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「軽い」ヘイトが破壊した「重い」ものとは

先日、中村一成さんの講演を聴く機会を得た。彼はジャーナリストとして、在日コリアンや移民、難民などマイノリティを取り巻く問題をずっと息長く追いかけている。この講演はヘイトスピーチ、特に「京都朝鮮学校襲撃事件」についてのものだった。

講演を行なった中村さんは、この日は体調がすぐれないようだったが、微に入り細に穿ちヘイトスピーチの実態を報告してくれた。私自身カウンターにも行き、ある程度知っているつもりだったが、あらためてその暴力性におののいた。

「京都朝鮮学校襲撃事件」とは、2009年12月4日、京都市南区の京都朝鮮第一初級学校の校門前に「在特会」メンバーらが押しかけて差別街宣をし、その後も2度にわたって同様の行為が繰り返された事件。威力業務妨害などで主犯格4人に執行猶予付きの有罪判決が下され(確定)、民事訴訟でも1226万円の賠償が命じられた(係争中)。

本稿ではその内容というより、中村さんの講演で私が考えさせられたポイントを2点、ピックアップしてみたい。

ひとつは、これだけの差別事案に対して警察・行政が何もしない、あるいは及び腰であることが、「在日朝鮮人に対してはこれだけ酷いことをやっても大丈夫」というメタメッセージを発している点だ。

京都朝鮮学校襲撃事件で言えば、街宣が始まって10分ほど後に警察は到着しているが、手を拱いていたまま。現場での刑事責任の判断は難しいのだろうが、後の裁判で有罪となった行為を放置、いや、黙認したことは間違いない。

差別街宣へのカウンターをしていても、差別者に対する警察の「寛容さ」を感じることはよくある。確かに行政は許可したかもしれないが、それを“守り”、カウンター側を規制するのでは、警察が差別を助長しているという謗りは免れないだろう。

もうひとつは、差別者の「軽さ」だ。BGMをつけて動画サイトにアップロードした差別街宣の様子が講演で放映されたが、へらへらと笑いながら、見続けているのが耐え難いほどの差別的言辞を弄している。つまり彼らは楽しんでいる。

彼らにとって「差別は娯楽」なのだ。被告として立った法廷でも、自分たちにどれだけの攻撃性があったのかに興味がなかった。支援者もそうしたことに関する審理になると来なくなったという。

この事件は、朝鮮学校の生徒、親、教職員の心を癒しがたい傷を残したばかりか、根差してきた地域・コミュニティと分断されてしまった。この第一初級学校は、その前からの計画があったものの、前倒しする形で他校と合併、移転することになった。

「言いたいことを言ってすっきりした」程度で行なわれた差別街宣と、それを助長した警察・行政の不作為。その結果、どうなったか。「軽さ」と「重さ」のあまりの差に、慄然とせざるを得ない。(中津十三)

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