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- 2014年03月06日 07:30
特定秘密保護法Q&A(前編) - 青井未帆
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そのようななかで、秘密の保護のみを手厚くする本法は、「国と国民の安全の確保」という目的が正当と認められるとしても、採られている手段がバランスを欠いていると言わざるをえません。
[*5]ツワネ原則(「国家安全保障と情報への権利に関する国際原則」)は、「国家安全保障」と「知る権利の保障」とのバランスについて検討された国際基準です。
・日弁連による全訳はこちら
http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/statement/data/2013/tshwane.pdf
・解説した文献として、たとえば海渡雄一「ツワネ原則は何を要請しているか」世界2014年1月号96頁以下など。
でも、本当にそのような危険があるのか、国会審議のなかで具体的な「事実」が示されたり、討議によって理解が深められたりすることはありませんでした。
もし今ある情報管理体制が機能しているのなら、このような人権制約度の高い法律をつくる必要性はないはずです。
2000年に、海上自衛隊の秘密が漏らされるというボガチョンコフ事件[*6]が起きて、その後、防衛庁(当時)は、長官を長とする秘密保全等対策委員会を設置し、「秘密保全体制の見直し・強化について」(2000年10月27日)と題した報告書を取りまとめました。
そして、再発防止のために陸・海・空自衛隊の「調査隊」を充実・強化して情報保全隊に改編し、また秘密保全を担保するための方策として、新たに防衛秘密制度を設けて、罰則の強化により保全体制の強化をはかることとしたのでした(2001年自衛隊法改正、2002年から施行)。
これら再発防止策は役に立っていなかったのでしょうか。これまで国家を揺るがす秘密漏えいというのは生じていないと思いますが、仮に今までの施策では不十分だったというのなら、どういう点で不十分であるのか、どう対処すべきなのか等について、国会で十分な説明と検討が必要だったと考えます。
尖閣ビデオ流出事件や、ムスリム捜査情報流出事件など、わが国でこれまで起こった事件は、結局のところは情報管理体制の問題といえます。このような事件への対処として、秘密の漏えいや取得を市民まで含めて重罰で威嚇することは(→「Q5.秘密を漏えいした場合の罰則について教えてください」)、過剰というべきです。
むしろ、政府が言及した事柄の中でも、「国家安全保障会議(日本版NSC)が今のままでは十分に機能しないこと」が、特定秘密保護法が必要である理由としてより重要と考えられていたのではないかと思われる節があります。外国から信頼されないとか、「日米同盟」の中で高度の情報が扱われるため日本から機密が漏れない体制づくりが不可欠であるとかも、強調されました。
また民主党と与党の協議の席では与党側から、「米当局から統一的な情報保全法制を求められている」という発言もなされています。
他方で森担当大臣は、「諸外国から言われてこの法案をつくるわけではございません」と国会で答弁しており、安倍首相も2014年の通常国会で代表質問に対して「米国政府の働きかけによるものではない。外国政府の圧力で法律を作ることはない」旨を答えています。
したがってこのあたりの事情は、やや不明瞭なのですが、少なくとも国会審議の最中に、「日米同盟」は理由の一つとして挙げられていたのであり、外国(特に米国)の影がチラチラと見えたことは否定できないところと思います。
[*6]ボガチョンコフ事件 防衛研究所に勤務していた海上自衛官に、在日ロシア大使館に勤務する海軍武官が接触し、海上自衛隊の秘密資料が漏えいした事件(懲戒免職+懲役10か月〔自衛隊法違反〕)。
内閣情報調査室(内調)によって、情報をかなり厳しく統制しながら法律案の準備がなされ、2週間という短い期間でのパブリック・コメントを経て、反対論の盛り上がりを押さえ込む形で一気呵成に国会を通過させたという感じの強い立法でした。
国会で実質的な審議がなされず、緊張感を欠いていたことや、メディアの紙面展開が遅かったことは、多くの人の指摘するところです。
短い審議時間と審議の密度の低さは、直接的には衆参両院の「ねじれ」が解消したからという理由が大きいでしょう。
しかしさらにもう少し長いスパンで見てみるに、このような包括的・一般的な情報保全体制は、官僚組織のなかで10年、20年といった単位で時間をかけて準備の進められてきた案であり、そのことへ国会や内閣がしかるべきコントロールを及ぼせなかったということ、すなわち民主的政治過程が十分な機能を果たしていないという、より大きな問題が横たわっています。
これまでの経過を振り返ってみましょう。
・日本に固有のものと
・対米関係に由来するもの
を区別することができます。
