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東京五輪を成功させるには、予防接種体制を充実しなければならない - 上昌広 / 医療ガバナンス論

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予防接種後進国日本

2020年開催に向けて急ピッチで準備が進んでいる東京五輪だが、これは医療にも影響する。

東京五輪開催期間中の延べ来場者数は1,000万人と予想されている。一日当たり92万人が、競技場や選手村が位置する東京都心と臨海地域を移動することになる。よほど入念に準備しなければ、東京は大混乱に陥るだろう。首都高速道路などのハード面、通信体制などのソフト面での体制整備が必要だ。

東京五輪で問題となるのは、国内の人の移動だけではない。五輪は国際イベントだ。大勢の外国人が訪れることになる。2012年の訪日外国人は836万人だったが、2020年には2500万人に達するとの予想もある。途方もない数の外国人が訪日する可能性がある。

ここで問題となるのが感染症である。日本人が免疫を持たない感染症が海外から入ってくる可能性がある。コレラ、ペスト、黄熱病などが入ってくるかもしれない。私を含め、多くの医師は、このような疾患を診たことがない。果たして、正確に診断できるか、甚だ自信がない。また、国民への情報提供が不十分なら、新型インフルエンザ騒動の二の舞になるかもしれない。

感染症の問題は、輸入感染症の予防だけではない。外国からの訪問者に、海外ではすでに撲滅された感染症をうつしてしまう可能性がある。

日本の医療は世界最高峰だ。2000年、世界保健機関(WHO)は、日本の医療を総合一位と認定した。ところが、感染症対策、とくに予防接種においては、れっきとした後進国なのである。

現に、我が国での風疹流行を受けて、昨年6月、米国疾病予防管理センター(CDC)は、風疹に未罹患、あるいは予防接種を打っていない妊婦が日本へ渡航するのを延期するように勧告した。それ以外の旅行者にも予防接種を打つように勧告している。もし、2020年に風疹が大流行したら、政府は一体どうするのだろうか? 早急に、この問題に対し、適切な対策を打たねばならない。

多くの読者には意外かも知れないが、日本は風疹蔓延国だ。2013年、世界で風疹が大流行したのはポーランド、ルーマニア、日本の三カ国である。なぜ、国民一人あたりのGDPが、日本の半分、三分の一に過ぎないポーランドやルーマニアと、感染症対策に関しては、大差ないのだろうか?

それは、我が国の予防接種行政が失敗してきたからだ。予防接種こそ、我が国の医療行政の宿痾を反映した存在だと言ってもいい。本稿では、風疹を例として、問題の真相を解説したい。以下は、時事通信社が発行する「厚生福祉」2013年8月9日号で発表した文章を加筆修正したものだ。

風疹の流行を繰り返す日本と根絶した米国

我が国で、風疹の流行が始まったのは、2012年11月である。大都市圏で始まり、全国に拡大した。2013年の総患者数は14,357人だ。

知人の医師は、「生まれて初めて、こんなに風疹を診ました。ただ、多くの患者を見落としていると思います」という。

医学の教科書には「風疹の臨床診断は不正確であり、診断には血清検査が不可欠」との主旨の記載がある。また、成人が風疹に罹患した場合、約15%は症状が出ない。不顕性感染の存在も考えれば、この数字は氷山の一角と考えるのが妥当だろう。

実は、風疹の流行は、いまに始まった問題ではない。古くは1976、82、87、92年に大流行があった。最近では2004年に流行している。その時の推定患者数は4万人である。つまり、風疹は、我が国で数年おきに感染を繰り返していることになる。従来通りの対策を続ければ、風疹の流行は確実に繰り返す。

今回の流行も、突然始まった訳ではない。患者数は、2010年87人、11年378人、12年2,392人と着実に増加してきた。そして、昨年の大流行となった。十分な時間があったのに、医療界・厚労省は適切に対応しなかったことになる。

他の先進国と比較して、この状況は見劣りする。例えば、米国では、1962-65年の風疹流行の際には、1,250万人が罹患し、2,000例の脳炎、11,250例の死亡が報告されたが、1969年に風疹ワクチンが導入されて以降、患者数は着実に減っている。2000年代半ば以降は、年間の発症は数例で、患者の大半は国外での生まれた人である。

アメリカの風疹対策のポイントは、ワクチンの接種対象の拡大、さらに接種率向上への取り組みである。当初、小児を対象に、1回接種するだけだったが、1970年代後半に、成人の10-20%が免疫を持たないこと、および学校・軍・医療現場で集団発生が起こっていることが判明すると、思春期前後の女性、軍関係者、学校や職場で集団感染する危険がある人も接種対象に加えた。

90年代半ばには状況が変わり、風疹感染者の殆どがヒスパニック系であることが明らかとなった。米国以外で出生し、風疹ワクチンを接種していないためである。このころから、風疹患者の出身国データを集め、問題となる地域の出身者に重点的にアプローチするように対策が採られた。

この結果、2004年に米国疾病予防管理センター(CDC)は、「米国内における風疹の常在的な感染はなくなった」と宣言した。地道な努力を積み重ね、風疹を根絶したことになる。我が国の対応とは対照的だ。

責任逃れによって生まれた穴

我が国の流行で注目すべきは、患者の8割を20-40歳代の男性が占めることだ。この集団の免役保有率が低かったことが大流行に繋がった。丁度、出産・子育て世代であり、後述の先天性風疹症候群の悲劇を生み出した。

なぜ、こんなことになるのだろうか? それは、我が国の予防接種行政が責任逃れに終始したからだ。

我が国の風疹予防接種は、1977年、女子中学生を対象に、風疹単価ワクチンを集団接種することで始まった。1988年からは、定期接種として、麻疹・風疹・おたふく風邪混合ワクチン(MMR)の接種を選択することが可能となり、このときから男子に対しても風疹ワクチンが接種されるようになった。

ここまではいい。問題は、MMRワクチンによる副作用が社会問題化した1993年からだ。同年、国家賠償訴訟が提起されている。

我が国の予防接種行政は、訴訟の歴史だ。1970年代に起きた種痘禍事件以来、多数の国家賠償訴訟が起こされてきた。そのたびに厚生官僚(当時)は処分され、残った人たちは責任回避に汲々としてきた。

MMRワクチンに関しても、厚労省の対応は「迅速」だった。1994年からは満1才から7歳半の年齢層に対し、「個別接種」で風疹の単価ワクチンを接種することに方針を変更した。

「個別接種」とは希望者だけ、医療機関で接種することだ。自治体が指定した日時・場所で一斉に受ける「集団接種」と比較して、接種率は低い。ただ、医師が入念に問診することになっているので、万が一、副作用が起こっても、厚労省の責任は減免される。

その後、2006年には、麻疹・風疹混合ワクチン(MRワクチン)として、満1才(第一期)、就学前(第二期)の二回接種に変更され、現在に至っている。

このため、現在30歳代半ば以上の男性は風疹の予防接種を受けていない。また、制度がころころと変わった世代にあたる23歳から30歳代半ばまでは、男女とも未接種者の率が高く、免疫のない人が多い。この年齢層が今回の流行の中心となったのも頷ける。これは、米国がまず幼児から風疹ワクチンの接種をはじめ、成人まで接種対象を拡大したのとは対照的だ。

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