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法人税減税とTPPで復活する日本〔1〕 - 原田 泰(早稲田大学教授)

■政府が特定産業に肩入れすれば成長戦略は失敗する



アベノミクスは成功している

 アベノミクスは、いうまでもなく、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略の3つの矢からなる。3つの矢の相乗効果で、日本経済を成長軌道に乗せようというものだ。では、これら3つの矢の本質は何で、それは相乗効果を発揮できるものだろうか。

 これまでのところ、第一の矢、大胆な金融緩和は的を射抜いている。生産は上昇している。雇用も拡大し、失業率は低下し、有効求人倍率も上昇している。消費者物価(生鮮食品を除く)上昇率も1%に近づき、日本はデフレから脱却しつつある。

 もちろん、物価が上がるだけで賃金が上がらなければかえって国民生活は苦しくなる。金融緩和で円安になったのに輸出は伸びていないではないか、公共事業の拡大で景気が下支えされているだけで成長軌道に乗ったとはいえない、などの批判がある。

 まず、第一の「賃金が上がっていない」という批判は事実である。大都市圏のアルバイト時給が上がっているという民間調査はあるが、現在までに発表された政府の公式統計では、賃金は上がっていない。もちろん、昨年冬のボーナス増で賃金の上昇が見込まれるのは確実だが、私は、賃金よりも雇用が増えることのほうが大事だと考えている。

 たしかに、賃金は上がっていないが、雇用は増えており、雇用と賃金を掛け合わせた賃金の支払い総額は増えている。だから、平均的に見れば国民の生活は苦しくなっていない。こうして雇用が伸びていけば、いずれ人手が不足し、人手を集めるために賃金は上昇を始める。それは十分に失業率が低下し、働きたい人が仕事を見出したということでもある。

 第二の批判は、「輸出が増えていない」という批判である。たしかに、大胆な金融緩和がこれまでの異常な円高を抑えて為替レートを低下させ、輸出を拡大すると考えていた私にとってもやや意外な結果となっている。金融緩和による株高などで投資や消費は伸びているが、輸出は伸びていない。しかし、輸出が伸びないのは、「大胆な金融緩和が円安と輸出などの急増をもたらし、国際協調を危うくする」とか、「為替切り下げ競争が起きる」などと批判していた反リフレ派にとっても意外な結果であるというべきだろう。

 そして、大胆な金融緩和がそれほど輸出を伸ばさずに景気を拡大するのであれば、それはよいことだと思う。なぜなら、金融緩和が、国際的軋轢を増すことなく景気を拡大する方法であるとわかったからである。金融緩和は為替だけでなく、資産価格の上昇や資金の利用可能性が増すこと、将来の物価上昇期待など、多くの経路を通じて経済を刺激するのである。その効果が限定されていないことはよいことなのである。

公共事業は再考すべき

 金融政策が、さまざまな経路を通じて、経済のあらゆる分野に効果のある政策だということは、2014年4月の消費増税の負のショックを和らげるためにも、金融政策が使いやすい政策手段であることを示す。金融緩和の効果が多様な経路を通るものであればあるほど、特定セクターで問題を起こすことが少ないからである。消費税の景気悪化効果が大きければ、さらに金融を緩和して負のショックを弱めるべきである。

 これはアベノミクスの第二の矢、公共事業による景気刺激とは異なっている。第二の矢は、政府が、建設業という特定の産業の生産物を大量に買うことである。その結果、建設資材や建設業賃金などがすでに上昇している。実質生産を引き上げる効果が、物価上昇によって抑えられてしまうのである。公共事業の実質GDPを引き上げる効果は、予算で決められた名目の支出額を建設の物価指数で割ったものに依存する。建設物価が上がれば、公共事業の効果は削減される。

 しかも、問題はこれだけではない。日本には、東日本復興、福島原発事故の処理、東京オリンピックという、しなければならない課題が山ほどある。これらの課題は、いずれも巨額の建設工事を要するものだ。