そして、それらが、冷戦終結という国際的な安保環境の変化を踏まえ、お互いに影響を及ぼしあって、2013年の法案提出・成立につながったものと考えます。
以下では、それぞれについて何点かポイントを絞って、概観します。
実効的に戦時体制を維持し戦争遂行を支えるための柱として機能した軍機保護法制は、第二次世界大戦後に、根本から否定されました。しかしその後も、間欠泉のように秘密保護法制を求める動きが繰り返されてきたのは、戦前・戦中のこのような制度の「威力」が忘却されなかったからに他ならないでしょう。
そして今回の特定秘密保護法の罰則規定は、その原型を軍機保護法制に求めることができるという意味で、わが国において「由緒ある」ものです。
1952年に刑事特別法(刑特法)が制定されて、「米軍の機密」が保護されるようになりました。また54年には日米相互防衛援助協定(MDA/ MSA)が結ばれたところ、同協定3条1項は「各政府は、この協定に従つて他方の政府が供与する秘密の物件、役務又は情報についてその秘密の漏せつ又はその危険を防止するため、両政府の間で合意する秘密保持の措置を執るものとする」としています。
これを受けて同年に「日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法」(MDA秘密保護法)が制定されました。MDA秘密保護法では、MDA等に基いて、アメリカ合衆国政府から供与された装備品等の構造や性能等につき、秘密の指定や罰則が定められています。
刑特法とMDA秘密保護法には、探知・収集罪、漏えい罪が規定され、陰謀、教唆、せん動も罪とされました。罰則の法定刑は最高で10年以下の懲役です。
罰則の定め方は、戦前・戦中の軍機保護法制にその原型をもっています。
このように米軍や米軍の装備品等との関係で、秘密保護法制が早い段階で整えられたのでした。そして具体的な運用としては、MDA及びMDA秘密保護法のもと、たとえば武器のライセンス生産など個別のケースに応じて、米国との間で「細目取決め」、「実施取決め」、「実施細則」等を交わすというものでした。
以上のような状況について、1988年という、ちょうど東西冷戦の緊張緩和が起こっていた時期になされた国会答弁をみておきたいと思います。さまざまな変化の胎動があらわれつつも、依然として「専守防衛」を軸とする冷戦下の枠組みが、外交においても《前提》とされていた時代でした。
昭和63年5月17日、衆議院の内閣委員会における外務省北米局安全保障課長・岡本行夫氏の答弁では、次のような内容が述べられていました。
・冷戦の緊張緩和が進む中で、日本の経済力・技術力の高まりに応じて、米国から知的所有権保護等の要請を受けるようになり、秘密特許に関する手続細則を整備する必要が生じた。
・これにあたり、米国が他国と結んでいる秘密保全体制に関心をもち、GSOMIAの存在を確認した。
・我が国ではGSOMIAのような軍事情報の保全のための一般的な協定は、米国と結ぶつもりは全くないという方針で、これまでも首尾一貫している。
なお、同答弁からは、今回の特定秘密保護法に規定された「適性評価制度」について、米国と第3国との間でのGSOMIAを検討するなかで、このような制度を認識したことが窺われます。
ところで上の答弁がなされた1988年は、自民党議員により議員立法として国会に提出された「国家秘密法案」(スパイ防止法案。1985年・86年)が、審査未了廃案となったすぐ後の時期です。
沖縄密約をスクープした西山記者事件(1972年)を受ける形で、国家情報漏えいへ厳罰をもって臨むことにつき、与党・自民党内でたいへんな盛り上がりを見せていたのでした。
後に見るような、GSOMIA締結を前提としてその国内法化が一般的な秘密保護の法制度とともに一体的に実現化されていった状況とは、趣を異にしています。防衛、外務、警察などの官僚組織をあげて、一枚岩となって秘密保護法制へ突き進むという様子ではなかったものといえます。
冷戦終結は、国際的な安全保障環境を大きく変えました。また、それは同時に、冷戦体制を所与とした自衛隊をはじめとする様々な組織のありようにも影響を与えました。
日米安保以外にも、国連やその他の地域的機構なども通じて国の安全を確保しようという「多角的安全保障戦略」が打ち出されたこともありました(「防衛問題懇談会報告書」(1994年8月〔樋口レポート〕)。「同盟の漂流」と呼ばれた時代です。
しかしそのような方向にはゆかず、日米安保共同宣言(1996年)という安保再定義や、新ガイドライン(1999年)、新ガイドライン関連法(同年)等、「極東」の日米安保条約が、「グローバル」なものへ、自衛隊と米軍の統合的な運用へと性格を変えていったのでした。
また同じ年には、2012年7月に自民党総務会で承認された国家安全保障基本法案の原案となった「試案」を防衛庁(当時)が作成していたことも明らかになっています(2003年8月14日共同通信配信記事、川口創「国家安全保障基本法は何を狙うか」世界2013年12月号70頁以下)。
高度情報化が爆発的に進んだ時代でもありました。
そのような中で秘密保全体制への取り組みも本格的になっていきます。
