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どうしても違和感を覚えてしまう『永遠の0』への「戦争賛美」批判 - 寺川薫(編集者)

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 マガジン9の読者の中には百田尚樹氏の言動に何らかの拒否反応を示している方がけっこういるかもしれません。そして、小説『永遠の0』を読むことにも映画を観ることにも、少なからぬ抵抗感があるという人も多いことでしょう。少し前までの私はまさにそうでした。以下は、「批判がしたくて」小説『永遠の0』を読み、映画を観た私の「感想文」です。

 『永遠の0』は、ジャーナリスト志望の女性(30歳)とその弟(26歳) が、特攻隊員として沖縄で亡くなった祖父の軌跡をたどるために、元特攻隊員たちを訪ね歩いていくという物語。行く先々で特攻や戦争、軍隊に関しての事実を 元特攻隊員から若い2人が聞いていく、というシンプルな構成ですが、以下の百田氏のツイートでも分かるように、とにかくこの作品はさまざまな角度から批判されています。

 「『永遠の0』はつくづく可哀想な作品と思う。文学好きからはラノベとバカにされ、軍事オタクからはパクリと言われ、右翼からは軍の上層部批判を怒られ、左翼からは戦争賛美と非難され、宮崎駿監督からは捏造となじられ、自虐思想の人たちからは、作者がネトウヨ認定される。まさに全方向から集中砲火」(百田氏のツイート)

 これら批判の詳細とそれに対する私の意見は別掲「左右両側から批判される『永遠の0』」にまとめましたが、数ある批判の中で、私が違和感を覚えたのは「戦争賛美」や「特攻隊賛美」というものです。

●旧日本軍に対する批判が随所にちりばめられる『永遠の0』

 ニュアンスの違いはあれ、『永遠の0』に対して「特攻隊や戦争を賛美している」という批判がけっこうあります。私は小説を読み終えたとき「この作品のどこが戦争賛美、特攻隊賛美なのだろう」と素直に疑問を感じました。以下に記す旧日本軍上層部に対する批判や、特攻という作戦そのものへの批判などをしっかりと書き込んでいるだけでも、少なくとも「戦争賛美」や「特攻賛美」と本作を切り捨てるのは間違いだと思います。

 『永遠の0』では、旧日本軍の組織としてのダメさ加減や作戦の杜撰さなどに対する記述が繰り返し出てきます。たとえば、太平洋戦争の分岐点となったガダルカナルでの戦いを取り上げ、戦力の逐次投入による作戦の失敗や、参謀本部が兵站を軽視したことによって多くの兵士が餓死や病死したことが書かれています。また、ゼロ戦の航続距離の長さを過信した愚かな作戦によって、多くのパイロットの命が失われたことなども記述されています。

 もちろん本作のテーマである「特攻」に関する批判も随所に出てきます。特攻はパイロットの志願ではなく強制のケースが多かったこと、米軍の圧倒的な物量や新型兵器によって特攻機のほとんどが敵艦にたどり着く前に撃ち落とされたこと、それを軍上層部は分かっていながらも特攻という作戦を続けたこと。さらには 「俺もあとから行くぞ」と言った上官たちの中には責任をとることなく戦後も生き延びた人がたくさんいたことなど、特攻という作戦を立案・推進した「軍上層部」への批判が展開されます。

 「戦争賛美」「特攻賛美」という批判は、もちろんこれらの記述をふまえたうえでなされているのでしょう。たとえば、いくら軍上層部への批判を盛り込んだとしても、特攻隊員の悲劇や苦悩、人間性の素晴らしさ等を強調することで「特攻は決して無駄な作戦ではなかったという感覚を抱かせる」「戦争を起こした日本の加害性を薄めることにつながる」というような意見です。

 これらの批判を目にして私は、戦争の犠牲者である特攻隊員の悲劇を描くことを主題としたこの小説の中に、何をどこまで盛り込めばいいのか、盛り込めるのか、ということを考えてしまいます。

 NHKの ドキュメンタリーシリーズで「証言記録 兵士たちの戦争」という秀作があります。タイトルどおり、戦場での出来事を元兵士たちの証言で浮かび上がらせ、当時の軍上層部への批判なども盛り込んだ作品です。ここで語られることの多くは前線の兵士たちの悲惨な体験で、「加害性」についてはあまり多く語られません。被害者としての兵士たちに焦点をあてることで戦争の悲惨さを十分に伝える、という手法は間違っていませんし、それは『永遠の0』にも言えることではないでしょうか。

●特攻隊員「個人」への賛美は「国のために命を捨てること」を正当化する?

 また、「戦争賛美」という批判に関連して「国家と個人」という観点からの次のような批判も複数見かけました。

 「(特攻隊員は)戦争の犠牲者であることは間違いないが、彼らを賛美することは、結局は国のために命を捨てた人への賞賛であり、それを肯定するのなら国家による戦争の前では個人を捨てることも正当化される」

 確かに、本書文庫版の解説にある下記のような一文を読むと、こうした批判が出ることにある程度は理解できます。
 「ただひたすら、すべての責任を他人に押しつけようとする、総クレイマー化しつつある昨今の日本。利己主義が堂々と罷り通る現代日本を考えるとき、太平洋戦争中に宮部久蔵(本書の主人公)のとった行動はどう評価されるのだろうか。」(カッコ内は筆者補足)

 本作をまだ読んでいない人がこのような一文を目にしますと「『永遠の0』は一見、軍部や戦争批判を装っていながら、やっぱりそういう作品なのか」と思うかもしれません。しかし本作は、前記のように特攻隊員の「賞賛」に終始しているわけではなく、国家のために個人が命を捨てさせられる非情さもしっかりと描かれており、国家のための個人の犠牲を「正当化」した作品とは断定できないでしょう。

 国家と個人の関係については、作家の石田衣良さんが『永遠の0』などを「右傾エンタメ」と評して、こんなことを言っています。
 「君たちは国のために何ができるのか、と主張するエンタメが増えているような気がします」「(特攻隊の男たちの迷いや弱さに焦点をあてた『永遠の0』は)かわいそうというセンチメントだけで読まれているが、同時に加害についても考えないといけないと思う。読者の心のあり方がゆったりと右傾化しているのでは」(2013年6月18日付『朝日新聞』の記事から抜粋。カッコ内は筆者が補足)

 実際、ネット上の評価では「感動した」「泣けました」というような賞賛コメントが多く、それらのコメントを寄せた読者の多くは、主人公と家族の物語に純粋に感動したのでしょう。そのことを「センチメントだけで読んでいる」と捉えることは可能ですが、それが「右傾化」にどうつながるのか、正直言って私にはよく分かりません。

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