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「卒業する僕へ」ネットに跳梁跋扈する意識の高い訓示親父は若者の気持ちなんてわかってない

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大学院の修了式だった。2年間通った修士課程を修了し、卒業した。

ふと気づいてしまった。毎年、この時期になるとネット上には、意識の高い訓示親父が跳梁跋扈する。卒業する若者、新社会人になる若者に向けたメッセージをソーシャルメディアやブログで書き綴る奴らだ。私も昔は書いていた。39歳にして卒業式(修了式)に参加するという稀有な体験をして気づいたのだが、こういう訓示親父たちは若者の気持ちなんてまったくわかっていないということを。

修了式の日は、実に淡々と進んでいった。いつもと同じように、午前中は自宅で仕事をした。電車に乗り、国立へ。中央線は今日もオレンジだった。やはり、2年間そうしたように、大学通りを、最近ボーカリストの交代がアナウンスされたスウェーデンのメロディック・デス・メタルバンドARCH ENEMYを聴きつつ歩く。国立の平和な街の雰囲気と、デスメタルのギャップが好きなので、いつもそうしていた。

指導教官の研究室でご挨拶をした後、講堂で修了式。期待もしなかったかわりに、欠席するつもりもなかったのだが、想像以上に感動的だった。学長の言葉は重みがあった。修士課程、専門職大学院、博士課程それぞれで総代が出たのだが、3人中2人が留学生だった。日本語でのスピーチ。日本で学んだ喜び、苦労などが語られていて、飾りっけのない言葉がジーンときた。

終わった後は、学位記や成績証明書を受け取ったり、記念撮影をしたりした。

同級生はほぼ20代半ばだったが、私のように社会人院生もいるし、バラバラだ。進路は進学と就職で半々。毎年これくらいのようだ。いや、修了者の学籍番号一覧から想像するに、どうやら様々な理由で留年している人も同じ研究科では3割くらいいるようだ。

別に気分が明るいわけではない。進学する者は「私、進学なのですよ・・・」と、やや暗い表情で話す。そう、これからの博士課程での日々は、何年かかるか分からないし、博士号を取得したところで、教育・研究機関への就職が約束されているわけではない。

就職する者も、企業社会が甘い世界ではないことは、それなりにわかっている。明らかに優秀だと思う同級生たちのうち、何名かは営業職として社会に出る。弘兼憲史のサラリーマン漫画『課長島耕作』の、島耕作の上司、中沢部長(当時)は、大学院まで行ったのに、営業配属でいきなり裸踊りなどをさせられ「マルクスやケインズも吹っ飛んだよ」と劇中で語っている。今どきはコンプライアンスが厳しいので、そういう機会はないだろうが、その手の宴会芸のようなサラリーマン的洗礼もあるだろうし、なんせ、業務そのものが厳しい。

毎年、ネット上で跳梁跋扈する意識の高い訓示親父は、このような、若者の微妙な気持ちなんて全く理解していない。実は彼らも、若者に語りかけるつもりだとか、理解しようとするつもりすらなくて、セルフブランディングに取り組んでいるだけだ。

そう、卒業式なんてものは、決して美しい「だけ」の時間・空間ではなく、喜怒哀楽、期待と不安が入り混じった微妙な時間・空間なのである。その気持ちを理解して欲しいのだ。

この◯年間って何だったのだろう?この先、食っていけるのかなど色々考えるわけだ。

思えば、人生において経験したこれまでの卒業式は、別に完全に晴れた気持ちのものでもなかった。いや、楽しかったとしても、「後ろ向きな楽しさ」だったりするわけだ。

幼稚園の時は、1年保育で馴染めなかった嫌な日々から脱出できることと、もう割烹着を着なくて良いという後ろ向きな理由から、楽しく迎えることができた。

小学校の時は人生で最も嫌いな人間である「お前は母子家庭の息子なみから言うと自覚が足りない」と言って皆の前で私を何度も殴った、今なら問題になりそうな担任の先生と、もう一生会わなくて良いという意味で気分が晴れていたが、中学校に入ると制服を着るのかと思い嫌な気分になったものだ。

中学校の時は号泣するヤンキーの同級生ほどピュアな気分になれず複雑な心境だったし、高校の時はまだ大学の合格発表の前で近い将来の不安を抱えたままだった。

大学を卒業したのは1997年だったが、その後の人生が楽勝でないことなんてなんとなく想像できたので、やはり期待と不安が混じっているものだった。入学式と同じ講堂だったわけだが、あの頃より擦れてしまったなと感じたりもした。

