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「匿名」とは何か?その使いこなしをSNSを例に考えてみる(1)

「匿名―実名」だけのスケールでは説明は十分ではない

インターネット上、とりわけSNS上で「匿名」はどのように機能するのだろうか。今回はSNSを中心に「匿名性」について考えてみたい。

匿名は無名=存在が知られていないというわけではない

先ず、「匿名」ということばについて確認してみたい。「匿名」というのは「匿」「名」。レ点読みすると「名を隠=匿す」となる。それゆえ対義語は「名を隠さない」、つまり「実名」となる。ということは、一見すると「匿名は名を隠している人間の存在が知られておらず、実名は知られている」ということになるのだが、これは間違っている。匿名であったとしてもよく知られている人間は山ほどいる。またその逆も同様だからだ。
ということは、「実名―匿名」という二分法だけでは、匿名の性質がわからない。そこで、これに「有名―無名」という、もう一つの二分法を挿入してみよう。これはその人間の存在=人格・人物が「名前」の認知の有無にかかわらず知られているか否かという軸だ(この「有名」は、一般に使われている「有名人」のそれではない。認知度の規模の大小にかかわらず、一定範囲で存在=人格が知られているという意味)。また、この軸の他に、さらに補足として、先に挙げた「有名人」で使われるような社会一般に用いられている「有名」、つまり広く世間に認知されていることを、ここでは「著名」、一方、社会一般に用いられている「無名」、つまり周辺のみに知られ、世間には知られていない言葉を「非名」という言葉で便宜上表現しよう。つまり「実名―匿名」「有名―無名」そして「著名―非名」となる。
さて、これら「匿名性」(あるいは有名性)を、前者二つの軸を中心にマトリックスを構成すれば次のようになる。

第一象限:実名+有名

名前と顔が一致し、しかもその存在=人格を認知しているという人物が該当する。リアル上では身内、友人、知人が該当する。当然、一般人の場合、世間的には知られていないので非名な存在だ。一方、ヴァーチャル上では、自らの名前=実名がネット上に晒され、かつその存在=人格・人物が知られている場合だ。非名で典型的なのはメールのやりとり(相手と実生活での関わりが前提される)、そしてSNSならばLINEとFacebook上のメンバーが該当する(ただし、ハンドルネームを利用する場合は非該当)。ただしLINEは非名のレベルが極めて高い。有名なのは原則、身の回りの人間だけだからだ。当然、情報の双方向性も高くなる。ただし、Facebookは「友達」を増やしていけば著名な方向に向かう潜在性を有している。

 一方、実名+有名で「著名」な存在は政治家、そして実名で露出するタレント、有名人などが該当する。これらの人物については、情報の受け手は彼らの存在を直接的には知らないが、彼らがどのような活動を行っているのか、どのようなパーソナリティなのかをメディア越しにはよく知っている。 情報の流れは一方向的だ。

第一象限的は一般的な匿名の対極にある。自らの発言にはリアルな自分の存在が常に担保としてつきまとう。それゆえその発言に際しては責任性が生じる。たとえば知り合いの他者に向けても、その関わり方には一定の礼儀が重んじられるし、他者への配慮が前提とされる。著名であれば、その責任性はさらに大きくなる可能性が高い。著名人の「失言」などは、その責任制を象徴的に示す事態で、しばしばスキャンダル的な扱いさえ受ける。

第二象限:匿名ー有名

名前それ自体は知られていないが、存在は認知されているといった人物が該当する。非名のレベルでは、例えばSNSのmixiなどでハンドルネームを使用している状況が該当する(LINE、Facebookもハンドルネームを利用すればこちらに該当する)。お互い匿名であるが、mixiを介してやりとりする相手のそのほとんどは日常的に関わっている人間であり、実際にはその名前を知っている。またネットを介して匿名で知り合い、実名を伏せつつ関わり合い続けるような場合もこれに該当する。以前「ネカマ」がネット上で話題になったことがあるが、これなどは男性が匿名を利用して女性を装い相手の男性と関わるわけで、関わり合いが深まることで結果として互いの人格が知られるようになる(たとえ、その人格が仮想のものであったとしてもだが)。

著名のレベルはやはり有名人が該当する。芸能界なら、たとえばデーモン閣下が典型。実名は知られていないが(判っているのは名字の小暮だけ)、その存在=人格はつとに知られている。マツコ・デラックスや叶姉妹もまたこのカテゴリーに属するだろう。これらの人物のホントのところはほとんどわからない(まあ調べれば実名がわからないこともないが。たとえば叶姉妹は実際には姉妹ではない。しかし一般的にはそういったところに関心は向いていない)。また、ネット上の例を挙げればブロガーのちきりんは匿名であり、こちらは顔も実名も知られていないが、ブロガーとしての存在=性格は著名だ(彼女の場合、支持する読者たちは彼女の書くネタと言うよりも彼女だからそのブログを読む。つまりブログを書く人格に関心を持っている)。一般人だと、ちょっと前に流行った「生協の白石さん」あたりか?