2000年には、先に述べたボガチョンコフ事件が起き、再発防止策が講じられました。同年に出された「(第一次)アーミテージ・レポート」とも呼ばれる、アーミテージ氏らの報告書「米国と日本――成熟したパートナーシップに向けて」では《機密保持のための新たな法律制定の必要性》が述べられていました。
ボガチョンコフ事件の再発防止策の一つとして自衛隊法に「防衛秘密」規定が設けられました。これは、別表に掲げられた事項につき、「公になっていないもののうち、わが国の防衛上特に秘匿することが必要であるもの」を防衛大臣が防衛秘密として指定し、特別な保護をするものです。
米国からの要請、官僚組織のニーズ、政治家の判断など、秘密保護法制を欲する点において一致する形で話が展開しました。
日本の安保・外交政策と秘密保全体制の「あゆみ」を分かりやすく示すものとして、日米安全保障協議委員会(「2+2閣僚会合」)の発表してきた文書があります。なお、これらは閣僚級会合での合意文書に過ぎないにもかかわらず、これまでのところその内容が実現される率が高く、重要な文書となっています。
2005年10月29日の『日米同盟:未来のための変革と再編』は、「共有された秘密情報を保護するために必要な追加的措置をとる」としていました。
そして2007年5月1日の『同盟の変革』は、以前は「結ばない方針」とされていた「軍事情報包括保護協定」であるGSOMIAを、日米間でも結ぶことを明らかにしました。そしてこれは同年8月10日に結ばれることとなりました。
2007年の協定締結の段階で政府は、新規立法措置について明瞭な説明をしませんでした。久間防衛大臣(当時)の答弁のほか複数の政府答弁は、「国内の法的措置が必要になるとは考えていない」旨を繰り返し述べていたのです。
もっともGSOMIAをよく読むと、《協定締結にあたって新規立法は義務付けられないが、その後に秘密保護立法がなされることは妨げられない》、という内容であることが分かります。
国会答弁は不明瞭なのですが、実際にはどのような対応がされたのでしょう。
この時期に採られた秘密保護の措置がどういうものであったのかを見れば、何が想定されていたのか、よく分かります。
GSOMIA締結と同時期から、「特別管理秘密[*7]」について、法律上の根拠なくガイドラインに基づいて、物理的・人的管理をして情報漏えい防止を図ることになったのです(2007年~〔2009年全面施行〕)。
今回制定された特定秘密保護法は、秘密の物理的管理を刑罰の威嚇により担保し、「秘密取扱者適格性確認制度」に法律上の根拠を与えるという意味がありました。
ガイドラインに基づく「秘密取扱者適格性確認制度」ですが、人権制約度の高い制度ですので、ずっと法律上の根拠なくこれを続けることが想定されていたとは、思えません。久間防衛大臣らの答弁にも関わらず、秘密保全にかかわる新規立法は、もとから念頭に置かれていたのだろうと考えます。
結局のところ、どの党が政権党か、党首が誰かといったことに、基本的にはかかわりなく、また是非をめぐる政治家の真剣な討論や国民的な議論が喚起されることなく、粛々と一般的な秘密保護法制の導入が進められてきたのでした。
本来、十分な議論を必要とするはずの基本的な安保・外交政策が、国会論議による精査を経ずして転換した(また一つの)例であり、長いこと試みられてきた一般的な国家秘密保護法制復活や冷戦終結後の官僚組織の組織防衛といった思惑との一致であったといえましょう。
[*7]「各行政機関が保有する国の安全、外交上の秘密その他の国の重大な利益に関する事項であって、公になっていないもののうち、特に秘匿することが必要なものとして当該機関の長が指定したもの」:省庁横断的な管理。
講じた措置:特別管理秘密制度+秘密取扱者適格性確認制度
(1)【別表各号該当性】当該行政機関の所掌する事務に係る、別表に掲げる事項に関する情報で[*8]
(2)【非公知性】公になっていないもののうち
(3)【特段の秘匿の必要性】その漏えいが国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあり、特に秘匿することが必要であると、行政機関の長が判断したもの
「行政機関の長」が必要と判断して特定秘密とできるところ、その判断の妥当性を担保する仕組みがないことに、多くの批判が寄せられました。第三者機関等について、目下、検討が進められています。
[*8](1)における「別表に掲げる事項に関する情報」という言い回しについて、防衛秘密については、「別表に掲げる事項」であることに注意を払っておきたいと思います。【逐条解説】でも「事項」でした。それは「事実、情報、知識その他一定の内容の集合体たる無体物」と説明されています。しかし成立した法律では、「事項に関する情報」となったのです。意識的な変更でしょう。「事項」よりも広い範囲が指定の対象となる危険性があると考えられます。
別表では、「防衛に関する事項」、「外交に関する事項」、「特定有害活動の防止に関する事項」「テロリズムの防止に関する事項」について、項目が列挙されています。
このような「別表方式」は、どのくらい秘密を限定する力を持つでしょうか。
