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【読書感想】第150回芥川賞選評(抄録)

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 今回の選評を読んでいると、議論の中心となったのは、『さようなら、オレンジ』のほうだったのかもしれません。

 選考委員によって、評価がまっぷたつで、村上龍さんや山田詠美さんのように「これはダメ!」という人もいれば、高樹のぶ子さんは「すぐれた作品を芥川賞に選ぶ事ができなくて残念だ」とまで仰っている人もいる。

 これほど評価が分かれた作品は、珍しいかもしれません。

 山田詠美さんの「既視感」というか、すでに映画の世界などでは、同じようなテーマの作品があるではないか、という指摘には、「そうだよなあ」と思うのだけれども、じゃあ、受賞作の『穴』に、そんなにオリジナリティを感じるか?と問われると、僕はそんな気もしないわけで。

 作家たちには、「小説から、マンガや映画へ」という一方通行の矜持があるのかもしれませんが、現代に生きている読者にとっては「マンガや映画の『小説化』(というか「ノベライズ」っていうのは昔からありますよね)」もそんなに違和感はないと思うのです。

 芥川賞の選考基準というのは、その回ごとに、ちょっとずつ違っているようにみえます。

 ただ、個々の選考委員には、それぞれのポリシーみたいなものがあるのです。

 第139回、楊逸さんが『時が滲む朝』で受賞した際に、村上龍さんは、選評で、こう仰っています。

 おそらくわたしの杞憂に過ぎないのだろうが、『時が滲む朝』の受賞によって、たとえば国家の民主化とか、いろいろな意味で胡散臭い政治的・文化的背景を持つ「大きな物語」のほうが、どこにでもいる個人の内面や人間関係を描く「小さな物語」よりも文学的価値があるなどという、すでに何度も暴かれた嘘が、復活して欲しくないと思っている」

 僕は『穴』のような「小さな物語」よりも、『さようなら、オレンジ』のような「大きな物語」に惹かれてしまうのですが、村上龍さんは「大きな物語だからこそ、そこに隠れている小さな欺瞞みたいなものを無視できない人」あるいは「大きな物語をみると、心の警報が鳴る人」なのかな、と思いました。

 (僕の心の声)はてなブックマーカーみたい!

 いまは「感動作には、要注意」だという選考委員が多いのですよね、基本的には。

 石原慎太郎さんの全盛期に比べれば「文学史的な評価」はできる人ばかりだし、読み手としても実力者ぞろいだと思うのですが、その一方で、僕にとっては「うまいけど、面白いかなこれ……」という受賞作が増えてきているのです。

 なんだか似たような、それこそ、宮本輝さんが指摘されているような「類型的な新しさ」の作品ばかり。

 選考委員は「誠実に」選考していると思うんですよ。

 でも、今回の選評を読むと、『さようなら、オレンジ』で激論になったものの、反対派が強硬で結局受賞には至らず、そんなに強く推す人はいなかったけれども、とくに反対する人もいなかった『穴』に決まったんだろうな、とか、考えてしまうんですよね。

 そういうシステムだから、しょうがないんだけど、みんなが△、みたいな作品よりも、反対多数でも、選考委員のひとりに「選ぶことができなくて残念だ」とまで言わしめるような作品のほうを「読んでみたいな」とは思います。

 僕にとっては、読者と選考委員との温度差みたいなものが、より一層浮き彫りにされた、第150回芥川賞でした。


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