第二象限的な存在の場合、匿名であったとしても、人格がある程度発言の担保となる。非名の場合は、実質的に相手の存在を知っていれば(mixiでの関わりなど)、これは第一象限とほとんど同じ、つまり実名ということこととなるし、相手の存在=実名を知らない場合でも、人格の一貫性が担保として機能している。ということは発言においては実名と同様の責任性が生じる。ただし、匿名と実名が照合できない人間にとっては佐野対象が特定されない。それゆえ、この象限での関わりは知っている同士の親密性やプライベート感覚が強くなる。要するに「ここだけの話」といったシチュエーションが成立する。

著名の場合には、非名における「実名認知」「実名不認知」の中間的な立場となる。前述の例としてあげたデーモン小暮、マツコ、叶姉妹などは姿が露出しているので実名認知に近い。ただし匿名として別人格を演じているというレベルでは一般人のそれとは異なっている。それゆえ、この手の著名の場合には責任性が生じるが、一般には別人格を演じているという前提が認知されているので、責任性が若干留保され、比較的自由な発言が可能となる。異界系?(デーモン小暮)やニューハーフ系(マツコ)などが領域横断的に発言が許されるのは、こういった立場に自らを置いているからだ(たとえばデーモン小暮は角界のご意見番を「魔界」の立場から語ることで相撲界からは重宝がられている。いわばトリックスター的扱いだ)。まあ、逆に言えば、別人格としての責任性が発生するのだが。ちきりんや生協の白石さんの場合、別人格を演じているわけではないが容姿や属性が不明ゆえ、実名不認知的な存在となる。そして、この場合、人格と言うよりも属人性、つまりこれら人物が持っている知識や見解といったところが一般の対象となる。もちろん、この2人も自らの専門とする領域での発言には責任性=人格の一貫性要求が生じる。さもなければその著名性は担保されない(このカテゴリーに属するアメリカで有名な存在は「偽ジョブズ」だ。本物ではないにもかかわらず「スティーブ・ジョブズ」と称し、アップルに関する様々な情報を流したり、コメントしたりしていたが、その情報がきわめて詳細かつ正確だった、つまり発言に責任があったので偽物であるにもかかわらず、多くの支持者を得た)。

第3象限:匿名+無名

2ちゃんのほとんど、いわゆるハンドルネームや名無しさん、そしてブログなどにコメントする匿名の人間、そしてTwitterにハンドルネームで登録している人間が該当する。このような存在はSNS上で自らが反応=コメントすることは出来るが、直接自らに反応されることは、原則無い。ある場合は、コメントに対して直接ツッコミを入れられる場合に限定される。もちろん、この場合、あくまでハンドルネームや名無しさんとしての立場に対してツッコミが入る。ということは、この立場では、発言に際してはかなり自由な態度がとれる。いいかえれば無責任な発言が可能となる。最終的にリアルな自分=人格が危害を被る可能性がほとんどないからだ(ツッコまれてヤバくなったらフェードアウトすればよい)。当然ながら、この象限では著名な存在は論理上、あり得ず、非名だ。

第4象限:実名+無名

名前を晒してはいるが、その存在を知られていないといった存在。リアルな世界では名簿に記載されているような人物(名前と顔が一致しない)。ヴァーチャルでは実名でアップされているブログのほとんど。これらの閲覧数は一日、二桁程度であり、だから、名前を晒したところでほとんどの受け手に、その存在が知られることはない(ただし二桁程度の閲覧者のある程度が仲間内なので、この範囲においては「実名+有名」となる)。この象限でも著名な存在は論理的にあり得ず、全てが非名だ。

こうやって匿名の中身を整理してみると、結局、実質的に①実名―有名―非名、②実名―有名―著名、③匿名―有名ー非名、④匿名―有名―著名、⑤匿名ー無名―非名、⑥実名ー無名―非名の六つのカテゴリーが登場することがわかる。ただし一般人はほとんど非名なので実質的に②や④の立場に置かれることはない。

そして、ネット上で、われわれはこれらの特性を無意識のうちに察知し、それぞれのメディア特性に基づいて使い分けをしているのだけれど、この使い分けがかなり適当ゆえ、しばし混乱が起きている。そこで、この混乱状況について、もう少し単純化した形で考えてみよう。わかりやすいように、それぞれの象限にネーミングを施そう。先ず、一般人のみがそのシチュエーションに入り込むものだけ、つまり1、3、5、6について。1は「現実世界空間的存在」、2はバーチャルだが現実をそのまま持ち込んだだけなので「現実模倣空間的存在」、5は「匿名ヴァーチャル空間的存在」、6は「非存在」。

そこで次回はSNSFacebook、Twitter、LINE、mixiといったSNSが「匿名性」を軸に、どのように使い分けられているのか、あるいは誤用されているのかについてみていこう。ちなみにFacebook=「現実世界空間的存在」、mixi・LINE=「現実模倣空間的存在」、Twitter=「匿名ヴァーチャル空間的存在」として、振る舞うのがそれぞれのSNS上での原則だ。(続く)

【関連記事】
facebookの匿名性〜「匿名」とは何か(2)

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