ただ、人間の記憶はウソをつくので、あたかも学生生活が美しい日々だったかのように思うし、卒業式が美しい日だったように思うのだ。

いや、大学院の修了式はこれまでの卒業式並みから言うと、過去最高に楽しかった。中年で入ったのにも関わらず、若い、楽しい仲間と出会うことができた。この日も、仲の良い仲間と美味い酒を飲み、よく笑った。

しかし、楽しく美しい2年間というわけではなかった。

昨日のエントリーにも書いたが・・・。「勉強って、研究って面白い!」とか、「学問とはこんな厳しいものなのか・・・」「この先生、すごい」「こんなに優秀な20代がいるのか」「こんな偉大な先行研究があったのか」などという前向きな体験もしたが、出席していなくてもAがもらえる講義、毎回教授が論文を朗読する講義、前回言ったことを覚えていない場当たり的な指導、指導の放棄、「自由な議論を」と言いつつ放置しているだけの講義、院生に指導を任せるが講義中に教官と院生が指導方針をめぐって議論しだす講義、レポーターが寝坊し遅刻し崩壊する講義などなど、最低の体験もしつつ、学生生活は進んでいくのである。これもまた、日本の大学の現実だ。

私自身に関して言えば、仕事をなかなか辞められず、いつも時間に追われながら、勉強・研究と仕事をしていた。家庭だってある。「両立」なんて大嘘だ。諸々迷惑をかけつつ、なんとかやったという感じだ。とはいえ、2年間で14冊の本を書き、月20本の連載を持ち、週5コマ(全盛期は8コマ)大学で非常勤講師をし、週2回のペースで講演をし、メディア出演もしつつ、出来は悪かったものの修士論文を書き、ちゃんと2年で修了できた自分はちょっとくらい褒めてあげてもいいと思う。

ただ、決してカッコイイ、誇れるような日々ではなかったな。気づけば、アルコールの量が増え、なかなか朝が起きられない時期もあった。明らかに鬱の初期症状だったのではないかと思う。

私は、妻は美人だし、家も持っているし、外車に乗っているし、サラリーマン時代の数倍稼いでいる。ただ、同級生たちの才能、何より「若さ」には勝てなかったな、と思った次第だ。若い才能に負けるということを毎週繰り返す。それが私の2年間だ。

卒業式というのは、喜怒哀楽、期待と不安が入り混じったものであって、決して美しい「だけ」のものではないのだ。

ネット上に跳梁跋扈する意識の高い訓示親父たちのメッセージで心打たれるのは、実は普通の大人であって、卒業する学生たちには実は響いていないのじゃないか、そんな風に思った次第だ。

ただ、「卒業」というのは、誰でも何らかのかたちで経験しているものであって、大人になっても胸がきゅんとくるものであるから、それなりに支持されるのだろう。ある会社が、卒業をテーマにした広告を出した際に、宣伝担当の方の話を聞いたことがあるが、まさにそんな理由からだったそうだ。実にしたたかだ。

卒業した仲間たちは約1週間後、入社式を迎える。4月に刊行される『「できる人」という幻想』(NHK出版新書)という本で、平成元年から平成25年までの大手企業の入社式報道を分析したが、まあ、もうすぐ退任する人たちによる言いっぱなしだ。

1991年4月7日付の日本経済新聞は、各社の入社式訓示に対して、実に秀逸なツッコミをしている。

「今年は、国際性が豊かなチャレンジ精神があふれるプロフェッショナルで、社会性も身につけた個性派ビジネスマン-----となる。こんな“とんがり社員”があなたの周りにいますか?」
要するに、大手企業を中心とした各社の入社式での社長による訓示をつなげるとこうなるというわけだ。

この記事は次のメッセージで終わっている。

「挑戦的」で「創造的」な「国際的」視野を備えた「プロ」は、経営者にこそ必要なようだ。
この入社式の社長訓示同様、実はネット上に跳梁跋扈する意識の高い訓示親父たちは、実は自分自身に語りかけているのかもしれない。

こういう言いっぱなしに耐えて、若者は大人になっていく。これもまた現実だ。

そろそろ、若者への説教を「卒業」しろよ、と私は言いたい。そして、若者には、大人たちの包帯のようなウソに騙されない知力と勇気こそが必要なのだと思う。


というわけで、卒業してしまった。ライター業、大学の非常勤講師などをして生計を立てつつ、半分、家畜をやりつつ、次の進路に向けた浪人生活が始まる。大学の学部の卒業式では、こんな人生の甘さも苦さも、まだまだ知らなかったな。

人生は紆余曲折と試行錯誤の繰り返しだ。

さあ、今日からまた生きようか。

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