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- 2011年03月18日 20:01
「逃げろ」「逃げるな」ではなく
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もし、いま、軍事政権化にあり、国民総動員体制で、国家のために個人が犠牲を払うことが求められる社会であれば、「疎開」は奨励されるでしょう。実際に、日本は子どもたちを「疎開」させました。その結果、子どもたちがどのような体験をしたか?遠くない過去です。私たちは彼らの手記を読むことができますし、もしかすると身近な人に経験をした人がいるかもしれません。「疎開」を楽しんだ子どもたちもいます。親と離れてつらい思いをした子どもたちもいます。そしてすべての子どもたちが共同生活に向いているとは限りません。疎開には疎開のリスクがあります。
こうしたリスクを、「分配するためのリソースがないのだから、多少の犠牲は仕方がない」という文言の下、被災者に「疎開」を押し付けることには私は賛同しません。しかし、現地の人々が「集団疎開を希望する」というのならば、話は別です。希望する人たちや、子どもたちのために、行政が場所や交通手段を用意することは必要です。私が言っているのは単純なことです。「当事者の声を聞け」と言っているのです。
1995年の阪神淡路大震災で、精神科医として救援活動を行った中井久夫は、今回の地震が起きてから、「関西の人間が、調子の良いことは何も言えない」という語り出しで、次のように述べています。
いま、逃げない人は、逃げたくない人ではないのです。受け入れ先や交通手段がないだけでもありません。いま、100パーセント、安全だと考えている人はほとんどいないと思います。たとえば、「仕事があるから*3/逃げると仕事を失うから」「いまあるコミュニティから離れたくないから」「障害・病気があるから」「近くに介護が必要な人がおり、おいていけないから」……無数の理由があるでしょう。そうした理由と、災害による危険を天秤にかけて、「逃げない」という選択をしている人が多いのです。「逃げる」ことで、失うものが多かったり、「逃げる」ことで得られるものが多かったりする人は、「逃げない」のです。そして、逃げにくい場所により強く追い詰められるのはマイノリティです。
先日、ブラジル出身で、日本で暮らしているリリアン・ハタノ・テルミさんからメッセージが発信されました。以下のブログで読むことができます。
こうしたリスクを、「分配するためのリソースがないのだから、多少の犠牲は仕方がない」という文言の下、被災者に「疎開」を押し付けることには私は賛同しません。しかし、現地の人々が「集団疎開を希望する」というのならば、話は別です。希望する人たちや、子どもたちのために、行政が場所や交通手段を用意することは必要です。私が言っているのは単純なことです。「当事者の声を聞け」と言っているのです。
1995年の阪神淡路大震災で、精神科医として救援活動を行った中井久夫は、今回の地震が起きてから、「関西の人間が、調子の良いことは何も言えない」という語り出しで、次のように述べています。
日本で一時にこれだけの災害はなかった。空襲も、これだけ広範囲ではなかった。今までの資料に書かれていないことも起きていると思う。阪神大震災の時は、神戸の中から色んな提案がでてきた。僕らは教訓より、現地の中の声に耳を傾けるべきだと思う。中井さんが述べているように、当事者は多様です。一人ひとりにとって、震災は違うものです。避難についても考え方は違う。そうした人たちを尊重する、ということは、何もしない、ということではないのです。私たちにできることは、当事者に選択肢を増やすことです。逃げたい人が逃げられるように、交通手段や受け入れ先を用意すること。それはぜひやるべきことでしょう。だけど、同時に、それを選ばない当事者の意思を尊重することも、大事なのです。
だから分かったようなことは、何も言えない。被災した人たちが切り開こうとする道を尊重していくしかない。
周囲の人は、いま出来ることをやるより他にないと思う。「気の毒、かわいそう」という言葉は逆に反発を買うこともある。「わかってたまるか」という気持ちもある。被災者の事は被災者でないと分からない、とも言うから。
失ったものへの思いは人それぞれだし、共感するのが簡単でないくらい、災害は一人ひとり違う。地域によっても集落が全滅した所とそうでない所では、対応も違ってくる。心の傷は回復する力を持っている。だからこそ被災者に敬意を持って、自尊心を尊重するのが大切だと思う。
(2011年3月15日 朝日新聞 13面)
いま、逃げない人は、逃げたくない人ではないのです。受け入れ先や交通手段がないだけでもありません。いま、100パーセント、安全だと考えている人はほとんどいないと思います。たとえば、「仕事があるから*3/逃げると仕事を失うから」「いまあるコミュニティから離れたくないから」「障害・病気があるから」「近くに介護が必要な人がおり、おいていけないから」……無数の理由があるでしょう。そうした理由と、災害による危険を天秤にかけて、「逃げない」という選択をしている人が多いのです。「逃げる」ことで、失うものが多かったり、「逃げる」ことで得られるものが多かったりする人は、「逃げない」のです。そして、逃げにくい場所により強く追い詰められるのはマイノリティです。
先日、ブラジル出身で、日本で暮らしているリリアン・ハタノ・テルミさんからメッセージが発信されました。以下のブログで読むことができます。
「リリアン・ハタノ・テルミさんからのメッセージ これからの催し【開催・中止・延期情報】(3月16日配信)」
http://www.freeml.com/kdml/4992/latest?w=true
私が把握している範囲では、ブラジル学校の建物自体は今のところは大丈夫です。ただ、地震以降、あるブラジル学校の校長と話したら、企業、派遣会社、保護者はかなりのプレッシャーを感じているそうです。それがどのようなプレッシャーかお分かりでしょうか。是非想像していただければとおもいます。
燃料が不足している地域で、家と学校の距離が遠く、学校への送迎が原則のブラジル学校の子どもたちを一日も早く、子どもを預かってほしいというのです。保護者はこのような状況の中でも仕事をしなければならないから。会社の方は、労働者がいなければどうしようもないと言います。学校を一日も早くやるようにという電話がくるそうです。燃料が制限されているのに、どうすればいいのか、そういう状況で、子どもをあずかって、責任は大きすぎるというのです。もっともなことでしょう。



