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- 2014年02月06日 14:53
「佐村河内守氏の耳は聴こえていた」新垣隆氏が会見
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新垣氏とみっくんが演奏する映像が上映された。 写真一覧
メディアも“無自覚の共犯者であると同時に被害者”
―最後に週刊文春に告発記事を書いたライターの神山典士氏からもコメントがあった。今回、記事を執筆した神山です。
一つだけ、皆さんに訴えたいというか、聞いていただきたいことがあります。先ほど、会見の会場に入る前に僕のところにメールが来ました。昨年の正月に出版された、先ほど話にあった義手の女の子を主人公にした児童書が今日の段階で出荷停止にしますという連絡が出版社から来ました。僕にとっては、とても残念なメールで仕方ないかなと思いながらも、とても悔しい、悲しいという思いをしながら来ました。
ただ、僕の本を読んでくださった読者にとっては、その本にも佐村河内さんが出てくるので「神山は、なんで見抜けなかったんだ」「お前も共犯者あるいは加害者だろう」という思いもあろうかと思います。それについては、大変申し訳なかったとお詫びをするしかありません。同時に、僕も自分の作品がこれ以上読んでもらえないということになりましたので、被害者ということにもなります。
今回のこの事件は、皆さんもメディアをお持ちですので、どのメディアにとっても無自覚の共犯者にされてしまった。同時に被害者にもならざるを得ない。そういう非常に入り組んだ構造になっている。さらにいえば、今まで佐村河内というクレジットで演奏された楽曲、コンサート、そういったものを聴いて、涙を流した、感動した、自分の周りの人にも薦めた、自分の心の拠り所にしている、そういう風に思ってきたオーディエンスの方にとっても非常にショックだったろうと思います。
そのことについて、今日、新垣さんはご自分の立場から謝罪をされたわけですが、高橋大輔選手がコメントとして「私は、作家がどうであれ、曲を気に入ったのだから、これでは堂々と滑ります」と言って下さりました。これは僕らにとって何よりの言葉だったと思います。僕は直接は伝えられませんが、高橋選手にがんばってほしいとエールを送りたいと思います。同時に、この楽曲には一点の罪もない。音楽には何の穢れもない。そう私は考えます。今までの佐村河内ブランドで送り出された曲に感動した皆さん、そのことを自分で痛々しく思うのではなく、音楽に対してはこれからもお互いに愛していきたい、大切にしていきたいと僕自身は考えます。そういう意味では、僕の文章が書き続けられる限り、もっと深い深層がわかるまで頑張って書いていきたいと思います。
今日は是非みなさんに、先ほどの義手の女の子(みっくん)と新垣さんの演奏によるソナチネを短い尺でありますが聴いていただきたいと思いまして、数日前に小さなピアノバーで行った演奏会の様子を紹介します。このピアノバーは僕らにとっては思い出深い場所でして、辻井伸行くんが17歳でショパンコンクールに行く前の壮行会で使った会場であり、ピアノです。どうぞ聞いてください。
~映像流れる~
今の演奏してくれた義手のバイオリニストの少女のお父さんのコメントがあります。
「佐村河内氏に関わる真実を知りました時は、大変衝撃を受けました。5年もの長きにわたり信じきっておりましたので、憤り、あきれ、恐怖すら覚えております。
娘は佐村河内氏から格別の厚遇を受け、すばらしい曲を献呈いただいたり、コンサートに出演させていただくなど様々な恩恵をさずかりましたので、そのことについては、大変感謝しております。たた、ここ一年ほどは、絶対服従を前提に徐々に従い難い要求を出されるようになり、昨年11月に、『服従できぬ』と回答しましたところ大いに怒りをかい、絶縁された状態になっておりました。その後、この真実を知りました。佐村河内氏の周りには、音楽関係のすばらしい第一人者の方々や手話や福祉学校の熱心な先生方が大勢おり、得難い出会いもいただきましたし、まったく信じておりました。
