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「キレる老人」問題と、現代居住空間の世代間断絶

 2月20日に、講談社から「『若作りうつ』社会」 という本を出版しました。  

 いつまでも若作りできるようになったのは良いけれど、いざ、不惑相応・還暦相応のライフスタイルを選ぼうと思っても、年の取り方がよくわからない――自由に年が取れるようになった反面、自己選択で年を取っていかなければならなくなった現状と問題点について、複数のアングルから紐解くような本にしたつもりです。  

 とはいえ、この本は新書サイズなので、ボリュームや構成の都合上、削るしか無いパートもありました。補足も兼ねて、そんなパートのひとつをアップロードしてみます。  

「キレる老人」「モンスター老人」だらけの社会

   最近、「キレる老人」問題がまことしやかに語られるようになりました。例えばこちらにもあるように、若年者の犯罪は人口比を下回るペースで減少しているのに、高齢者の犯罪は人口比を上回るペースで増加しているそうです。このような高齢者の犯罪増加の背景には、「高齢者のほうが実は貧富の格差が大きい」等の事情もあるでしょう。しかし、そのことを差し引いても、若者よりも長い歳月を生き、若者ほどエネルギーや衝動を持て余しているわけではないはずの世代の犯罪増加には驚かざるを得ません。  

 犯罪未満の行動となれば、あちらこちらで「キレる老人」、あるいは「ごねる老人」を見かけます。少子高齢化社会になった以上、そのような高齢者を見かける頻度が増えるのは自然といえば自然ですが、それでも、公共スペースやショッピングモールで店員にクレームをつける人物、横着な振る舞いや横柄な振る舞いをみせる人物の相当部分が高齢者で占められているのは不思議な話です。素行不良といえば、一昔前は年端も行かない不良やツッパリの類が連想されたものですが……。  

 一時期、若者を批判する言葉として「成熟拒否」というフレーズが流行した時期がありました。未熟なままの若者はいけない、成熟を拒否する若者は駄目だ、といった意味合いだったと思います。ところが実際には、今日の十代~二十代は(全体としては)行儀良く、おとなしく、それは犯罪率の低下にも反映されています。「さとり世代」という言葉もありますが、21世紀の若者は、むしろ、どこかヘンテコに大人びているようにみえます*1
(*1彼らの場合は、彼らは子どもでいるべき時期に子どもでいられないこと、若者然とした若者としてヤンチャをこけないまま年を取っていくことに、固有のアキレス腱を忍ばせているようにもみえますが)。  

 実際に「成熟拒否」しているのは、かつて若者に「成熟拒否」という言葉を投げかけていた世代のほうではないでしょうか。いや、若者気分そのままに年を取り、人目を憚ることなく自己中心的な振る舞いをみせてやまないお年寄りには、「成熟を拒否している」という言葉より、「成熟がわからなくなってしまっている」という言葉のほうが似合うかもしれません。旧来のお年寄りとは、品行の面でも廉恥心の面でも若者が見習うべき模範となり、老い衰えても年の功を感じさせてくれる存在だったのではなかったでしょうか。そうした社会的役割を引き受けていたからこそ、お年寄りは尊敬もされ、畏敬される存在だったのではないでしょうか。ところが、今日の「キレる老人」「モンスター老人」的な風景からは、そうした社会的役割の自覚も、年の功の実践も、あまり感じられません。  

 “思春期の「成熟拒否」を難詰していた世代自身も、老年期にあったはずの成熟、老年期に相応しい心理的なエイジングに失敗しているのではないか”――こうした視点は、これまで顧みられて来なかったように思います。それもそうかもしれません、昭和時代の頃は、お年寄りが成熟を拒否するなんて事は、あくまで例外的な事態だったでしょうから。しかし、「若作り」にいそしみ、「生涯現役」と銘打たれた商品をもてはやし、往時の青春ソングをリピートしているシニアの今日的状況をみていると、年齢相応の成熟に達することなく、若い年頃に留まろうとあがいているのは、若者世代以上にシニア世代ではないかと思えるのです。控えめに言っても、そのような成熟の不明瞭なシニアをあちこちで見かけるようになったのは確かです。  

