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法人税減税とTPPで復活する日本〔2〕 - 原田 泰(早稲田大学教授)

〔1〕はこちらから→法人税減税とTPPで復活する日本〔1〕

過去の産業政策は失敗した

 政府が、将来発展しそうな産業を選んで、それに補助金を与えるのが成長戦略と考える人が多いのだが、そのような産業政策で成長率を高めることはできない。まず、政府に成長産業を選ぶ能力がない。政府がそのような能力をもっているくらいなら、民間がとっくに投資している。政府が補助金をくれるなら、民間はそれを待とうと思ってしまうが、それでは世界のライバルに追いつかない。

 そもそも過去の産業政策――政府が成長産業を選び出すという政策はうまくいっていたのだろうか。

 一橋大学の竹内弘高教授たちの研究チームは、1990年代に日本が競争力をもっていた20の産業(自動車、カメラ、カーオーディオ、炭素繊維、連続合成繊維織物、ファクシミリ、フォークリフト、家庭用エアコン、家庭用オーディオ、マイクロ波および衛星通信機器、楽器、産業用ロボット、半導体、ミシン、醤油、トラック・バス用タイヤ、トラック、タイプライター、VTR、テレビゲーム)と、もっていなかった6つの産業(民間航空機、証券業、ソフトウェア、洗剤、アパレル、チョコレート)を比較している。

 前者の成功産業において、政府の役割はまったくといってよいほど存在しなかったという。大規模な補助金制度も競争への介入もほとんど存在しなかった。例外はミシン産業であるが、日本のミシン産業の長い歴史のなかで、政府による政策が競争優位に影響したのは戦後の10年ほどにすぎない。また、90年代に競争優位をもっていたのは、政府が保護した家庭用ミシン産業ではなく、産業用ミシン産業であったという。

 これに対して、後者の失敗産業においては政府の広範な介入があった。たとえば証券業界では、手数料は固定制で、社債や国債発行における市場シェアは企業別に割り当てられていた(竹内弘高「第5章 日本型政府モデルの有効性」、貝塚啓明『再訪日本型経済システム』有斐閣、2002年、所収)。

 さらに農業について考えてみよう。日本の農業のすべてが弱く、TPPなどによって貿易自由化されれば、すべての農業が壊滅すると思っている人が多いようだ。たしかに、コメには778%、小麦には252%、脱脂粉乳には218%、砂糖には328%の関税がかけられているが、野菜の関税率は3~9%にすぎず、花はゼロである。りんごは17%、メロン、いちごは6%である。これらの中間のものもあって、牛肉は38%、オレンジは40%(みかんの出回らない時期は20%)である。

 ところが2013年のコメの出荷額1.8兆円に対して、野菜は2.1兆円、果樹は0.7兆円、花は0.3兆円、牛肉は0.5兆円、生乳は0.7兆円、砂糖はてんさい390億円とさとうきび214億円を合わせて604億円である。

 すなわち、保護されていない農産物の出荷額が、すでに保護されているものの出荷額を上回っている。要するに、保護された農産物は停滞し、保護されていないものは発展しているのである(出荷額は農林水産省HP「農林水産基本データ集」および「生産農業所得統計」、関税率は清水徹朗・藤野信之・平澤明彦・一瀬裕一郎「貿易自由化と日本農業の重要品目」『農林金融』2012年12月などによる)。

 これまでの成長戦略とは、医療、介護、保育産業やエネルギー産業にお金をつぎ込めば成長率が高まるというものだ。しかし、どこかにお金をつぎ込むとは、どこかからお金を取ってくることだ。太陽光から生まれた電気を高く買えば、ソーラーパネル産業の成長率は高まるだろうが、高い電気を買わなければならない産業の成長率は低下する。

「何をしないか」が重要

 日本はそもそも戦略的に何かを選ぶことが下手な国であることも認識しておいたほうがいい。たとえば、オリンピックにかける日韓の予算とメダル数を比較してみよう。

 2010年、バンクーバー冬季オリンピックで、人口4800万人の韓国が金メダル6個を含むメダル14個、一方、日本は金なしのメダル5個であった。韓国のオリンピック強化予算は597億円、日本は40億円(国立スポーツ科学センター調べ)ということから、オリンピックでメダルを取るために予算の増額が必要だと訴える人が多い。

 たしかに、多くの予算を使えば、少しは成績が上がるだろう。しかし、すでに使っている予算に追加して、さらにオリンピック予算も増大させるというようなことを続けていけば、すべての予算が増大し、日本の財政は破綻してしまうだろう。というか、過去にそういうことを続けてきたから、とんでもない財政赤字になっているわけだ。

 オリンピックのメダルが欲しければ、他の予算を削らなければならない。成功の秘訣は、何をするかではなくて、何をしないかだ。韓国はアジア人の体格で戦うことの不利な競技には力を入れない。

 日本は、やっとサッカーでは韓国と互角以上になったが、ラグビーでは、1969年以来、日本は対韓国戦で22勝5敗2分けと圧倒的である。2013年は、日本は韓国に64対5で勝っている。日本のラグビーはアジアでは断トツの1位だが、世界では絶対に敵わない(トンガなど太平洋諸国にも敵わない)。

 韓国は世界で勝てない競技に予算を使っていない。どんな国でも、予算にも、体格と体力と運動能力に優れた若者の数にも制約がある。オリンピックのメダルを増やすために必要なのは、予算を増やすことではなくて、見込みのないスポーツをやめることだ。

 2月7日からのソチ冬季オリンピックに派遣される選手では、女性が男性を上回った。これは、見込みのありそうなところに重点投入するという方針の変化かもしれない。そうであれば少しは期待できることだ。