別表の「防衛に関する事項」として掲げられている10の項目は、防衛秘密(自衛隊法96条の2)について自衛隊法の別表第4に掲げられている項目と同じです(防衛秘密はそのまま特定秘密に横滑り)。
そこで、別表方式が秘密を限定できるかという問題を考えるに当たっては、防衛秘密制度のもとでの防衛秘密の件数・点数の実績が参考になりましょう。
防衛秘密は着実に増えてきました。しかも、まったくといってよいほど、解除されてきていないうえに、大量に廃棄されていることが明らかになっています。
2013年10月3日のNHK「ニュース7」では、2007年から2011年まで、防衛秘密の指定件数は約55000件であるところ廃棄は34300件であり、過去10年間で解除は1件であると報道されました[*9]。
また、秘密の指定と解除について、長妻昭衆議院議員によって提出された、「防衛省の秘密解除後の文書公開と破棄に関する質問主意書」(平成25年11月18日提出)に対する答弁書(2013年11月26日)では、省秘、防衛秘密、特別防衛について、件数(原本の数)及び点数(原本及びその複製物の合計数)、解除された件数・点数等が確認できます。
この答弁書のなかから、防衛秘密の件数及び点数、防衛秘密の指定が解除された件数・点数について抜き出すと、次の通りです(平成25年11月26日時点の情報)[*10]。
リンク先を見る
以上から、防衛秘密が増えてきていること、解除された例ないに等しいことなどが分かります。「別表で掲げる事項」として秘密を絞っているようでも、その限定する力には疑問が抱かれると理解できるでしょう(→「Q6.どのくらいの期間、秘密指定されるのでしょうか?」)。
[*9]このニュース報道の取材に協力した情報公開クリアリングハウス理事長・三木由希子氏ブログ参照http://johokokai.exblog.jp/20799641/
[*10]さらに問題と思われるのは、同答弁書によると秘密指定が解除された文書であっても、「公にすることにより、防衛省の業務の遂行に支障を与え、国の安全が害されるおそれがあるなど、取扱いに注意を要するもの」があり、それらは件数・点数について集計していないという点です。防衛秘密指定が解除されても、なお「秘密」であり続けるものが存在するようです。
公安警察が各種の情報収集に本業として携わっていて、そこにはかなりきわどい情報が多数含まれていることは、広く知られています(共産党幹部盗聴事件、ムスリム捜査事件等)。また、後にも触れる「適性評価」について、本人から提出された情報が本当かどうかを確かめるのは、公安警察や情報保全隊の役割になると見られています。その調査対象者の規模は、数万人となるのではないかといわれています(東京新聞2014年1月9日)。
これらを考え合わせると、警察の所管する情報が特定秘密として特別な保護の対象となることは、かなり大きな問題を抱えているといえます。
「特定有害活動の防止に関わる事項」の「特定有害活動」について、定義を確認しておきます。これは、簡単にいえば、スパイ活動です。
法12条2項1号は次のとおりです。
「公になっていない情報のうちその漏えいが我が国の安全保障に支障を与えるおそれがあるものを取得するための活動、核兵器、軍用の化学製剤若しくは細菌製剤若しくはこれらの散布のための装置若しくはこれらを運搬することができるロケット若しくは無人航空機又はこれらの開発、製造、使用若しくは貯蔵のために用いられるおそれが特に大きいと認められる物を輸出し、又は輸入するための活動その他の活動であって、外国の利益を図る目的で行われ、かつ、我が国及び国民の安全を著しく害し、又は害するおそれのあるものをいう」
このなかには、現在、外為法(注:経産省所管)によって行われている安全保障目的での輸出入管理に関わる事項が含まれていることに注意を払っておきたいと思います。
テロリズムについても、同じく法12条2項1号に定義があります。
それによると、「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう」です。
下線を引いた部分が独立して「テロ」とされる余地があると批判されていたところ、自民党・石破茂幹事長がご自身のブログで、デモでの「絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらない」として、大きな問題となりました(その後に撤回されています)。
後編はこちらから
[*5]ツワネ原則(「国家安全保障と情報への権利に関する国際原則」)は、「国家安全保障」と「知る権利の保障」とのバランスについて検討された国際基準です。
・日弁連による全訳はこちら
http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/statement/data/2013/tshwane.pdf
・解説した文献として、たとえば海渡雄一「ツワネ原則は何を要請しているか」世界2014年1月号96頁以下など。
Q2.そもそもなぜこのような法律が必要となったのでしょうか?
