実に存在する」と。

同年11月、the Wall Street Journal紙が製品レビューの記事でハンガーを取り上げ、Hanger Projectの製品に総合で最高の評価をつけた。続いてグアテマラの高級紳士服店から大量の注文が入った。この2つの出来事を契機に、同サイトの知名度と業績は大幅にアップ。ほどなくしてアリソン氏はサイトの運営に専念するようになる。

情報の質と量にも表れる「ハンガー」への並々ならぬ情熱

Hanger Projectが販売しているハンガーを見てみよう。

商品メニューで「HANGERS」にカーソルを合わせると、次のようにハンガーの種類が表示される。

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男性用ハンガーには「スーツとジャケット用」「ズボン用」「シャツとセーター用」「エクストララージ用」「アクセサリー用」の5種類、女性用には「衣類用」と「アクセサリー用」の2種類がある。

男性用から「スーツとジャケット用」を選択してみると、以下のように、左から順に「スーツ用」「ジャケット用」「旅行用」の3つの商品が表示された。

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驚くのは、ここから先である。それぞれの商品に付属する説明がかなりの量なのだ。「スーツ用ハンガー」を例にとると、図解入りで次の説明が表示される。

【ハンガーの構造の説明】 画像を見る

「フックとハンガー本体とをワッシャによりきちんと固定されているので、フックが本体から外れることはなく、一生お使いいだける」「人間の肩の形に合わせて湾曲を描いているため、仕立てたときのままの形状を維持できる」「材質を吟味しているため、服にとって良いだけでなく、見た目にも美しい」といった文章が並ぶ。

【正しいサイズのハンガーを選ぶためのガイド】 画像を見る

ハンガーのサイズは、「スモール」「ミディアム」「ラージ」「エクストララージ」の4種類。「適切なハンガーはスーツの肩の縫い目より先に伸びてはいけない」とある。

ハンガーを受け取って、サイズが合わない場合は、30日以内であれば、無料で交換に応じる(米国内のみ)そうだ。

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サイズ52の上着を「ミディアム(17インチ幅)」のハンガーに掛けると、上の図のように肩の部分がハンガーからズレ落ちるので、これでは小さすぎると警告している。52の場合は「エクストララージ」を選ぶ必要がある。

【3種類の仕上げオプションについての説明】 画像を見る

ハンガーの素材と仕上げの選択による違いを示している。

これだけでも結構な分量だが、この下に、さらに文章でのみの説明が続く。

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「Hanger Projectはオーダーメイドスーツの仕立て屋と協力して完璧なハンガーを作成しました。紳士用スーツの型を維持するために不可欠なことは、肩の部分をサポートすること。Hanger Projectのスーツ用ハンガーは、平均的なハンガーに比べ、5倍のサポート力があります」と強調している。

サイト側の説明だけでは信じられないという人は、「REVIEWS」のタブをクリックすれば、すでに購入した顧客の感想を読むことができる。

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どれも星5つ。絶賛ばかりだ。スウェーデンからも注文が入っている。

これだけの情報を読んでも疑問が残る場合には、アリソン氏が直々にチャットや電話、メールで質問に答えてくれる。

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Hanger Projectが販売しているハンガーは、このサイト独自の開発商品であり、他では手に入らない。しかもその品質については、全国紙やファッション雑誌から高い評価を受けている。

しかし同サイトはそれらのことに甘えずに、商品の魅力を顧客に伝えるための努力を真剣に続けているのだ。

高級ハンガーを手にしたことから生まれる「身だしなみへのこだわり」と「上質な品物に対する憧れ」

アリソン氏は一張羅のスーツを少しでも長持ちさせたいという気持ちからハンガーの製作をはじめたが、ハンガーが完成したときには、彼の身だしなみへのこだわりは、以前よりも一段高いレベルへと成長していた。