真実を知りますと、それらの方々も、みんな騙されていたのかと人間不信や恐ろしい気持ちがわいてまいりました。娘も深く心に傷を負い、5年もの間気付いてやれなかったと、親として後悔の念にさいなまれております。娘を応援していただいている皆様にもご心配をお掛けしたり、失望させたかと思うと大変申し訳ない気持ちです。
しかしながら、幸いにして、娘はまだバイオリンを続けていきたいという気持ちを失っておらず、献呈された曲そのものについての愛着も失っておりませんので、この後もまっすぐ育てていきたいと切に願っております。
最後に娘に献呈いただいた曲で、オリンピックに挑戦される高橋大輔選手に関しては、どうか今回の件に惑わされることなく 健闘されることを心から祈っております。」
・佐村河内守氏作曲問題 ゴーストライター 新垣隆氏 記者会見 - ニコニコ生放送
広がる波紋
同氏については、TBS「中居正広の金曜日のスマたちへ」などでも取り上げられている。昨年3月に佐村河内氏のドキュメンタリーを放送したNHKは、5日、「取材や制作の過程で、検討やチェックを行いましたが、本人が作曲していないことに気付くことができませんでした」とするお詫びを発表。JASRACは、「権利の帰属が明確になるまで、利用の許諾を保留する」と発表した。また、広島市が同氏に授賞した市民賞の取り消しを検討していることが報じられたほか、日本コロムビアが「大変憤りを感じている」として発売中のCDの出荷停止を決め、世界文化社がインタビュー記事と付録CDを含む月刊誌「家庭画報」最新号、追加発行を停止。ことし6月まで予定されている、同氏の交響曲の演奏を含むコンサートは全公演がキャンセルとなるなど、波紋が広がっている。
関連情報
・作曲家 佐村河内守氏につきまして - 日本コロムビア・「佐村河内 守」作品 発売中止のお知らせとお詫び - 東京ハッスルコピー
・佐村河内 守作曲 交響曲第1番≪HIROSHIMA≫ 全国ツアー - Samon Promotion
・佐村河内守氏の作品について - JASRAC
・人が作曲 授賞取り消し検討も - NHKニュース
・魂の旋律~音を失った作曲家~ - NHKスペシャル(2013年3月31日初回放送)
佐村河内守氏のプロフィール
「サモンプロモーション」によれば、被爆者を両親として広島に生まれる。4歳から母親よりピアノの英才教育を受け、となっている。
10歳でベートーヴェンやバッハを弾きこなし「もう教えることはない」と母親から告げられ、
以降、作曲家を志望。中高生時代は音楽求道に邁進し、楽式論、和声法、対位法、
楽器法、管弦楽法などを独学。17歳のとき、原因不明の偏頭痛や聴覚障害を発症。
高校卒業後は、現代音楽の作曲法を嫌って音楽大学には進まず、独学で作曲を学ぶ。
1988年、ロック歌手として誘いを受けたが、弟の不慮の事故死を理由に辞退。
聴力の低下を隠しながらの困難な生活が続く中、
映画『秋桜』、ゲーム『バイオハザード』等の音楽を手掛ける。
1999年、ゲームソフト『鬼武者』の音楽「交響組曲ライジング・サン」で脚光を浴びるが、
この作品に着手する直前に完全に聴力を失い全聾となっていた。
抑鬱神経症、不安神経症、常にボイラー室に閉じ込められているかのような轟音が
頭に鳴り止まない頭鳴症、耳鳴り発作、重度の腱鞘炎などに苦しみつつ、
絶対音感を頼りに作曲を続ける。
2000年、それまでに書き上げた12番までの交響曲を全て破棄し、
全聾以降あえて一から新たに交響曲の作曲を開始。
同年から障害児のための施設にてボランティアでピアノを教える。
この施設の女児の一人は、交響曲第1番の作曲にあたり佐村河内に霊感を与え、
この作品の被献呈者となった。2003年秋、『交響曲第1番《HIROSHIMA》』を完成。
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