なぜこのような法律が必要となったのでしょうか。法が明示している理由は、必ずしも本当の理由ではないのではないか、と考えています。まずは本法の条文と制定過程に注目して、後ほど歴史を振り返りつつ、私見を述べようと思います。■制定過程
先に述べた本法の目的(1条)によると、この法律が必要となったのは、《国際情勢の複雑化にともなって国と国民の安全の確保にかかわる情報の重要性が増し、そのような情報が漏えいする危険が懸念されるため》ということです。でも、本当にそのような危険があるのか、国会審議のなかで具体的な「事実」が示されたり、討議によって理解が深められたりすることはありませんでした。
もし今ある情報管理体制が機能しているのなら、このような人権制約度の高い法律をつくる必要性はないはずです。
2000年に、海上自衛隊の秘密が漏らされるというボガチョンコフ事件[*6]が起きて、その後、防衛庁(当時)は、長官を長とする秘密保全等対策委員会を設置し、「秘密保全体制の見直し・強化について」(2000年10月27日)と題した報告書を取りまとめました。
そして、再発防止のために陸・海・空自衛隊の「調査隊」を充実・強化して情報保全隊に改編し、また秘密保全を担保するための方策として、新たに防衛秘密制度を設けて、罰則の強化により保全体制の強化をはかることとしたのでした(2001年自衛隊法改正、2002年から施行)。
これら再発防止策は役に立っていなかったのでしょうか。これまで国家を揺るがす秘密漏えいというのは生じていないと思いますが、仮に今までの施策では不十分だったというのなら、どういう点で不十分であるのか、どう対処すべきなのか等について、国会で十分な説明と検討が必要だったと考えます。
尖閣ビデオ流出事件や、ムスリム捜査情報流出事件など、わが国でこれまで起こった事件は、結局のところは情報管理体制の問題といえます。このような事件への対処として、秘密の漏えいや取得を市民まで含めて重罰で威嚇することは(→「Q5.秘密を漏えいした場合の罰則について教えてください」)、過剰というべきです。
むしろ、政府が言及した事柄の中でも、「国家安全保障会議(日本版NSC)が今のままでは十分に機能しないこと」が、特定秘密保護法が必要である理由としてより重要と考えられていたのではないかと思われる節があります。外国から信頼されないとか、「日米同盟」の中で高度の情報が扱われるため日本から機密が漏れない体制づくりが不可欠であるとかも、強調されました。
また民主党と与党の協議の席では与党側から、「米当局から統一的な情報保全法制を求められている」という発言もなされています。
他方で森担当大臣は、「諸外国から言われてこの法案をつくるわけではございません」と国会で答弁しており、安倍首相も2014年の通常国会で代表質問に対して「米国政府の働きかけによるものではない。外国政府の圧力で法律を作ることはない」旨を答えています。
したがってこのあたりの事情は、やや不明瞭なのですが、少なくとも国会審議の最中に、「日米同盟」は理由の一つとして挙げられていたのであり、外国(特に米国)の影がチラチラと見えたことは否定できないところと思います。
[*6]ボガチョンコフ事件 防衛研究所に勤務していた海上自衛官に、在日ロシア大使館に勤務する海軍武官が接触し、海上自衛隊の秘密資料が漏えいした事件(懲戒免職+懲役10か月〔自衛隊法違反〕)。
■これまでをふりかえる
さて、なぜこのようにあっという間に、特定秘密保護法が制定されたのでしょうか。内閣情報調査室(内調)によって、情報をかなり厳しく統制しながら法律案の準備がなされ、2週間という短い期間でのパブリック・コメントを経て、反対論の盛り上がりを押さえ込む形で一気呵成に国会を通過させたという感じの強い立法でした。
国会で実質的な審議がなされず、緊張感を欠いていたことや、メディアの紙面展開が遅かったことは、多くの人の指摘するところです。
短い審議時間と審議の密度の低さは、直接的には衆参両院の「ねじれ」が解消したからという理由が大きいでしょう。
しかしさらにもう少し長いスパンで見てみるに、このような包括的・一般的な情報保全体制は、官僚組織のなかで10年、20年といった単位で時間をかけて準備の進められてきた案であり、そのことへ国会や内閣がしかるべきコントロールを及ぼせなかったということ、すなわち民主的政治過程が十分な機能を果たしていないという、より大きな問題が横たわっています。
これまでの経過を振り返ってみましょう。
■特定秘密保護法制定に働いた要因
特定秘密保護法の制定をひっぱった要因としては、大きく分けて、・日本に固有のものと
・対米関係に由来するもの
を区別することができます。
そして、それらが、冷戦終結という国際的な安保環境の変化を踏まえ、お互いに影響を及ぼしあって、2013年の法案提出・成立につながったものと考えます。
以下では、それぞれについて何点かポイントを絞って、概観します。
(1)日本固有の要因
