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村上春樹氏小説のアレコレ

作家の村上春樹氏の短編小説にある北海道中頓別(なかとんべつ)町に関する表現が「屈辱的」として町議6人が抗議した問題が、一応の解決をしたようです。

<中頓別>村上春樹氏小説、町議が「終息宣言」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140219-00000124-mai-cul

本件について、一体何が問題となったのでしょうか?

事の発端は、「文芸春秋」の昨年12月号に掲載された村上春樹氏の短編小説において、その登場人物のセリフによって、たばこのポイ捨てが「たぶん中頓別町ではみんなが普通にやっていることなのだろう」と表現されたことです。

それに対し、中頓別町の町議6人が、かかる表現は事実に反し、村のイメージを下げる屈辱的なものであるとして抗議したのです。

村上春樹氏の「表現の自由」と、中頓別町の「名誉」とがぶつかり合ったといえます。

表現の自由は、日本国憲法第21条1項に規定されている、とても重要な権利です。

しかし、その表現の自由も無制限に保護されるわけではなく、名誉毀損罪・侮辱罪といった刑法上の罪が成立する場合はもちろんのこと、民事上の不法行為と認定される場合にも制限されることになります。

とは言え、やはり表現の自由は政治活動・文化活動等の根幹を成すものであり、人間が人間たらんとするために不可欠なものであるため、そう簡単に制限されて良いものではありません。

特に、作者による創作を含む文芸作品である小説の場合、あくまでフィクションであるという理解も必要になります。

さて、本件では村上春樹氏が抗議に応じて単行本にする際に町名を変更することにし、町議6人も矛を収めたため、紛争は終息しましたが、もし、村上春樹氏が徹底的に抗戦した場合には、どうなっていましたでしょうか?

まず、刑事上です。

「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した」として、名誉毀損罪(刑法第230条1項)が成立するでしょうか?

名誉毀損罪の「人」には、自然人(いわゆる「人」)の他、法人(株式会社や地方公共団体等)も含まれると解するのが判例・通説ですので、中頓別町に対する名誉毀損罪は成立し得ます。

しかし、たばこのポイ捨てが普通に行われているという、比較的影響が軽微な内容であること、あくまで小説の中の表現であること、そして、登場人物の想像であり、決して断定しているわけではないこと等を考慮に入れて判断すると、刑事罰を与えるに値するほどの違法性はないものと判断されると思います。

次に、民事上です。

民事事件では、実際に被害を受けた当事者が訴えを起こすものなので、「中頓別町の名誉が毀損された」というのであれば、町議ら個人が提訴するというよりは、中頓別町自体(実際には市長)が提訴することがまず考えられます(実際にはまずしないでしょうが)。

請求の内容は、出版の差し止めや損害賠償が考えられますが、前述した名誉毀損罪不成立同様、出版の差し止めが認められるほどの違法性は認定されないであろうと思います。

損害賠償の点も、それが認められるためには、村上春樹氏の表現により、実際にいくらの損害が生じたのか、因果関係も含めて主張・立証しなければなりませんので、村上春樹氏の世界的な影響力を考えても、ほぼ認められないものと判断いたします。

中頓別町ではたばこのポイ捨てが普通に行われているというイメージが定着したせいで、観光客が減った等の確たる立証ができれば話は別ですが。

それでは、精神的苦痛に対する損害賠償として慰謝料を請求した場合はどうでしょうか?

まず、「中頓別町自体には精神がないから慰謝料を請求することはできないのでは?」と思われるかもしれませんが、実は、“できないわけではない”というのが判例・通説です。

しかし、“できる”ではなく、“できないわけではない”という、裁判官や政治家がよく使う表現であることには注意が必要で、実際に請求しようとすると、個人が慰謝料を請求する場合に比べ、相当難しいというのが実情です。

それならば、町議や市民が個人で提訴する場合はどうでしょうか?

出版の差し止めが難しいのは同様で、また、お店を個人経営されている方が「村上春樹氏の事実に反する屈辱的表現により中頓別町の観光客が減り、お店の収入が落ちた!」と訴える等、経済的損害の賠償を求めるケースでは、損害額の算定と因果関係の立証が難しいという点も同様です。

しかし、個人であれば、精神的苦痛に対する慰謝料を若干は取れる可能性があります。

ただし、あくまで“若干”であり、1万円取れれば良いくらいでしょう。

そうなると、1万円の慰謝料(訴状では10万円とか100万円とか多めに求めるのが普通ですが)を取るために数十万円の弁護士費用を出したら、逆に損をしてしまう(世にいう“費用倒れ”)ことになってしまいます。

必勝を期し、『リーガルハイ』の古美門(こみかど)研介弁護士に依頼しようとしたら、弁護士費用として軽く1000万円は請求されるでしょうから(笑)、とてもじゃないけど依頼できません。

それでは、個人による慰謝料請求は諦めないといけないのでしょうか?

ゴーストライターや聴覚障がいの問題で揺れる佐村河内守氏のケースでも、「真実を知っていたらCDを購入しなかった!」と、CDの購入代金の返金を求めようにも、請求額が小さい一人ひとりが提訴していては、全員が費用倒れになってしまいます。

そこで役立つのが“共同訴訟”です。

文字通り、複数の人が共同して訴訟を行うのです。

今回のケースでは、中頓別町の町民約1900人が全員で古美門弁護士に依頼し、「村上春樹氏の事実に反する屈辱的表現により、村のイメージが落ち、精神的苦痛を受けた!」と提訴すれば、慰謝料1人あたり1万円、合計1900万円くらいは取れるかもしれません。

古美門弁護士でしたら、“世界のハルキ”の影響力の大きさをことさらに強調し、1億9000万円や19億円くらい請求するかもしれませんが・・・。

以上、村上春樹氏の小説をめぐる問題をアレコレ分析してみました。

あらゆる紛争が裁判になるわけではなく、双方が歩み寄ることで解決することもたくさんあります。

しかし、「もし裁判になったらどうだろう?」と考えてみることは、結構勉強になるかもしれません。

これからも、世の中で起こる様々なニュースを、法律家(弁護士・前衆議院議員)の視点でアレコレ分析していきます。

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