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リスク社会における「他者」

 東日本大震災は、日本に暮らすあらゆる人々に、様々な課題を突きつけたことだろう。国家の狭間に生きる在日コリアンとしては、惨事に昂揚したナショナリズムの中で、「自分はどこに所属し、誰を守るべきか」という、つねにすでにあった実存的な問題に改めて直面することになったという人も多いのではないだろうか。

 だが、アイデンティティの問題はひとまず措いて、ここでは、「リスク」をキーワードに、在日コリアン(およびそれを取り巻く日本社会)が直面している新しい課題について考えてみたい。

 「リスク」といえば、1986年のチェルノブイリ事故以降、現代社会を解読するキーワードとして、世界でもっとも注目を集めてきた言葉の一つである。

 例えば、社会学分野におけるリスク社会論の第一人者ウルリッヒ・ベックは、現代の産業社会は「階級社会」ではなく「リスク社会」であると主張している。階級社会において分配問題の争点を作り出していたのは「平等という理想」であった。それに対して、リスク社会では「安全性」こそが社会の基礎となり、社会を動かしている。言い換えると、「不平等」をめぐって連帯と闘争が繰り広げられた階級社会とは異なり、原発事故に代表される現代の新しいリスクの前では、「不安」をめぐって連帯とコミュニケーションが行われるというのである。

 なるほど、宮城県の東北朝鮮初中級学校では、総連系の有志によって運ばれてきた在日コリアンからの救援物資を避難中の日本人被災者と分けあい、さらに近隣の日本学校で焼き肉の炊き出しも何度か行われた。貧富の差や、国籍と民族の垣根を超えて、ともに被災の苦境と「不安」とを乗り越えようという実践だといえよう。

 だが、この「不安による連帯」は、必ずしも在日コリアンにとって幸運に作用するとはかぎらない。というのも、ひとは危険に曝されても、合理的なリスク意識を形成するとはかぎらず、むしろ不安にかられて非合理的な推論に逃げようとすることがある。ベックの表現を借りると、「危険が理解しがたいもので、その脅威の中で頼るものもないため、危険が増大すると、過激で狂信的な反応や政治思潮が広がる。こうした反応や政治動向によって、世間のなんでもない普通の人々を『避雷針』にして、直接に処理することが不可能な眼に見えない危険を処理することが行われてしまう」ということだ。そしてこの「避雷針」に選ばれるのは、いつだって例外なく、「他者」として構造的に疎外される人々である。

 「他者」は、現代の新たなリスクを等しく共有しているにもかかわらず、しばしば「不安」による連帯に加わることを許されず、それどころか、リスクを生み出す害悪として「不安」の対象として貶められる。

 ベックはスケープゴートになりやすい「他者」の例として「ユダヤ人、黒人、女性、難民、異端者、共産主義者など」を挙げるが、日本では、「朝鮮人」が筆頭に加わることになろう。今回の震災後も、「阪神淡路大震災のとき、地震で、朝鮮人によるレイプ多発の事実と、放火説があります」「仙台市◎◎中学校が中国人・韓国人が7割の留学生らの心無い行動で避難所機能停止」といった差別デマを執拗に振りまく者がいた。

 だが、「他者」をリスクそのものとみなす非合理的な観念は、残念なことに、こうした一部の狂信的な政治思潮の保持者だけに流布しているものではない。朝鮮学校「無償化」除外問題をめぐって改めて明らかになったことは、日本政府こそが、在日朝鮮人を再生産するための教育機関を「リスク」としかみなしていないという事実であった。

 こういうと、日本政府が在日コリアンを治安の対象としてきたのは植民地時代から一貫した政策ではないかという反論があるかもしれない。なるほど、在日コリアンは過去一世紀以上にわたって、つねに日本における「他者」として苦悩と困窮と暴力を与えられてきた。

 しかし、いまや在日コリアンは、単なる「他者」ではない。もはや、「平等」をキーワードとした訴えだけでは説得力を持たない、「リスク社会における『他者』」なのである。スケープゴート化から自己防衛するためには、伝統的な「他者」への暴力に曝されているというだけでなく、新しいリスクへの不安のヨリシロとして暴力に曝されているという自己認識を確立すべきであろう。

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