 被災地域の生活を取り戻すためには、住宅と漁港や水産加工所などの再建が何よりも必要だ。福島原発から放射能が漏れないようにするためには、地下水が流れ込まないように周りを遮水壁で囲まなければならない。核燃料を取り除くためには巨大なクレーンの製造が不可欠だ。さらに、東京オリンピックのためには斬新なデザインの新国立競技場、その他の会場、交通インフラの追加的な建設が求められる。要するに、巨大な建設事業をしなければならないのである。

 不要不急の工事をすれば単価が上がって、他の必要な建設工事の妨げになる。第二の矢の財政拡大政策は再考すべきだ。財政政策の効果は持続性に乏しく、かつ、長期的には反動減を生む。

 ただし、東京オリンピックで東京に公共事業がなされるときに、他の地域でしないというのは政治的には難しい。東京のマスコミは、日本全体がただ喜んでいるように報道しているが、私の乏しい感触では、過去にオリンピック招致をめざし、叶わなかった自治体は、東京を羨ましがっている。自分たちが招致活動をしていたときには、総理は何もしてくれなかった。まして、皇族の方にも応援していただけるなど、考えてもみなかった。東京はいいですね、という感覚である。せめて、東京ばかりでぴかぴかの公共事業をしないで、それ以外の地域へも事業を回してほしいというのが地方の感覚であるように思われる。

 公共事業は、経済を下支えしているのではなくて、経済効率を低下させている。第一の矢と第二の矢の相乗効果などはない。財政赤字を問題にするのなら、公共事業は増やすべきではない。

政府主導で成長できるか

 政府は2013年6月に「日本再興戦略」を決定し、これを安倍内閣の成長戦略とした。さらに、2014年1月に、政府の産業競争力会議は「成長戦略進化のための今後の検討方針」を発表した。ここには、以下のようなことが書かれている。

 わが国の潜在成長力の抜本的な底上げを図り、持続的な成長軌道に乗せるため、以下の三つの視点から検討を進める。(1)働く人と企業にとって世界トップレベルの活動しやすい環境を実現する。(2)モノづくりに加えて、これまで成長産業と見なされてこなかった分野を新たな日本の成長エンジンに育て上げる。(3)成長の果実を地域・中小企業に波及させていくとともに、持続可能性のある新たな地域構造を創り上げていく。

 具体的には、(1)では女性の力を最大限発揮させ、全員参加型社会の実現のための「働き方」の改革を進める。企業がもっとも活動しやすい事業環境を整える。世界のヒト、モノ、カネを惹きつけるための環境整備を行ない、内なるグローバル化を進める、とある。(2)では、質の高いサービスを提供するヘルスケア産業を確立し、成長産業化を図る。農業を自立的な成長産業として育成する。(3)では、成長戦略の効果を全国津々浦々の地域経済や中小企業に広げていく、と目標と具体策にほぼ同じことが書かれている。あまり策がないということだろう。

 また安倍総理は、2014年1月22日、ダボス会議の基調講演で、外国企業や人がもっとも仕事をしやすい国にする、電力市場を完全に自由化する、医療を産業として育てる、コメの減反を廃止する、国家戦略特区が動き出す、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)は経済政策の主柱だ、法人税率を引き下げる、女性の力を活用するなどと述べた(1月23日朝刊各紙)。

 電力市場の自由化以外は、政府の「検討方針」に書いてある。したがって電力以外は、総理の述べたことが、成長戦略の主眼として具体的に進んでいくということであろう。

 これで成長力を高めることができるだろうか。(1)の企業が活動しやすい環境を整えることはよい。しかし、(2)の特定の産業を成長産業に育て上げるという発想はどうだろうか。(3)はうまくいったら、その成果を日本全体に配るといっているにすぎない。しかし、配ることが不可能になったから、自ら成長をめざさなければならなくなったのではないだろうか。

医療・農業戦略は愚策

 たとえば、ヘルスケア産業である。ヘルスケア産業とは、医療産業のことである。しかし、医療は税金の投入で成立している産業であるから、その需要が増えることは税金を増やすことになる。成長戦略で提案されている医療情報の電子化は、標準的治療法を確立し、検診や投薬の重複を防いで、医療の効率化に資するだろうが、それ以外のものは税金を投入して医療産業を拡大するものが多いようだ。また、医療情報の電子化は何十年も前からいわれていることだが、これまで実現が遅れていたものでもある。

