- 2014年03月17日 11:05
NHKが「佐村河内」報告書で明らかにした”見破る難しさ” 民放も報告書を出すべきだ
2/4なぜ気づくことができなかったのか
本人が作曲していなかったことについて
●佐村河内氏は、番組の提案が出された段階で、すでに著名な音楽家、評論家から高い評価を受けていたが、音楽性に対する評価を改めて確かめるため、クラシック音楽番組の担当者が専門家に取材を行った。クラシック音楽界における佐村河内氏の評価は分かれているとのことであったが本人が作曲していないのではないか、と疑わせるような情報はなかった。
「記譜シーン」
●耳が聞こえない佐村河内氏が、どうやって作曲するのかを描くためには、譜面を書くシーンの撮影が重要だと考えられていた。プロデューサーからの指示もあり、ディレクターは再三記譜シーンの撮影を交渉したが、佐村河内氏から「譜面を書くのは神聖な作業である」として、拒否され続けた。ロケの後半、「ピアノのためのレクイエム」が完成する日、撮影にあたったカメラマンは、どうしても記譜シーンを撮りたいと考え、音楽室に入ろうとした佐村河内氏に対し、「最後まで撮影させてほしい。少しだけでもいいから撮らせてほしい」と申し出たが、結局拒否された。
撮影スタッフはいったん佐村河内氏の自宅を離れ、12時間後再び訪れた。
音楽室に入室を許可されると、音符が書き込まれている楽譜が机の上に置かれていた。
記譜シーンが撮影できなかったことについては、ロケにあたったディレクターがプロデューサーに連絡した。プロデューサーは、これ以上交渉すると関係が悪化して放送が難しくなる恐れがあったことや、芸術家や作家の取材では創作現場を撮影できないことも少なくないことから、記譜シーンの撮影を断念したスタッフの判断を了承した。
●NHKが2014年3月10日に、改めて佐村河内氏からの聞き取り調査を行ったところ、「ピアノのためのレクイエム」が完成したとされる
2013年2月19日の前日、新垣隆氏に依頼した楽譜が宅配便で自宅に届き、それを撮影に備えて音楽室にある机の引き出しの中に入れ
、撮影当日、一晩かけて書き上げたかのように見せかけた、という。撮影スタッフの一人は、「完成した譜面の音符は丁寧な丸みのある字体で書かれていた。楽譜の表紙にサインした名前は文字が角張っていたので、今思えば、ちょっと違う感じがした。しかし、別人が書いたとは思いもよらなかった。」_と話している。
楽譜を記入する「記譜」のシーンは、いわばこのドキュメンタリーの「核」になる部分だと言って良い。
「聴覚を失った天才作曲家」はどんな表情で譜面が綴っていくのか。
佐村河内氏が天才だとしたらこの映像が唯一の証拠だ。
撮影スタッフもそのシーンを撮影するために何度もアプローチしたという。
撮影スタッフにも、もし、そのシーンがないとしたら番組としての成立するかどうか危機感があったのだろう。
このシーンを狙ったものの撮影できなかった場合、ドキュメンタリーにするかどうかについてはドキュメンタリー制作者の間でも議論になっている。最近、筆者はテレビ局のコンプライアンス研修などで呼ばれるたびに制作者たちにどう考えるか尋ねている。
「このシーンが撮影できなければ放送しないという判断をすべきだった」
「すでに撮影が進んだ番組制作をゼロにして放送しないという選択肢は現実的にはない」
反応は2つに分かれる。
いずれも、もしそれがなければ放送するかどうかを考え直ざるえないほど「核」のシーンという認識に変わりはない。
プロデューサーが「これ以上交渉すると関係が悪化して放送が難しくなる恐れがあったことや、芸術家や作家の取材では創作現場を撮影できないことも少なくない」と判断して了承したことは仕方ないものだったろうか。
結果としてはこの判断が大きな分かれ目になった。
「全体構成図」
