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「聴覚を失った現代のベートーベン」佐村河内守 なぜテレビはダマされたのか?

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事実を知れば知るほど、実に「巧妙なウソ」だったことが分かる。

言うまでもなく、天才作曲家とされた佐村河内守氏のことだ。

テレビ関係者もまんまとダマされていた。

元テレビドキュメンタリーの制作者で現在はテレビ批評をやっている私のところに週刊誌や新聞記者などから次々に電話がかかってくる。

「それにしてもなぜテレビドキュメンタリーで長期取材した時にウソが見抜けなかったのでしょうか?」
「テレビドキュメンタリーで取材する時に事実の確認はしないのでしょうか?」

そんな質問を記者たちから投げかけられる。

しかし、結論から先に言えば、仮に私自身が佐村河内守氏のドキュメンタリーを企画し、取材したとして、そのウソを見抜けたのか、と問われたなら、それをウソだと見抜くことは難しかっただろう。おそらく、私もまんまとダマされただろうと想像する。

それくらい新聞・雑誌記者やテレビ制作者、視聴者・読者たちの「心理」をついた巧妙なストーリーだったのだ。

だから、今回のことではもちろんテレビ関係者などが反省しなければならない点があるとしても、番組制作にかかわった人たちを必要以上に責めても百害あって一利なしだと考える。

佐村河内氏を取り上げたマスコミ報道で、一番話題を呼んだものが、昨年3月31日に放送されたNHKスペシャル「魂の旋律~音を失った作曲家」だった。

被爆2世で聴覚を失った作曲家・佐村河内氏が東日本大震災で両親を失った宮城県の少女と対話して、心を通わせる、というドキュメンタリーで、「心の奥に深い悲しみを持った人間同士」の魂の交流が感動を誘った。

そもそもマスコミも日本国民も「ちょっと感動できる”いい話”」が大好きだ。

「全盲のピアニスト」など、ハンディキャップを乗り越えて活躍する「天才」は、見渡せば片手で足りないほど存在する。

音楽性そのものが評価されている、などと言いながらも、どこかでその「ハンディキャンプ」そのものも、その音楽家の「売り」のひとつになってしまっているのも確かだ。少なくともコンサートに出かけ、CDを購入する側からすれば、その音楽家がもし「健常者」だったら、同じように熱狂するのかと問われた時、「障害を持っていること」がある種のバイアスをもたらして高く評価してしまう面がないと言い切れる人はよほどの音楽通なのだろう。

それぐらい、「障害を持ち、それを乗り越えた」という「天才」が、同じように「痛みを持った人たちを励ます」というストーリーはこの世にあふれ、それを欲する人々がいる。

佐村河内氏は、こうした日本人や日本のマスコミの「いい話好き」のメンタリティを利用して、多くの人に「ウケるストーリー」を作り上げ、その主人公を演じていたのである。

そこでマスコミの側に目を転じれば、こうした「いい話」の企画があれば、これを大きく取り上げたい、と考えるのはマスコミの習い性として躊躇はない。まさか、その本人が虚構だ、などとは夢にも思わないだろう。少なくとも今回の事件が発覚する前は、関係者の脳裏にこうした感動物語の主人公が実はウソだらけなどとは想像しない。

実際に取材する時も、相手をそういう「ハンディキャップを抱えた天才」だと言う目で見てしまうから、多少疑問な点があったとしても「天才とはこういうものか」などと自分を納得させることだろう。

おそらくNHKスペシャルの取材スタッフも「この人、本当に耳が聞こえないのか? そうは思えないほど、ちゃんと我々の言うことを理解している」と驚いたに違いない。だが、それはこの「作曲家」への「疑念」というよりも、「驚嘆」だったはずだ。「これほど普通に振る舞えるのは努力のたまもの。すごい努力の人に違いない」と。

NHKスペシャルで言えば、話を持ちんだディレクターが、「フリーディレクター」だったことも背景にある。

「フリーディレクター」というのは、いろいろな番組に企画を持ち込み、1本いくらで番組を制作して稼ぐ仕事だ。

想像するに、このフリーディレクター氏の立場では、「自分は佐村河内氏と深い信頼関係がある。自分が取材するならば佐村河内氏はOKする」と言って、NHK側に売り込んだはずだ。それで企画を通し、NHKスペシャルだけでなく、撮影した映像を「あさイチ」などでも展開して、独自映像として活用した。NHKスペシャルの放送後には、NHK出版から取材をまとめた本まで出している。

このフリーディレクターには、佐村河内氏のネタは「自分だけができる独自ネタ」で、「メシの種」。まさに「生命線」だったのに違いない。

だから、彼自身がもし取材のプロセスで「疑念」を持ったとしても、自分の「メシの種」である佐村河内氏を貶めるようなことはできるはずがない。

当然、佐村河内氏への見方も甘くなる。

佐村河内氏の「天才ぶり」や「神秘的能力」「被災者への思い」を示すような肯定的な描き方をしようとするインセンティヴが働いてしまう。

疑問に思うのは、このフリーディレクターは佐村河内氏を数年間も取材しているようだが、そのウソを本当に知らなかったのかどうかだ。

ひょっとしてフリーディレクター自身も「共犯者」だった可能性はないのか。

もし、そうだとすれば、テレビドキュメンタリーへの痛手は大きい。

この問題は、現在、NHKで事実関係を調査中のようだが、いずれ発表せざるえないだろう。

今回の事件が発覚したことで、テレビや新聞の「いい話」の裏に主人公による「作為」や「詐欺」が入りこめるということが明らかになった。テレビのドキュメンタリーを制作する人間にとっては、「相手が本当のことを言っているのか」「ウソをついているのではないか」などと、醒めた目で再確認しなければならなくなった。

この数年、テレビ報道の世界で起きている不祥事の中には、「本人がウソをつく」というタイプのものがある。

たとえばiPS細胞の臨床応用を世界で初めて実施したとした森口尚史氏のウソ(日本テレビが報道)、岐阜県庁の裏金問題を証言した元会社役員のウソ(日本テレビが報道)、飲料水ビジネスで原発事故以降に利用者が増えていると証言した客のウソ(実は客は飲料水販売会社の役員の妻だった。日本テレビが報道)。出会い系サイトを利用した詐欺事件の被害者を弁護士に紹介されてインタビューを放送したら、弁護士事務所の関係者だった(日本テレビが報道)。

これらはみな、取材者が自分の足を使わずに取材し、ネットに頼ったり、会社・弁護士などに「紹介してもらう」という取材方法を取っているという最近の現場取材の劣化がもたらしたものだと、私は批判してきた。

上記の例は取材としては誰が見ても明らかに幼稚なレベルで、ちょっと本人確認をするとか、会社側に安易に紹介を頼まないという取材姿勢や、取材経験が豊富で「人間を見抜く力」がある程度あれば、防げたはずのものだ。

それに比べると、今回の佐村河内氏のケースは、本当に巧妙で見抜くのは難しい。

障害者手帳も持っているというが、仮に障害者であることも医師や行政官の前でウソをついて判定者も見抜けなかったのなら、障害の専門家

ではないマスコミ関係者が見抜くのは容易ではない。

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