掲示板を通じて、身だしなみやファッションにうるさいメンバーたちと継続的に交流したことや、仕立て屋や木工職人のプロの仕事に接したことにも影響を受けたのだろう。

ハンガーだけでは満足できなくなった彼は、垢抜けた外見を維持するために必要な品物を世界中から見つけてきては、ラインナップに追加するようになった。現在、同サイトには、靴のケア用品をはじめ、ネクタイ、靴下、カフリンク、傘、グルーミング製品など、身だしなみ全般に関連する高級商品がズラリと並んでいる。

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同サイトのブログでは、靴の正しい手入れ方法を画像入りで丁寧に解説し、靴の手入れに投資することが、ハンガーに投資することと同じく、長い目で見れば、節約になると教えている。効果的なクロスセルだ。しかも靴用クリームは消耗品なので、定期的に買い替え需要が発生し、リピート顧客の獲得にもつながる。

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さらにブログでは、新しくラインナップに追加した商品について、その製作現場や販売元をレポートして、いかに細部までこだわって作られた上質な製品かを文章と写真で伝えている。

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こちらは最近、サイトで販売するようになったイタリア・ナポリの伝説的な傘のブランド「Mario Talarico」の店。Hanger Projectでの販売価格は1本340~575ドル(約3万4000~5万7500円)である。

顧客を繰り返し訪れさせるための仕掛け

Hanger Projectの成功要因としては、まず「顧客像を絞り込んで、その顧客が喜ぶ商品を提供した」ということが挙げられる。

しかし「高級ハンガー」をニッチな顧客層に向けて黙々と販売し続けるだけなら、いずれ競合が現れて、市場を食われてしまうだろう。

Hanger Projectは、サイトのオーナーであるアリソン氏のハンガーにかける情熱と身だしなみに関するこだわりをサイトを訪れる顧客にしっかり伝えることで、ブランドイメージを確立し、その危険を回避している。

このサイトをしばらく眺めていると、我が家のクロゼットにぶら下がっている針金やプラスチック製のハンガーがチープでみすぼらしく見えてくるだけでなく、「頭の先から足元まで身だしなみを整えることは、毎日の生活の質を向上させることにもつながる」と感じて、靴のケア用品やグルーミング用品にも自然と目が行くようになる。

つまり、Hangar Projectはただ高級ハンガーを売っているのではなく、身だしなみに気を配ることで得られる「体験価値」と良質な品物を大切にして、長く使うという「ライフスタイル」も一緒に売っているのだ。

そのため、顧客は自分のワードローブにある最も高価な服用にハンガーを1本買って、それでオシマイとはなりにくい。1本のハンガーをきっかけに、アリソン氏自身と同じように、高級で良質な品を志向するようになり、このサイトを度々訪れるようになる。

Hangar Projectの成功要因を整理しよう。

(1)顧客の隠れたニーズに応える商品を一つだけ作り、ファンを作ったこと。
(2)ファンの気持ちを汲み取り、彼らが飽きる前に横展開を開始したこと。

この2点だろう。

資本力の限られた無名のECサイトがビジネスを軌道に乗せるには、繰り返しサイトを訪れて、商品を購入してくれるリピート顧客を獲得することが欠かせない。売れ筋商品をいくら揃えても、1人の顧客がたったの1回しか購入しないなら、黒字化を達成するのは困難だ。扱っている商品の単価が低ければ、なおさらである。

ECサイトの成長において大事なことは「売り物を揃えること」ではない、ということがよく分かる。
大事なことは、顧客のニーズを知ること、ファンを作ること、ファンが喜んでくれることを実行することだ。

ビジネス環境は、根本的に変わったのだ。モノを作っておけば売れていた「20世紀的やり方」にこだわると、増えるのは売上ではなく倉庫代だ。今はむしろ、手元に商品が無い人の方が自由に売るものを決められる分、商売しやすい。

Hangar Projectは、21世紀のビジネス環境における「成長のロールモデル」といっても差し支えないだろう。

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