情報を統制して、「望ましい方向」へ人々を導くことは、為政者にとってたいへんに都合がよいものです。そのような情報統制・秘密保護の欲求は、日本だけに見られるものではないですが、日本の場合は、戦前・戦中に存在した軍事機密・国家機密保護法制(軍機保護法制とします)の経験が、今日なお大きな影響をもっていると思われます。実効的に戦時体制を維持し戦争遂行を支えるための柱として機能した軍機保護法制は、第二次世界大戦後に、根本から否定されました。しかしその後も、間欠泉のように秘密保護法制を求める動きが繰り返されてきたのは、戦前・戦中のこのような制度の「威力」が忘却されなかったからに他ならないでしょう。
そして今回の特定秘密保護法の罰則規定は、その原型を軍機保護法制に求めることができるという意味で、わが国において「由緒ある」ものです。
(2)対米関係に由来する要因――冷戦終結前
次に対米関係という点について、冷戦終結前後で区切って、秘密保護のありようを概観しておきます。いろいろな事態が表だって変化する前の状況を、もう一度確認するためです。1952年に刑事特別法(刑特法)が制定されて、「米軍の機密」が保護されるようになりました。また54年には日米相互防衛援助協定(MDA/ MSA)が結ばれたところ、同協定3条1項は「各政府は、この協定に従つて他方の政府が供与する秘密の物件、役務又は情報についてその秘密の漏せつ又はその危険を防止するため、両政府の間で合意する秘密保持の措置を執るものとする」としています。
これを受けて同年に「日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法」(MDA秘密保護法)が制定されました。MDA秘密保護法では、MDA等に基いて、アメリカ合衆国政府から供与された装備品等の構造や性能等につき、秘密の指定や罰則が定められています。
刑特法とMDA秘密保護法には、探知・収集罪、漏えい罪が規定され、陰謀、教唆、せん動も罪とされました。罰則の法定刑は最高で10年以下の懲役です。
罰則の定め方は、戦前・戦中の軍機保護法制にその原型をもっています。
このように米軍や米軍の装備品等との関係で、秘密保護法制が早い段階で整えられたのでした。そして具体的な運用としては、MDA及びMDA秘密保護法のもと、たとえば武器のライセンス生産など個別のケースに応じて、米国との間で「細目取決め」、「実施取決め」、「実施細則」等を交わすというものでした。
以上のような状況について、1988年という、ちょうど東西冷戦の緊張緩和が起こっていた時期になされた国会答弁をみておきたいと思います。さまざまな変化の胎動があらわれつつも、依然として「専守防衛」を軸とする冷戦下の枠組みが、外交においても《前提》とされていた時代でした。
昭和63年5月17日、衆議院の内閣委員会における外務省北米局安全保障課長・岡本行夫氏の答弁では、次のような内容が述べられていました。
・冷戦の緊張緩和が進む中で、日本の経済力・技術力の高まりに応じて、米国から知的所有権保護等の要請を受けるようになり、秘密特許に関する手続細則を整備する必要が生じた。
・これにあたり、米国が他国と結んでいる秘密保全体制に関心をもち、GSOMIAの存在を確認した。
・我が国ではGSOMIAのような軍事情報の保全のための一般的な協定は、米国と結ぶつもりは全くないという方針で、これまでも首尾一貫している。
なお、同答弁からは、今回の特定秘密保護法に規定された「適性評価制度」について、米国と第3国との間でのGSOMIAを検討するなかで、このような制度を認識したことが窺われます。
ところで上の答弁がなされた1988年は、自民党議員により議員立法として国会に提出された「国家秘密法案」(スパイ防止法案。1985年・86年)が、審査未了廃案となったすぐ後の時期です。
沖縄密約をスクープした西山記者事件(1972年)を受ける形で、国家情報漏えいへ厳罰をもって臨むことにつき、与党・自民党内でたいへんな盛り上がりを見せていたのでした。
後に見るような、GSOMIA締結を前提としてその国内法化が一般的な秘密保護の法制度とともに一体的に実現化されていった状況とは、趣を異にしています。防衛、外務、警察などの官僚組織をあげて、一枚岩となって秘密保護法制へ突き進むという様子ではなかったものといえます。
(3)複合要因――冷戦終結後
状況を大きく変化させたのは、冷戦終結です。冷戦終結は、国際的な安全保障環境を大きく変えました。また、それは同時に、冷戦体制を所与とした自衛隊をはじめとする様々な組織のありようにも影響を与えました。
日米安保以外にも、国連やその他の地域的機構なども通じて国の安全を確保しようという「多角的安全保障戦略」が打ち出されたこともありました(「防衛問題懇談会報告書」(1994年8月〔樋口レポート〕)。「同盟の漂流」と呼ばれた時代です。
しかしそのような方向にはゆかず、日米安保共同宣言(1996年)という安保再定義や、新ガイドライン(1999年)、新ガイドライン関連法(同年)等、「極東」の日米安保条約が、「グローバル」なものへ、自衛隊と米軍の統合的な運用へと性格を変えていったのでした。
また同じ年には、2012年7月に自民党総務会で承認された国家安全保障基本法案の原案となった「試案」を防衛庁(当時)が作成していたことも明らかになっています(2003年8月14日共同通信配信記事、川口創「国家安全保障基本法は何を狙うか」世界2013年12月号70頁以下)。