 これまでは、成人式を迎えるか、せいぜい就職して結婚するぐらいまでの成熟ばかりが問題視され、四十歳になってからの成熟、六十歳になってからの成熟は不問に付されてきました。考えてみればおかしなことです。人間は、生物学的にも社会的にも年を取り続けていく存在で、何歳になっても社会的役割を引き受け、社会を構成する一員であり続けるのですから。  
 

時計の針が止まってしまった理由

 どうしてこうなってしまったのでしょうか。  

 戦前/戦後の激変のなかで、それまでの成熟ロールモデルが失われてしまったからかもしれませんし、生死に思いを馳せるような風景や出来事が、日々の暮らしから遠のいていったからかもしれません。ですが、それら以上に私には重要と思えるのは、人と人との接点、特に年上と年下が日常的にコミュニケーションを持つ場が居住空間から消えてしまったことです。  

 現代のシニア世代、特に退職した後の人達は、自分より年長の人間や年少の人間とコミュニケーションをとる機会があまりありません。子どもや孫がいる場合はこの限りではありませんが、それでも、身内という少ないサンプル以外には、年少者と接点を持ち続けたり、年長者としての振る舞いを期待されるような目線に曝されるようなことがあまりありません。

 昔の地域社会では、お年寄りと年少世代は顔見知りで、地域の店や銭湯や神社といった社会装置を介して、頻繁にコミュニケートしていました。農村であれば、田畑で働く姿を目撃しあうこともあったでしょう。子どもには子どもの、成人には成人の、お年寄りにはお年寄りの役割があって、年齢それぞれに引き受け、引き受けざるを得ない境遇のなかで生活していました*2。(*2もちろん、それがしがらみや抑圧を生み出すこともあったのですが)。自分とは年の違う人々との繋がりのなかで、自分自身の年齢を意識させられ、まだ有意味だった通過儀礼によってエイジングが強制アップデートされる――そんな感じだったかと思います。

 現代社会ではどうでしょう。さまざまな世代の出入りするグループやサークルに出向いている人でもない限り、自分自身の年齢を意識させられる機会、年上の役割と年下の役割を想起させられる機会はあまりありません。公共交通機関や街のなかで年少者にすれ違うことこそありますが、接点が欠如している以上、それが年甲斐の自覚をもたらすことなどありません。「どんなに年齢不相応なことをやっていても、誰も注意しないし、誰からも注意されない」――それが現代の都市や郊外の不文律なのですから。

 また、地域社会の存立と不可分の関係にあった通過儀礼は、地域社会という基盤が希薄になったことによって形骸化し、関心も乏しくなっていったことによって、エイジングの一里塚としては頼りにならなくなってしまいました。

 こうした諸条件により、現代のシニア世代は、エイジングについて思いを馳せるような世代間コミュニケーションから切り離されてしまっている、とも言えるかもしれません。今日、おばさんやおばあさんならいざ知らず、おじさんやおじいさんがショッピングモールで知らない子どもに声をかけようものなら、気持ち悪がれ、下手をすれば通報されてしまいかねません。「年少者に関わる面倒が無くなった」と喜んでいるシニアもいたかもしれませんが、その気楽さは、「年少者と接点を持つことによって、自分自身のエイジングに思いを馳せる機会の喪失」と表裏一体のものだったのです。

 現代の居住環境は、高層マンション的なものであれ、新興住宅地的なものであれ、個人の自由を最大限に尊重し、他人との摩擦やしがらみを最小限にするような志向を内包しています。それはそれで良いとは思うのですが、そのメリットの裏側には、「世代と世代のコミュニケーションが起こりにくくなる」という忘れられたデメリットが潜んでいて、成人後のエイジングに微妙な影を落としている、という視点は、そろそろ認識されても良いのではないかと思っています。もちろん、子どもや思春期のエイジングにも、影を落としているでしょうし。

   年の取り方がわかりにくい社会になったものです。

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