●記譜シーンは撮影できなかったが、それに代わるものとして、ロケの最中に「ピアノのためのレクイエム」の「全体構成図」を撮影している。この図が、「本人が作曲している」と撮影スタッフが疑わなかった理由の一つである。曲が完成する前、佐村河内氏の自宅で、「現段階の曲のイメージを教えてくれないか」とディレクターが頼んだところ、佐村河内氏はカメラの前で、一枚の紙の上に線を引き、曲の全体構成をスラスラと書き始めた。そこには「序奏」「主題バロック」「変奏バロック」「アレグロ」「ロマン的」「長調、短調」「超絶技巧」など、曲の全体像が示されており、これを見たディレクターは、「これだけ具体的なイメージがあるのだから、本人が作曲しているに違いない」と感じたという。完成した曲は、ほぼ、この時書かれた「全体構成図」の通りになっていた。
「記譜」のシーンは撮影できなかったが、「全体構成図」を撮影できたことから、「それに代わる」ものとスタッフは判断した。
調査は、佐村河内氏の「聴力」についても及んでいる。
聴力について
●提案審議の過程において、「耳が聞こえないのに、どのようにして作曲しているのか」という質問がたびたび出された。しかし、佐村河内氏の聴力そのものに関しては、耳が聞こえないとの医師の診断書と、「聴覚障害」(2級)の障害者手帳を確認していたので、それ以上疑問の声は出なかった。
●撮影段階では、佐村河内氏とのやり取りは、ほとんどすべての場合、手話通訳者を介して行われたため、耳が聞こえないことを疑うスタッフは一人もいなかった。新たに加わった職員ディレクターによると、佐村河内氏はとても流暢に話すので、最初は、「耳が聞こえないのに、あんなに話せるものなのか」と思ったが、手話通訳の人から、中途失聴者はこれくらい話せると聞いたので、「そうなのか」と納得していた。
このディレクターが「本当に耳が聞こえない」と思ったのは、新幹線での移動中、通路を挟んで席が隣同士になったときだった。
手話通訳を介して会話をしている途中でトンネルに入り、ゴーッという音で声が聞き取りにくくなったが、それでも佐村河内氏は同じ声の大きさで話し続けていたからだ、と話している。
また、契約ディレクターが、石巻市の被災現場で「今日、どんなことを感じたか」をインタビューした際、佐村河内氏は車道に背を向けて
いたが、車が近くを走っても気づかなかった。ところがその後、車が視界に入ったらしく、突然驚いた素振りでインタビューをさえぎり、
「(耳が)聞こえないので、車が急に来る感じがする」と言った。
このときの様子は撮影素材に残っている。
さらに、編集・試写段階において、全ての撮影素材を見た映像編集の担当者は「耳が聞こえるかもしれない、と思うようなカットは、ワンカットもなかった」と述べている。
●撮影スタッフの一人は、佐村河内氏が、テレビのスピーカーに指をあてて「音の強弱が分かる」と言って説明した場面や、石巻でのコンサートのあとピアニストに演奏についての感想を言う場面を目にして、「不思議に思った」と言うが、「特別な感性を持っている人にはわかるのかな」と、それ以上疑うことはなかったと話している。
●佐村河内氏は、記者会見(2014年3月7日)で、自ら聴力検査の結果を明らかにした。それによると、「聴覚障害」(2級)には該当しないことがわかった。本人は、「音がするのはわかるが、言葉としては聞き取れないレベル(言葉が歪んで聞こえる)」
「耳元でゆっくりはっきり話してもらえれば、わかる時もある」という。また、3年ほど前から聴力は少しずつ回復してきているが、手話通訳がなければ、今も生活に支障があると話している。
筆者も佐村河内氏の記者会見を聞いても、ある程度聞こえているのかどうか判断できなかった。
ただ、撮影スタッフの1人が佐村河内氏が、テレビのスピーカーに指をあてて「音の強弱が分かる」と言って説明した場面を「不思議に思った」ことは重要だ。
筆者もこの場面を見て聴覚障害というのはよく分からないものだと疑問を感じた。
こうした疑問が他のスタッフにも広がらなかったのがなぜか今後も検証する必要がある。



