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家入氏のいう「ぼくら」には、「あなた」も入ってるんですよ

なんというか、やっぱり伝わっていないというか、そういう話になるのが残念だなぁ、と思うので書いておきましょう。

「ぼくら=若者」なのか?

家入さんの今回のキャッチコピー「東京を、ぼくらの街に」という言葉の「ぼくら」は、おっさんたちには残念ながら「若者」程度にしか響いていないようです。まぁ、これが現実なのでしょうね…。
選挙が終わった後に、インターネッ党なるものの方針が出ていたが、賛同人などをみても、一部のクラスタで盛り上がっているだけなのねという臭いがぷんぷんして、全然「ぼくら」という感じがしないのだ。閉鎖的、限定的な「ぼくら」という感じだ。これって本当に「ぼくら」なのだろうか。

家入一真さん、「ぼくら」って「誰」なんですか?
「若い人」だけを集め、そこから「若くない人」を「排除」するという発想は、「公共心」「未来性」「創造性」のいずれにおいても欠けていたと私は思う。

若者の期待も虚しく、都知事選で「大惨敗」した家入一真氏が、今一番、考えるべきこと(片岡英彦) - 個人 - Yahoo!ニュース
片岡さんは「排除」という言葉を使っています。「居場所をつくる」という公約を掲げていた以上、それは完全に勘違いであると指摘しておきます。

「ぼくら」には、「あなた」も入ってますよ

彼と彼の陣営がなぜ「ぼくら」という言葉を使ったかといえば、恐らくそれは「市民との距離感を縮めるため」くらいの意味合いにすぎないでしょう。

家入さんは電話も居場所も公開しています(けっこうな確率で連絡付かないけど)。そういう意味では、舛添さんや細川さんに比べて、圧倒的に距離感が近いわけです。

彼らの気分としては、「「ぼくら」はオープンな場を持っている。誰もが「ぼくら」の輪に入れるし、「ぼくら」はそれを拒まない。Join us!」的なメッセージが含まれていると思われます。

そういう意図があると思われるので、「ぼくら=若者」と理解して「排除しようとしている」とつなげるのは、なんというか、おっさんの被害妄想でしょう。一方的にそう感じ取ってしまい、距離を自ら取ってしまう態度の方が、よっぽど「公共心」「未来性」「創造性」がないと思いますけどね…。

彼がやろうとしているのは、もっとオープンなリーダーシップの実践です。そこを理解しないと、いつまでも市民は消費者の枠を超えることができないのです。

もっとも、そう伝わってしまったのは、彼らの陣営の落ち度ともいえるでしょう。インターネッ党に関しても、もっと多様な人たちを初期の賛同者に巻き込めるとよかったかもしれません。

ただし、そうやって丁寧に伝えれば伝わるかというとそうでもなくて、「開かれた場」に参加する人は、残念ながら結局多くないとも思います。ここは東京がつまらない理由のひとつです。
普通の都民、大半の都民は、相変わらず「基準」を持った強いリーダーを求めるはずです。たぶん、家入さんの「東京を、ぼくらの街に」というコピーも、刺さる層は限られると思うんです。その「ぼくら」の射程に、受け身の都民は入ってきません。普通の人は、政治にもっとわかりやすいリーダーシップを期待していて。

「ぶっちゃけ落ちると思うけど、どうして出馬したんですか?」:都知事選候補・家入かずま氏をインタビュー : イケハヤ書店

「いや、それでも排除される人が出てくる」

「わかった。『ぼくら』は関わりたいと思う誰しもを含む言葉だとしても、それでも排除される人が出てきてしまうじゃないか」という批判が出てきそうです。

家入さんは、そんなことはわかった上で「ぼくら」という言葉を使っているんだと思いますよ。別にこれは過大評価とかではなく、彼自身も引きこもりだったり、割と深刻なコミュ障だったり、どちらかといえば排除される側の方ですから、わかっていないはずがありません。だからこそ、彼は参加のハードルが低い、排除されにくい「インターネット」という場に注目をしているのでしょう。

高齢者に関しても、家入さんは積極的に「ぼくら」の輪に入ってもらおうと考えているように見えます。それは説明責任を果たすためというより、彼の興味関心がそもそも「異世代のコラボ」にあると感じるんですよね。確か「Golden Hook」の日本版をつくりたい、とかおっしゃっていた気がしますし。

というわけで、まとめます。

・家入氏のいう「ぼくら」は決して「若者だけ」ではない

・「ぼくら」という言葉は距離感の小ささを演出するキーワードだったと思われる

・家入氏の特徴はオープンなリーダーシップ。消費者的に何をしてくれるのかを待つ、という態度では彼の価値は見えない

・「ぼくら」から排除される人々についても、彼は受け入れる、巻き込む意志があり、そのための活動も行っていると思われる


家入さんは新しすぎるので、古い人たち、受動的な人たちにはどうしても理解できない部分があるのでしょう。ですが、彼はそんな人たちすらも「ぼくら」に巻き込もうとしているわけです。人間的な苦闘をつづけながらも。

ぼくが家入さんを尊敬するのは、そういった、ある種の超人的な態度です。彼のリーダーシップがすんなり受け入れられる社会を作りたいものです。

【関連記事】
家入一真さん、「ぼくら」って「誰」なんですか?(常見陽平)
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