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日本の「個人主義」は「個人過ぎ」?

現在、ポルトガルに滞在している。この国に最近ハマっているのだけれど、その理由の一つが国民性の面白さだ。日本とは全く異なるそれは、翻って僕らの文化に対しての「あたりまえ」を「あたりまえではないこと」として逆照射してくれる。とりわけ「個人主義」という文脈がそれで、両国ともこのイデオロギーを尊重しているのだが、内実は全く異なっている。今回はポルトガルの「個人主義事情」から日本の個人主義の「あたりまえでないこと」について考えてみたい。

ポルトガルの個人主義を象徴するエピソード


以下、ポルトガルにとっては「あたりまえ」だが、日本にとっては「あたりまえでない」エピソードを三つほど取り上げてみたい。

止まるクルマ

ポルトガル国内では「クルマが止まる」。とはいうもののクルマがボロで故障して止まるのではない。歩行者が道を渡ろうとしていて、そこに近づいてきたクルマがそれを察すると、ほぼ100%の確率でクルマを止め、歩行者を渡らせるのだ。たとえ歩行者の方の信号が赤であったとしても。これは、全国どこに行っても必ず止まる。歩行者優先の認識が徹底しているのだ。歩行者優先という原則からすれば「あたりまえ」なのだけれど、日本でこれは「あたりまえではない」。

レストンを走り回る子ども

ポルトガル北部の都市、ヴィエナ・ド・カステロにあるシーフードレストランでの出来事。人気のその店は、当然ながら今日もお客でいっぱい。カップル、家族、一人でやってきたものなど、そのパターンも様々。そこに家族連れがやって来た。子どもが2人。そのうちの長男(5歳くらい)の方が落ち着かない。店の中を走り回り、挙げ句の果てには厨房の中にまで入り込む始末。ちょっと奇声も上げている。まあ、迷惑な話なのだが……ところが、誰も、これを気にとめていないのだ。全力疾走しているのがアブナイと思ったのか、給仕のおばちゃんが一回抱き留めた程度。それでもやめない。子どもはやりたい放題だ。でも、なぜ気にしないのか……お客たちはお客で自分たちの話に夢中なのだ。だから、店内は大賑わいというか、ものすごく騒々しい。つまり、子どもも含めてみんな気ままにやっている。

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レストラン内を走り回る子ども。誰も気にとめない。

普段だったら「なんじゃこりゃ?」と、日本の「あたりまえ」で、この「あたりまえでない」風景を見てしまう僕だが、この周囲の全く気にしない空気に代えって煽られ、むしろこれがBGMになって(もちろんBGMなどかかっていない)豪快に食欲を誘ってしまった。僕の「あたりまえ」が「あたりまえではない」状態に、つまりポルトガル人の「あたりまえ」の状態にいとも容易に屈してしまったのだ。人気の店ゆえ食事はきわめておいしく楽しかったが、不思議なことにこの騒音と子どもの店内疾走もまた楽しいものになった。

電車を急停車、バック走させたお年寄り

ポルトからブラガへ向かう列車。途中駅で列車が発車しはじめ、列車がプラットホームをほぼ通り過ぎた瞬間、乗車している一人の老人が大声を上げた。すると列車は停車。女性の車掌が近寄っていき、件の老人から話を聞き始める。聞き終えると車掌は運転手に電話で連絡。そしてお年寄り(とその妻)を最後尾に誘った。すると電車はバック走をはじめ、今し方発車したばかりの駅のホームまで戻り、最後部のドアがホームと接したところで停車。ドアを開けて、この老人たちを下車させた。何のことはない、乗り過ごしてしまったのだが、それに気づき「止まれ」といったのがあの奇声だったのだ。この列車はシーメンス製の最新型の四両編成。これを老人の都合だけのためにバック走させ、降りる予定だった駅で下車させたのである。

これにはさすがに驚いた。日本では乗客個人の都合でダイヤを乱させるなんてことは列車では絶対あり得ない。いやバスでもあり得ない。ところが、これを老人は平然と主張し、車掌はそれを平然と聞き入れた。しかし、もっと驚いたのは乗客がそのことを一切気に留めていない、つまりやっぱり平然と受け止めていたことだ。これまた僕にとっての「あたりまえでないこと」が「あたりまえのこと」として繰り広げられていた風景だった。

最近、僕はポルトガルにハマっていて何度も訪れているが、上の三つの例はいずれも今回経験したこと。これと同様のことは、これまでにも何度となく経験している。今回のエピソードは、いわばそれらを象徴する「氷山の一角」でしかない。

ガマンすること?


