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世界最大級メディアの誕生は消費者のためになるのか?

 放送・通信業界の動向に関心がある人は既にご存知だろうが、今月12日、アメリカの最大手ケーブル会社のコムキャストが第2位のタイムワーナーケーブル(TWC)の買収を発表した。株式交換による買収額は452億ドルで、昨年話題になったソフトバンクによるスプリント(アメリカ第3位の携帯電話会社)買収が216億ドルだったことからも、規模の大きさがわかる。買収が承認されれば、アメリカのケーブルテレビ市場の3割近いシェアを占めるだけでなく、ケーブルテレビに電話と高速インターネットを併せた、いわゆる「トリプルプレー」の約5割を扱う、巨大なブロードバンドインターネット・プロバイダーが誕生することになる。一方で、買収が独占禁止法に抵触すると判断される可能性もあり、買収そのものを懸念する声も聞こえ始めている。メディア企業の買収・合併に対してこのような否定的な声が起きることは珍しくなく、1990年代以降に加速した業界再編の中で何度も聞いてきたのだが、特に今回は日常生活に深く関わるテレビとインターネットにおけるキープレイヤー同士であり、消費者にとっての影響も大きいと考えられる。

 買収発表の翌日にThe New Yorkerに掲載された記事“We need real competition, not a cable-internet monopoly”によると、現在アメリカのブロードバンドインターネット環境は他の先進諸国に比べて著しく劣っていて、例えば、フランスでは「トリプルプレー」をアメリカの4分の1程度の料金で契約することができる上に、回線はダウンロードで10倍、アップロードで20倍の速さであるという。他にも韓国やスイスでは15~30ドルからトリプルプレー契約ができたり、イギリスでは多チャンネルサービスが無料だったりといった例が紹介され、アメリカでは他国に比べて大して質の高くないサービスに高いカネを払わされると述べている(ちなみに、我が家もアメリカでトリプルプレー契約をしているが、毎月126ドルも払っている)。そして、その理由として、アメリカのケーブルおよび通信産業での参入障害の高さと競争の少なさを挙げている。

 ケーブル会社は元々がCATV(コミュニティ・アンテナTV)という成り立ち上、それぞれの地域の事業者が運営していたのだが、90年代に入るとそれらを統合して運営する「MSO(Multiple Systems Operator)」と呼ばれる事業者が急増した。MSOはそれまで零細事業者が乱立していたケーブルテレビ業界を一変させ、規模の経済を活かした効率運営というビジネスモデルを確立した。このMSOの典型が今回の買収の主役であるコムキャストでありTWCである(ちなみに日本のケーブル最大手であるJ-COMもMSO)。いくつかのMSOを中心に90年代以降、ケーブル業界の統合・再編が進んだわけだが、問題はそれらMSOが各サービス提供地域で独占的に事業展開をしていて、他社との競争がほとんどないという点にある(消費者からすればケーブル会社選択の余地がない)。伝統的にケーブル会社は地方政府にフランチャイズを認められ、地域独占を享受してきたわけだが、結果として、不完全競争市場で競合に晒されることもなく、思いのままに料金をコントロールできる立場にあった。

 特にコムキャストはケーブル業界が統合・再編する中で資本を蓄えてきた会社という印象があり、株価は2009年からの5年間で実に5倍になっている。今回の買収が認められれば、全米の上位20市場のうち19市場をサービス対象地域として手中に収めることになる(各市場内で他者と営業区域を分け合っているケースがほとんどではあるが)。また一方で、コムキャストは昨年、巨大メディア複合企業であるNBCユニバーサル(全国放送ネットワークのNBCやユニバーサル映画を傘下に持つ)も完全子会社化している。現在行われているソチ五輪のアメリカでの独占放映権もNBCが取得しているので、実質的にはコムキャストのものであり、コムキャスト契約者はPCやタブレットなどでネット配信も楽しむことができる。今回のTWC買収により、コンテンツとアウトレットの垂直統合がさらに推し進められることになるだろう。

 今回の買収の大義としてコムキャスト側は、顧客に高度なサービスを提供するためにはインフラストラクチャーやコンテンツに積極的に投資できる資本力が必要であり、結局は公共の利益に適うだろうし、質の高いサービスのために料金の値上げはやむを得ないという。これらはメディア買収に際していつも聞かれる企業側の論理であるが、コンテンツに関してはそう言わざるを得ないと思い当たる点も確かにある。NBCユニバーサルという強力な番組供給事業者を傘下に収めていると言っても、コムキャストにすれば(無論、他のケーブル会社にとっても)同系列の企業が所有するコンテンツばかりを流すわけにはいかない。一方、番組供給事業者、例えば、他の大手メディア企業が所有するネットワークは当然、高い送信料を要求してくる。近年では、地上波放送再送信にかかる費用も急上昇しており、放送局とケーブル局で揉めるケースも発生している(詳しくは過去のエントリー「アメリカ・地上波放送ブラックアウトの結末」「ローカル局の弱みと有料テレビとの争い」をご覧下さい)。かつてのような「ケーブルテレビ=家庭に映像を届けるボトルネック」といった絶対的優位性が失われつつある中で、今回の買収はコンテンツホルダーとの交渉力につながると予想される。

 また、一部のMSOが巨大化することで競争が阻害されるという主張に対しても、当のケーブル関係者は自分たちが常に競争に晒されてきたと反論する。1992年のケーブルテレビ消費者保護・競争法では先述の市場上限規制がかけられ(これに猛反対したのもコムキャストで訴訟まで起こしている)、それ以降は常に衛星放送や通信会社、映像配信サービスとの競争を余儀なくされているというのである。今回の買収の背景に、若者ユーザーを中心としたケーブル離れ(詳しくは昨年のエントリー「アメリカのテレビ環境:ノーモア・ケーブルテレビ?」をご覧下さい)に対する焦りがあることは想像に難くない。巨大なインターネット・プロバイダーとして、ケーブル衰退の主要因とも言われるNetflixやAmazonの映像配信サービスをどのように扱うのかは気になる所だ。

 このような状況において、果たしてコムキャストのTWC買収が承認されるかどうかに注目が集まっている。司法省の反トラスト局は昨年、世界最大の航空会社誕生となったアメリカン航空とUSエアウェイズの合併を承認していることから、先のThe New Yorkerの記事では、大型買収に甘くなっているのではないかと疑義を呈している。一方、FCCは現在のトム・ウィーラー委員長がそもそも通信業界やケーブル業界のロビイストだった人物である。彼は最近のスピーチでも競争促進を政策の中心に置くことを明言している。競争促進は、公共の利益や多様性の確保と並び、アメリカにおけるメディア政策の基本理念の1つである。競争を重視する姿勢が今回のコムキャストによるTWC買収承認・不承認にどのように反映されるのか、注視したい。

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