 農業を成長産業にする手段はこの報告書には書かれていないが、農林水産省は農地の集約が大事で、そのために農地中間管理機構を設置して、土地を大規模化していくとしている。そのために農水省は2014年度で1000億円以上の予算を要求している。

 しかし、規模を拡大したい農家は、自分の土地の周りで土地を求めている。もちろん、広い土地を安く売ってくれれば、そこに引っ越しをして大規模農業をしたい人もいるかもしれない。しかし、農地中間管理機構はそんなことはしてくれないようだ。それに対して、自分の村のことなら、村に住んでいる人がいちばん知っている。もう歳を取って耕せないから、機械が壊れてしまったから農地を貸したいという人がどこにいるのか、いちばん知っているのはその村で農業を拡大したい人だ。農地中間管理機構は、そんなことを知らない。

 これまでも、農地保有合理化事業という、似たようなものはあったが、大したことはしていない。なぜいままでも成果を挙げていないのに、これからはうまくいくと考えるのだろうか。TPP参加で農業予算が拡大されるとの期待に乗じての予算要求なのだろう。

 そもそもなぜ、農地の集積が進まないのか。べつに情報が不足しているからではない。中山間地では耕しにくい田圃を借りても効率が上げにくい。平らな所では市街化する可能性があり、市街化されれば高く売れるのに、それを農地として安く売るのはまっぴらだからだ。また、中山間地でも、国土強靭化で公共事業用地として高く売れる可能性が出てきた。それでは誰も売りたくない。貸すのなら構わないではないかと思うが、貸した土地が高く売れそうになったら土地を取り戻さなければならない。借り主にごねられたら面倒だから貸さないとなる。

 多くの専門家が、農地の転用を禁止すれば高い値段で売れる可能性が消え、農地が賃貸売買されるようになると議論しているが、私は無理な話だと思う。それに、農地が市街地になるのは、土地の生産性が高まることだから成長を促すわけで、それを禁止するのは不合理である。また、すべての公共事業が無駄とは思わない。農地の転用を禁止して、必要な公共事業ができなくなれば、経済の効率を低下させる。東日本大震災の復興を早めるためにも、津波の危険の低い農地を宅地に転用すべきと私は思う。

 つまり、転用を禁止するのがいい政策とは思えないのだ。それよりもむしろ、農地を借りる人の権利を弱めれば転用期待をもつ地主も貸すようになるだろう。地主のみを優遇すべきでないというのであれば、農地の固定資産税を引き上げるべきである。あるいは、水路の管理など農地としてきちんと保全していない地主の固定資産税を引き上げるべきだ。

(『Voice』2014年3月号より/〔2〕につづく

■原田 泰(はらだ・やすし)
早稲田大学政治経済学部教授 1950年、東京都生まれ。1974年、東京大学農学部卒。経済企画庁、財務省、大和総研などを経て、現在早稲田大学政治経済学部教授。東京財団上席研究員を兼務。 著書に、『日本国の原則』(日本経済新聞社/第29回石橋湛山賞受賞)、『TPPでさらに強くなる日本』(PHP研究所/東京財団との共著)ほか多数。

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■『Voice』2014年3月号
総力特集「靖国批判に反撃せよ」では、小川榮太郎氏が「靖国参拝は純粋に精神的価値であって、外交的な駆引きが本来存在しようのない事案」と喝破する。岡崎久彦氏は靖国参拝問題も従軍慰安婦問題も、実は日本(のメディア)から提起され、戦後の歴史問題が歪められたと説く。在米特派員の古森義久氏は「日本側としては米国や国際社会に対して靖国参拝の真実を粘り強く知らせていくべきだ」という。長期戦を覚悟のうえで、世界の理解を得るしかない。
特集「日本経済に春は来るか」では、(米国の)金融緩和の出口戦略の難しさをどう解釈するか、(日本の)4月からの消費税増税の影響と成長戦略について考えた。

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