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横田早紀江さんの穏やかな声と笑顔ー孫との対面は日朝交渉の扉を開ける

 横田滋さん、早紀江さんと交流するようになって12年。早紀江さんのこれほど明るい笑顔を眼にしたのははじめてだ。これまでは笑ったときもすぐに哀しそうな表情に戻る。お会いしていても娘を拉致された深い哀しみが伝わってきた。電話で語る声も違っていた。初めて耳にする穏やかさなのだ。早紀江さんが「奇跡だ」と語った心情が、笑顔と声に滲み出ている。

 横田夫妻がモンゴルのウランバートルで横田めぐみさんの長女キム・ウンギョンさんたちと対面した。テレビや新聞はさまざまな論評を加えている。すべてを聞き、読んだわけではない。だが私の見解は相当に異なる。

(1)横田夫妻とウンギョンさんは、11年半にわたって双方が会いたいと熱望していた。この課題を両政府が政治利用することを避けつつ、あくまでも人道的に解決したのが、今回の出来事の主要な側面である。「北朝鮮の政治的狙いは何か」などの問いと論評は、あまりにも政治的にすぎる。あるいはこってりと意味付けをほどこす定型的報道パターンの域を出ていない。

(2)横田夫妻とウンギョンさんが面会する課題、あるいは北朝鮮に残された日本人遺骨問題解決の課題といった人道問題の解決を進めることが、結果として日朝交渉の再開に結びつくことも明らかである。人道問題解決を本気で進めることが、次の大きな課題につらなる。鎖の環はそれぞれ独自でありながら、それぞれが関連し、影響を与えていく。

(3)近く再開される日朝交渉では安倍晋三首相の人間としての覚悟が問われる。拉致問題は「出口」ではなく「入り口」から議論されるだろう。「すべての拉致被害者を奪還する」という首相のスローガンは正しい。しかし具体的な外交交渉の現場は、これでは進まない。北朝鮮に拉致した日本人すべてのリストを出せといった交渉になるならば、早晩交渉は頓挫するからだ。私はまずは政府認定拉致被害者の残された12人の安否確定から進めるほかはないと考えている。安倍首相にその覚悟があるだろうか。外交の基本は「ギブアンドテイク」であり、粘り強く相手を説得することである。その基準は「日朝平壌宣言」(2002年)だ。ところが安倍首相のこれまでの所信表明では、日朝間の基本文書に触れないなど、その立場が揺らいでいる。安倍首相の覚悟が問われるとはそういう意味だ。

 【以下に紹介するのは2011年11月5日に書いたブログの一部を加筆、補正したものである。ウンギョンさんの基本情報は外務省も拉致対策本部も把握していないようなので、ここに記録しておく。】

 2011年10月13日昼前。民主党拉致対策本部の会議が衆議院議員会館で行われた。脱北者が横田めぐみさん生存情報を語ったことが韓国で報じられた。その問題についての会合だった。外務省による報告も行われた。この集まりに 横田夫妻も招かれていた。終了後に立ち話をしたとき、滋さんからこんな話を聞かされた。「中井さん(注、中井洽元拉致担当大臣)からヘギョンちゃん(注、ご夫妻は当時こう呼んでいた)が結婚したという情報があると聞きました」。おそらく前週に韓国を訪問した中井さんがどこかで聞き及んだものと思われる。なぜ横田さんが私にこう語ったのか。横田夫妻からウンギョンさんの消息を調べてほしいと依頼されていたからだ。取材の結果次のことがわかった。

 金恩慶(キム・ウンギョン)
 1987年9月13日生まれ
 08年 金日成総合大学コンピューター科学大学ネットワーク専門科卒業
 現在 国家科学院発明指導局研究員
 家族 実父 義母と平壌在住

  私はこの情報(注、結婚前の略歴)を横田夫妻にお伝えした。「これまで政府はこうした消息をお伝えしなかったのですか」と訊ねると「まったくありません」という。おそらく被害者家族の切実な関心を満たすきめ細かな情報収集を行っていないのだろう。ご夫妻のウンギョンさんに対する思いは詳しく聞かせていただいた。そして今回の中井情報である。取材するとウンギョンさんが5月に結婚していることを確認した。そこで逡巡した。先日のめぐみさん生存情報についていえば私には疑問があった。間接情報の積み重ねによる曖昧な情報があまりにも多すぎる。根拠の乏しい話を横田夫妻が知ることは問題ではないか。そこに北朝鮮当局の意図が隠されている可能性もある。信頼できる「同志」の高世仁さんに相談した。横田夫妻と長年のつき合いがある高世さんは「伝えるべき」根拠をいくつかあげた。

  札幌から電話をしたのは2011年11月30日の夕刻。早紀江さんにあらましをお伝えした。お知らせするかどうか迷ったことを正直に伝えると早紀江さんは言った。「(結婚は)ありえるなと思っていました。これからも何でも知らせてください。なるようにしかなりませんから」。「なるようにしかなりませんから」……。会話のなかで早紀江さんはなんどかこの言葉を繰り返した。「怒りを根拠とした達観」。私にはそう思えた。横田めぐみさんをはじめとする拉致被害者を一刻も早く日本に取り戻さなければならない。そのためには日本政府が戦略と戦術を練り、北朝鮮と本気で交渉していくことだ。そのプロセスでは韓国も巻き込んだ情報戦が繰り広げられるだろう。外交とはそういうものだ。私はこれからも拉致被害者家族および特定失踪者家族に寄り添いながら行動していく。

 【この2年半前の日記を再読しつつ、孫に会った横田夫妻の明るい表情と重ね合わせた。2011年5月に結婚したウンギョンさんは、2013年5月に長女を出産した。久々の笑顔はこんどの歴史的対面が人間的レベルでどれほど重要であったかをあますところなく示している。拉致問題解決への環境が新たな段階へ深まりつつある。】(3/18)

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