高度情報化が爆発的に進んだ時代でもありました。
そのような中で秘密保全体制への取り組みも本格的になっていきます。
2000年には、先に述べたボガチョンコフ事件が起き、再発防止策が講じられました。同年に出された「(第一次)アーミテージ・レポート」とも呼ばれる、アーミテージ氏らの報告書「米国と日本――成熟したパートナーシップに向けて」では《機密保持のための新たな法律制定の必要性》が述べられていました。
ボガチョンコフ事件の再発防止策の一つとして自衛隊法に「防衛秘密」規定が設けられました。これは、別表に掲げられた事項につき、「公になっていないもののうち、わが国の防衛上特に秘匿することが必要であるもの」を防衛大臣が防衛秘密として指定し、特別な保護をするものです。
米国からの要請、官僚組織のニーズ、政治家の判断など、秘密保護法制を欲する点において一致する形で話が展開しました。
日本の安保・外交政策と秘密保全体制の「あゆみ」を分かりやすく示すものとして、日米安全保障協議委員会(「2+2閣僚会合」)の発表してきた文書があります。なお、これらは閣僚級会合での合意文書に過ぎないにもかかわらず、これまでのところその内容が実現される率が高く、重要な文書となっています。
2005年10月29日の『日米同盟:未来のための変革と再編』は、「共有された秘密情報を保護するために必要な追加的措置をとる」としていました。
そして2007年5月1日の『同盟の変革』は、以前は「結ばない方針」とされていた「軍事情報包括保護協定」であるGSOMIAを、日米間でも結ぶことを明らかにしました。そしてこれは同年8月10日に結ばれることとなりました。
2007年の協定締結の段階で政府は、新規立法措置について明瞭な説明をしませんでした。久間防衛大臣(当時)の答弁のほか複数の政府答弁は、「国内の法的措置が必要になるとは考えていない」旨を繰り返し述べていたのです。
もっともGSOMIAをよく読むと、《協定締結にあたって新規立法は義務付けられないが、その後に秘密保護立法がなされることは妨げられない》、という内容であることが分かります。
国会答弁は不明瞭なのですが、実際にはどのような対応がされたのでしょう。
この時期に採られた秘密保護の措置がどういうものであったのかを見れば、何が想定されていたのか、よく分かります。
GSOMIA締結と同時期から、「特別管理秘密[*7]」について、法律上の根拠なくガイドラインに基づいて、物理的・人的管理をして情報漏えい防止を図ることになったのです(2007年~〔2009年全面施行〕)。
今回制定された特定秘密保護法は、秘密の物理的管理を刑罰の威嚇により担保し、「秘密取扱者適格性確認制度」に法律上の根拠を与えるという意味がありました。
ガイドラインに基づく「秘密取扱者適格性確認制度」ですが、人権制約度の高い制度ですので、ずっと法律上の根拠なくこれを続けることが想定されていたとは、思えません。久間防衛大臣らの答弁にも関わらず、秘密保全にかかわる新規立法は、もとから念頭に置かれていたのだろうと考えます。
結局のところ、どの党が政権党か、党首が誰かといったことに、基本的にはかかわりなく、また是非をめぐる政治家の真剣な討論や国民的な議論が喚起されることなく、粛々と一般的な秘密保護法制の導入が進められてきたのでした。
本来、十分な議論を必要とするはずの基本的な安保・外交政策が、国会論議による精査を経ずして転換した(また一つの)例であり、長いこと試みられてきた一般的な国家秘密保護法制復活や冷戦終結後の官僚組織の組織防衛といった思惑との一致であったといえましょう。
[*7]「各行政機関が保有する国の安全、外交上の秘密その他の国の重大な利益に関する事項であって、公になっていないもののうち、特に秘匿することが必要なものとして当該機関の長が指定したもの」:省庁横断的な管理。
講じた措置:特別管理秘密制度+秘密取扱者適格性確認制度
Q3.「特定秘密」の対象となる情報はどのようなものですか?
「特定秘密」の対象となる情報は、法3条1項によると次の通りです。(1)【別表各号該当性】当該行政機関の所掌する事務に係る、別表に掲げる事項に関する情報で[*8]
(2)【非公知性】公になっていないもののうち
(3)【特段の秘匿の必要性】その漏えいが国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあり、特に秘匿することが必要であると、行政機関の長が判断したもの
「行政機関の長」が必要と判断して特定秘密とできるところ、その判断の妥当性を担保する仕組みがないことに、多くの批判が寄せられました。第三者機関等について、目下、検討が進められています。
[*8](1)における「別表に掲げる事項に関する情報」という言い回しについて、防衛秘密については、「別表に掲げる事項」であることに注意を払っておきたいと思います。【逐条解説】でも「事項」でした。それは「事実、情報、知識その他一定の内容の集合体たる無体物」と説明されています。しかし成立した法律では、「事項に関する情報」となったのです。意識的な変更でしょう。「事項」よりも広い範囲が指定の対象となる危険性があると考えられます。
■別表方式は秘密を限定できるか?