この三つに共通することがある。それは、相手の主張を尊重するために、それに関わった相手全員がガマンしていることだ。ドライバーは止めなくてもいいのに敢えてクルマを停車させ、レストランのお客は子どもの騒々しさをガマンし、列車のお客は到着時間を遅らせることを受け入れた(ちなみに、その後列車は猛スピードで走り始め、結局、予定と遜色ない時刻に目的に到着した)。そう、いずれも個を尊重するために、周囲が気を遣っているのだ。

これらエピソードは僕ら日本人の個人主義とは全く異なる別の個人主義が存在することを教えてくれる。ポルトガルの個人主義は、専ら個人が法律や権利をタテに主張することではなく、個人の主張を通すために、時には自らがガマンすることを快しとするイデオロギーなのだ。M.ハイデガーは「公共圏での関わりこそが、現存在を現存在たらしめる」と指摘している。これをざっくりと言い換えてしまえば「個人という存在は公共的存在としての担保があって初めて存在を証明される」ということになろうか。

いいかえれば、他者への配慮があってこそ個人の行動が保証される。さらにいいかえれば、自分の主張を通すためには、他者の主張を通すための忍耐が条件となる。ここにあげた三つのエピソードにはこういった「集団あっての個人」というスタンスが浸透している。だが、それは集団主義でも個人主義でもない、双方をまとめたもう一つのイデオロギーと言ってもよいのかも知れない。敢えて言えば「集合主義=個を尊重しようとする集団主義」とでも呼ぼうか。そして、実はそれこそ、真の個人主義なのかもしれないが。

ポルトガル人、実はガマンなどしていない


ただし、ポルトガル人のこういった個人主義スタンスは、これだけで語りつくせるものではない。「周囲・他者への配慮」のために「ガマンする」という言葉を条件として挙げておいたが、よくよく考えてみれば、この三つのエピソード、誰もガマンしていないのだから、ちょっとこれでは説明不足だろう。ということは「他者への配慮」という行為が意図的なものではなく、P.ブルデューの言うところのハヴィトス、もう少し一般的な言葉で置き換えてしまえば黙契・慣習として成立してしまっていて、ただの「あたりまえ」になっているだけなのだ。だから、誰も気にしない。いや「気にしないことすら気にしない」。その結果、個人の欲望が最大限に発揮されるとともに、集団的な連帯もまた維持される。

こうやって他者への配慮を行っている大人、子どもの頃にはレストランの中を走り回っていたはずだ。横断歩道でクルマに止まってもらっているはずだ。そしてひょっとすると、歳をとったときに電車を止めているはずだ?これで集団と個人の関係が見事に成立する。

ポルトガルの楽しみの一つは魚介類や米を中心とした日本人にもよく馴染む食事にあるが、もう一つの楽しみとして、こういった「人の良さ」、もう少し俗っぽくなく表現すれば「習慣化され、無意識化された他者への配慮」を受けられるという点に求められると僕は考えている。

ミーイズムという独裁が「個人過ぎ」を生む


さて、われわれの日本はどうだろう?僕がポルトガルに発見した「あたりまえでないこと」は、当然、日本の「あたりまえなこと」という立ち位置からそう感じているもの。これを逆転させ、ポルトガルの「あたりまえのこと」を立ち位置としたとき、日本のそれは「あたりまえでないこと」、いや見方によっては「異常なこと」のようにも思える。

専ら主張して他者のことを配慮しない、権利意識の肥大、クレーマーの大量出現……これって、結局、「個人主義」ならぬ「個人過ぎ」なのだと僕は思う。そして、これは実は個人主義でも何でもなくミーイズム=個人の欲望を公共の利益に優先させる心性でしかない。そしてミーイズムという考え方が日本人全体で共有されているとするならば、これは立派な「集団主義」だ。つまり「ミーイズムによる独裁」。これって、社会の有り様を根本から崩壊させることにならないだろうか?

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