記事

「当事者」は語れない~どう「代弁」し、どう「代表」するのか

ここからMBS「映像14」ページに飛べます

■真摯な報道姿勢

2/16、大阪ローカルではあるが、MBS系ドキュメンタリー「映像14」が放送され、大阪府立西成高校での「高校生居場所カフェ」の取り組みである「となりカフェ」が1時間にわたって紹介された。

僕は、20代の編集者時代より、こうした「居場所」支援についてマスメディアで詳細に紹介されることを願い続けてきたので、MBSによる真摯な編集・放送姿勢は感慨深かった。

番組の内容はここ(「ここにおいでよ~居場所を失った10代のために」)を参照願いたいが(ご余裕があれば有料にて視聴できる)、となりカフェを利用する生徒を丁寧に追いかける姿勢には大いに共感できた。

事業そのものが成立した背景や事業母体そのものに言及がなかったことは、むしろ現代の高校生とハイティーン問題に絞り込むことができてよかったと思う。

しいて言うなら、こうした問題は、大阪市にある府立西成高校という単独的な高校に現れる問題ではなく、現代のハイティーン全体の問題でありこれから我が国全体を襲う問題であろうこと、を示唆していただければもっとよかったが、このあたりはマスメディアの限界だろう。

それらを含めて僕は概ね満足した。

そして、満足しながらも、重要なことを久しぶりに思い出した。

それは、「『当事者』は、その問題そのものを決して語れない」ということだった。

言い換えると、「サバルタン」は語ることができないということだ。

■ 「ひきこもり当事者」は語ることができない

サバルタンとは、超階級社会であるインドにおける最下層階級における寡婦のことで、夫が亡くなった後それを追うようにして死んでいく(死に追いやられる)女性たちのことを指す。

詳しくはスピヴァク『サバルタンは語ることができるか』(みすず書房)をご参照願いたいが、一言でいうと、マイノリティ問題の渦中にある最も「当事者」性を帯びた人々(それをスピヴァクおよびスピヴァク研究者は「サバルタン」とする)は、最大の当事者であるために、その問題そのものを語れなくなるという、ある種の矛盾を指摘した画期的論考だ。

これを僕は、たとえば「ひきこもり」問題にも応用し、「ひきこもり当事者は、それが当事者であればあるほど(ひきこもりがハードになればなるほど)、ひきこもり問題そのものを語れなくなる」と指摘した。

それはもう15年も前になるが、ひきこもりの一部の人々に、「自分は(親子間が断絶するほどの完璧な)ひきこもりではなくなったが、そうなるとひきこもり問題を語ってはダメなのか、語る資格がないのか」といった動揺を与えてしまった。

語るな、と僕は言ったのではなく、ひきこもり問題を(ある種のメタレベルで)語れるようになるということは、それは「当事者性」を失うことであり、言い換えるとそうして語ることができるのは「ひきこもり当事者」ではなく「経験者」であると説明した。

が、不思議なことに、説明しても説明してもそのことはなかなか伝わらなかった。誤解はなかなか解けなかったのだ。

■今度こそ伝えたい

だから、そのような誤解と傷つきを与えてしまう「サバルタン」議論を、僕はそれ以来封印した。

が、今回の番組を見て、やはり「当事者は語ることができない」と確信したのであった。だから、それをどう「代弁」し、「代表」するか、今度こそきちんと伝えていかなければいけない、と思ったのであった。

今回の番組の当事者インタビューの部分で、一生懸命当事者(生徒たち)は語ろうとするが、やはりなかなか「言葉」が出てこない。

10代はあまりボキャブラリーをもたないという問題もあるだろうが、自分たちを今の状況にセットしたその原因と背景そのものを、当事者になればなるほど語ることは難しいのだ、と僕は思わざるをえなかった。

それ(自分の状況をメタレベルに語ること)は、当事者にとってはあまりに酷であり、それができないからこそ「当事者」なのだ、と思わざるをえなかった。

では、その問題は誰が語るのか。

おおまかに言って2つある。それは、「代弁」と「代表」の二種類だ。

■「代弁」と「代表」

「代弁」とは、当事者に代わって、当事者問題をよく知る第三者が語ることだ。具体的には、僕のような、支援者でありながら、語るメディア(この、「Yahoo!ニュース個人」等)を持っている人々のことを指す。

「代表」とは、上に書いたような「語ることができるようになった『経験者』」のことを指す。自分の当事者問題から時間的にも状況的にも距離を置いて客観的に語れるようになった人々を指す。

ただし、その人がもつ「しんどさ」の本質(それは「経済的困窮」や「心理的寂寥」等だろう)そのものは、「経験者」になったとしてもそれほど代わりはないだろう。

だから、「経験者」が語ること(代表すること)にはリスクが伴う。そのリスクを十分意識しながら(語った後のフォロー体制も用意しながら)語ると、その語りは強い。

それは、僕のような代弁者の語りよりも、はるかに強い説得力で問題そのものを語る。だからこそリスク(語ることによる傷つきと、もうひとつ、語ることによるメディア露出を伴う劇的な状況の変更)を十分管理しながら語る必要がある。

今回の放送を転換点として、僕は再び「当事者は語ることができるのか」という議論に戻っていこうと思った。それほど、こちらに多くの問題を突きつけてくる、真摯でありながら、とても見る人に「やさしい」番組だった。★

※Yahoo!ニュースからの転載

あわせて読みたい

「ひきこもり」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    住民が語るソープ街・吉原の現在

    フリート横田・渡辺豪

  2. 2

    資産50億円トレーダーの手口告発

    文春オンライン

  3. 3

    宇垣アナ「基本人生は悲しい」

    キャリコネニュース

  4. 4

    ジャニー氏の搬送先に中居ら集結

    文春オンライン

  5. 5

    日本による韓国の提案瞬殺は当然

    木走正水(きばしりまさみず)

  6. 6

    山本太郎氏 自民めぐる発言釈明

    山本太郎

  7. 7

    広告コピーで炎上 呉服店が釈明

    キャリコネニュース

  8. 8

    安全ピンで撃退OK? 警察に聞いた

    BLOGOS しらべる部

  9. 9

    舛添氏「韓国は話にならない」

    舛添要一

  10. 10

    山本太郎氏のバラマキ路線は危険

    おときた駿(前東京都議会議員/北区選出)

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。