別表の概観と簡単な検討をしておきます。別表では、「防衛に関する事項」、「外交に関する事項」、「特定有害活動の防止に関する事項」「テロリズムの防止に関する事項」について、項目が列挙されています。
このような「別表方式」は、どのくらい秘密を限定する力を持つでしょうか。
別表の「防衛に関する事項」として掲げられている10の項目は、防衛秘密(自衛隊法96条の2)について自衛隊法の別表第4に掲げられている項目と同じです(防衛秘密はそのまま特定秘密に横滑り)。
そこで、別表方式が秘密を限定できるかという問題を考えるに当たっては、防衛秘密制度のもとでの防衛秘密の件数・点数の実績が参考になりましょう。
防衛秘密は着実に増えてきました。しかも、まったくといってよいほど、解除されてきていないうえに、大量に廃棄されていることが明らかになっています。
2013年10月3日のNHK「ニュース7」では、2007年から2011年まで、防衛秘密の指定件数は約55000件であるところ廃棄は34300件であり、過去10年間で解除は1件であると報道されました[*9]。
また、秘密の指定と解除について、長妻昭衆議院議員によって提出された、「防衛省の秘密解除後の文書公開と破棄に関する質問主意書」(平成25年11月18日提出)に対する答弁書(2013年11月26日)では、省秘、防衛秘密、特別防衛について、件数(原本の数)及び点数(原本及びその複製物の合計数)、解除された件数・点数等が確認できます。
この答弁書のなかから、防衛秘密の件数及び点数、防衛秘密の指定が解除された件数・点数について抜き出すと、次の通りです(平成25年11月26日時点の情報)[*10]。
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以上から、防衛秘密が増えてきていること、解除された例ないに等しいことなどが分かります。「別表で掲げる事項」として秘密を絞っているようでも、その限定する力には疑問が抱かれると理解できるでしょう(→「Q6.どのくらいの期間、秘密指定されるのでしょうか?」)。
[*9]このニュース報道の取材に協力した情報公開クリアリングハウス理事長・三木由希子氏ブログ参照http://johokokai.exblog.jp/20799641/
[*10]さらに問題と思われるのは、同答弁書によると秘密指定が解除された文書であっても、「公にすることにより、防衛省の業務の遂行に支障を与え、国の安全が害されるおそれがあるなど、取扱いに注意を要するもの」があり、それらは件数・点数について集計していないという点です。防衛秘密指定が解除されても、なお「秘密」であり続けるものが存在するようです。
■警察の情報
さて本法は、「防衛」・「外交」といった、これまで伝統的に秘密と密接なつながりを持ってきた領域に加えて、「警察」の所管する情報も特定秘密の対象として組み込んでいる点に特徴があります。公安警察が各種の情報収集に本業として携わっていて、そこにはかなりきわどい情報が多数含まれていることは、広く知られています(共産党幹部盗聴事件、ムスリム捜査事件等)。また、後にも触れる「適性評価」について、本人から提出された情報が本当かどうかを確かめるのは、公安警察や情報保全隊の役割になると見られています。その調査対象者の規模は、数万人となるのではないかといわれています(東京新聞2014年1月9日)。
これらを考え合わせると、警察の所管する情報が特定秘密として特別な保護の対象となることは、かなり大きな問題を抱えているといえます。
「特定有害活動の防止に関わる事項」の「特定有害活動」について、定義を確認しておきます。これは、簡単にいえば、スパイ活動です。
法12条2項1号は次のとおりです。
「公になっていない情報のうちその漏えいが我が国の安全保障に支障を与えるおそれがあるものを取得するための活動、核兵器、軍用の化学製剤若しくは細菌製剤若しくはこれらの散布のための装置若しくはこれらを運搬することができるロケット若しくは無人航空機又はこれらの開発、製造、使用若しくは貯蔵のために用いられるおそれが特に大きいと認められる物を輸出し、又は輸入するための活動その他の活動であって、外国の利益を図る目的で行われ、かつ、我が国及び国民の安全を著しく害し、又は害するおそれのあるものをいう」
このなかには、現在、外為法(注:経産省所管)によって行われている安全保障目的での輸出入管理に関わる事項が含まれていることに注意を払っておきたいと思います。
テロリズムについても、同じく法12条2項1号に定義があります。
それによると、「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう」です。
下線を引いた部分が独立して「テロ」とされる余地があると批判されていたところ、自民党・石破茂幹事長がご自身のブログで、デモでの「絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらない」として、大きな問題となりました(その後に撤回されています)。
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