女性の力で90兆円増大

 産業政策の効果が不確かであることに比べ、女性の力を最大限発揮させるという女性の労働参加の促進は、労働力が増えるのだから、必ずGDPを増大させる効果がある。私の試算によれば、日本の女性の労働参加率と女性と男性の賃金格差が英米独仏の平均になれば、GDPは18.5%、金額でいえば90兆円増大する(原田泰「女性雇用拡大のためのコストはいくらか」WEB RONZA、2013年5月9日)。労働力を活用することの効果はきわめて大きいのである。

 ついでながら、これはアベノミクスの第一の矢、大胆な金融緩和の効果が大きい理由でもある。バブル以前、日本の失業率は2.5%であった(バブル期の終わりには2%にまで低下した)。これが日本の正常な失業率である。

 ところが、バブル崩壊後、5.5%にまで上昇した。アベノミクスが始まる前は4%余りであったが、雇用調整助成金で無理やり下げている分があるので、実質的には5%であろう。大胆な金融緩和とは、デフレによって5%になってしまった失業率を元の2.5%にまで下げるという政策である。失業率が2.5ポイントも下がれば、それだけでGDPは大きく増えるだろう。これは雇用拡大を伴う政策が大きな効果をもつということである。

 ただし、現在のままの制度で保育所の定員を増やすには巨額の補助金が必要になる。規制緩和で保育所のコストを下げるとともに、保育所の料金を上げて需要を減らすべきである。民主党政権時代の児童手当の増額に応じて保育所の料金を引き上げればよかったが、いまからでは難しいだろう。

 また、女性の活用という言葉は無駄に反発を買うのではないか。政府もそれがわかって、「女性の力を最大限発揮」という言葉を使っているのだろうが、成長のために女性を使うというので反発を感じる人はいるだろう。むしろ、家計が豊かになるために女性が働くのが当然だと考えるのが普通ではないか。日本では、600万円以上の所得のある夫は612万人いるが、600万円以上の所得のある妻は60万人しかいない。夫婦で働けば1000万円以上の所得になる家計が増えるわけだから、国に活用されなくても、自ら働くことはおかしくない。

 アメリカで、1960年代以降、経済が悪化したときに家計が行なったことは妻が働くことだった。最初は、日本のようにパートで働くことだったが、やがてフルタイムで働き、その地位と収入を引き上げていった。結果としてアメリカ経済は、90年代からの日本の凋落を尻目に、先進国で最高の実質経済成長率を維持してきたのである。

成長戦略という言葉をやめる

 安倍総理がダボスで強調された法人税減税とTPPは効果がある。政府が成功しそうと考えるものに補助するより、実際に成功したときの民間の取り分を増やすことが望ましいからだ。それは法人税減税、所得減税になる。もちろん、巨額の財政赤字のなかで減税は難しいが、法人税減税は進めるべきである。法人はどこにでも動けるものだから、成功したときの取り分の多い国に行って立地する。そのような立地競争に負けないように減税する必要がある。

 TPPは市場を開放し、国内の産業を競争にさらすことだ。もちろん、競争力の強い産業はさらに世界で発展することができる。TPPの経済効果を政府は3.2兆円としているが、貿易だけでなく、投資の増大をも含めたダイナミックな効果を含めれば10兆円の効果があるという分析もある(内閣官房、ブランダイス大学のピータ・ペトリ教授による「PECC試算の概要」2013年3月15日)。

 また、民営化も重要である。郵政民営化で懲りてしまったのかもしれないが、非効率な官業を市場の圧力にさらせば効率が上がる。特区のなかではコンセッションを拡大するという議論もある。コンセッションとは、インフラの運営を民間に任すことである。道路、空港、港湾、上下水道の運営を行なう世界的大企業――デンマークの港湾管理会社A・P・モラー・マースク、水道を運営するフランスのヴェオリア・ウォーターなど――があるが、日本にはない。民営化は間違いのない効率化だ。

 特定産業への肩入れではなくて、規制緩和に尽力するのが成長戦略になる。成長戦略は、産業政策ではなくて、規制緩和、市場開放、民営化、減税でなければならない。私は、成長戦略という言葉を使うから、特定産業への肩入れとなって成長戦略がうまくいかないのだと思う。成長戦略という言葉を使うのをやめて、規制緩和、市場開放、民営化、減税のパッケージというべきだ(長くていいにくいのは認める)。規制緩和を1丁目1番地とする4本の槍といってはどうだろうか。

(『Voice』2014年3月号より)

原田 泰(はらだ・やすし)
早稲田大学政治経済学部教授 1950年、東京都生まれ。1974年、東京大学農学部卒。経済企画庁、財務省、大和総研などを経て、現在早稲田大学政治経済学部教授。東京財団上席研究員を兼務。 著書に、『日本国の原則』(日本経済新聞社/第29回石橋湛山賞受賞)、『TPPでさらに強くなる日本』(PHP研究所/東京財団との共著)ほか多数。

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■『Voice』2014年3月号
総力特集「靖国批判に反撃せよ」では、小川榮太郎氏が「靖国参拝は純粋に精神的価値であって、外交的な駆引きが本来存在しようのない事案」と喝破する。岡崎久彦氏は靖国参拝問題も従軍慰安婦問題も、実は日本(のメディア)から提起され、戦後の歴史問題が歪められたと説く。在米特派員の古森義久氏は「日本側としては米国や国際社会に対して靖国参拝の真実を粘り強く知らせていくべきだ」という。長期戦を覚悟のうえで、世界の理解を得るしかない。
特集「日本経済に春は来るか」では、(米国の)金融緩和の出口戦略の難しさをどう解釈するか、(日本の)4月からの消費税増税の影響と成長戦略について考えた。

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