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雇用の「質」は、なぜ改善しないのか?

 このところ景気は回復し、物価は上昇しているが、給与があまり増加せず、実質賃金の低下が問題視されている。景気が回復しても給与が思うように伸びないことの大きな要因は、「量」的な側面からみれば雇用は改善しているものの「質」的な側面が改善せず、非正規雇用比率が引き続き上昇していることである。例えば、総務省『労働力調査』の1月分の結果では「非正規雇用の割合は37.6%」「前年同月に比べ133万人増えた」ということが話題になった*1

 ではなぜ雇用の「質」は、景気が回復しデフレではない状況になりつつある現在も改善していないのか──その主たる理由は、デフレ下における企業行動に慣性が働いているためである。デフレ下では、期待インフレ率がマイナスであるため、将来にわたって名目値で支払う長期雇用者の人件費や債務の利子などの負担の現在価値が大きくなる。これらの負担を抑制するため、企業にとって、必要な労働力をできるだけ「変動費」化することや、外部から調達する債務を圧縮することが合理的なものとなる。同時に、こうした企業行動は、平均給与の水準を引き下げ、信用創造を抑制するため、さらにデフレを深化させ、経済をトラップに陥れる。こうした状況がこれまで長期にわたって続いたため、企業は、自らが合理的と考えるこの行動慣性から抜け出すことができなくなった可能性が高い。

 これは、第一次安倍政権の時期を含む2002年から2007年にかけての景気拡張過程においても同様であった。労働者の平均給与は、2002年を100とすると2007年は98.4となり、給与は景気が拡張期にあったこの間、減少している。しかしこれをフルタイム労働者とパートタイム労働者の別にみると、どちらの形態でみても給与は増加している。

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このことは、この間の給与減少の要因は、給与水準の低いパートタイム労働者の構成比の上昇にあったことを示しており、一方で、フルタイム、パートタイムそれぞれの労働者の給与はむしろ増加していたのである。

 企業にとって、個別労働者の給与を引き下げることは、労働組合との間に軋轢を生むだけでなく、労働者の努力水準やロイヤリティを引き下げることにもつながり、通常の場合はそれほど行われることはない。よって、企業収益が減少しても給与はあまり減少せず、賃金にはいわゆる「下方硬直性」が生じることになる。さらに言えば、このことは、労働分配率が景気後退期に上昇し、景気拡張期に低下するという逆行性を持つことの原因でもある。このため企業は、デフレ下においてマンパワーあたりの労働費用を引き下げるための手段として、非正規雇用比率を引き上げたと考えられる。

 非正規雇用比率を引き上げることは、マンパワーあたりの労働費用を引き下げるだけでなく、「固定費」としての要素が強かった人件費を「変動費」化することにもつながる。人件費の「変動費」化は、このほかにも、企業収益増加の労働者への配分の仕方を、月例賃金のベースアップではなく賞与という形にすることでも行われている。

 以上述べたような企業の行動慣性は、現下の景気拡張期でも続いている。こうした行動慣性を「反転」させるには、労働市場がもっとタイト化し、働きたい人が全て何らかの形で働くことができるような水準にまで完全失業率が低下することが必要である。実際、過去においては、完全失業率がほぼ自然失業率に到達する中、若年非正規の階層が減少するという事例があった。

http://d.hatena.ne.jp/kuma_asset/20090218/1234970909

 ところが、こうしたマクロ経済の動きに思いが及ばず、非正規雇用比率が上昇するのは制度に問題があるからだとする向きもある。例えば、労働者派遣事業は1999年から2000年代前半にかけて規制が緩和され、派遣労働者数は、リーマン・ショック前の2008年には140万人のピークに達している。こうした向きが重視するのは、

  • 労働市場の規制緩和 → 非正規雇用比率の上昇 → 平均賃金の減少

という因果関係である。しかしよくよく数値を確認すればわかるように、確かに派遣労働者数はこの間に激増しているものの、2008年で1765万人という非正規雇用者全体に占める割合はわずかなものである。また、あえて指摘すれば、労働者派遣事業の規制が強化されたといわれる2012年の改正派遣法の施行(2012年10月)以降、派遣労働者数はむしろ増加しているのである。こうした事実は、上記のような因果関係を重視する向きにとって、非常に都合の悪いものだと言わざるを得ない。

 すなわち、正しい因果関係は、

  • デフレ下の人件費負担増+賃金の下方硬直性 → 非正規雇用比率の上昇 → 平均賃金の減少

というものである。労働市場の規制緩和は、非正規雇用比率の上昇において本質的なものではない。ましてや、平均賃金の減少とは、何ら本質的なつながりを持つものではない。このところ、派遣法改正の動きをめぐり、これを批判する手段として平均賃金の減少を殊更に取り上げる向きがあるが、こうした向きは、経済全体の動きについての理解があまりにも乏しく、常軌を逸したものになりつつあるのではないかと思える。

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