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OKマガジン(Vol.305)2014.2.4

日経平均株価が年初来2282円も下落(2月4日現在)。今回は米連邦準備銀行(FRB)の「テーパリング」に端を発する世界経済や市場の変化について整理します。少々専門的で難解な部分があるかもしれませんが、ご興味があれば最後までご覧ください。

1.プラナリア

先月末は万能細胞「STAP」のニュースで盛り上がりました。発見者の小保方(こぼかた)晴子博士も一躍脚光を浴びています。

怪我や病気で傷ついたり、失った器官や組織を復活させる再生医療。その切り札が再生の元となる万能細胞。

最初に発見されたのはES(Embryonic Stem)細胞と呼ばれる胚性幹細胞。受精卵を犠牲にして作製するため、倫理的な問題が指摘されています。

次は山中伸弥博士が発見したiPS(induced Pluripotent Stem)細胞(人工多能性幹細胞)。皮膚等の細胞に遺伝子を入れて作製。発癌リスク対策や作製効率向上が課題です。

そして今回のSTAP(Stimulus Triggered Acquisition Pluripotency)細胞。日本語では刺激惹起(じゃっき)性多能性獲得細胞という難しい名前です。

報道によれば、マウスの血液細胞が酸に浸すという「刺激」だけで万能細胞に転化。他の「刺激」でも同様の変化が観察できているようです。

安全性や人間の細胞での作製、メカニズム解明が今後の課題ですが、簡便さや作製効率の高さから世界的な注目を浴びています。

科学者はトカゲの尻尾の再生、植物(挿し木や挿し葉)の再生から万能細胞のヒントを得たそうですが、何と言っても驚きは「プラナリア」という生物。

「プラナリア」はウズムシ目(三岐腸目)に属する生物の総称。文章では描写し難い生物なので、ご興味がある方はインターネットで検索してください。

淡水、海水及び多湿環境の陸上に生息し、日本中の川の上流にも生息。著しい再生能力を有することから、再生研究のモデル生物として用いられています。

「プラナリア」は多くの断片に切断・解体しても、断片の数だけ「プラナリア」が再生するそうです。何とも凄い生物です。

STAP細胞に触発されて妙な話題に入り込みましたが(笑)、経済や市場も「プラナリア」のような再生能力が問われます。そもそも再生と言うからには、どの状態を「正常」と考えるかも問題。

米連邦準備理事会(FRB)ではイエレン新議長が就任。イエレン議長の課題は「金融政策の正常化」と言われていますので、現在の極端な金融緩和状態を「異常」と認識すべきことは明々白々。

日本の金融政策も日銀総裁自身が「異次元緩和」と言っていますので、今の状態が「異常」であることは明らか。

もう少し「正常」な状態を目指すことが不可避であり、「異常」な状態を長く続けていると、やがて弊害が顕現化します。年初来の株価の動揺は、既に影響が出始めているのかもしれません。

1989年のバブル崩壊以降、株価のピークは長期的・断続的に下落傾向が続いている事実を、再度真剣に受け止め、その要因を分析することが必要です(メルマガ290号<2013年6月28日>参照)。

2.テーパリング

FRBは先週(1月29日)のバーナンキ前議長による最後の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、昨年12月から開始した「テーパリング」継続を決定。新興国通貨はFRBの「テーパリング」という「刺激」によって下落しています。

「テーパリング」とは耳慣れない単語ですが、金融証券市場関係者にはスッカリお馴染みになりました。

「テーパリング」は「金融緩和の漸進的縮小」を意味します。今回のFOMCでも、FRBは米国債の月間買入額を100億ドル(約1兆円)減らす「テーパリング」を決定。

日米欧の金融緩和によるマネーが新興国に流入して下支えしてきた過去数年間の世界経済。リーマンショック及び欧州財政危機以降の約5年間、世界経済はその構図の中で維持されてきましたが、FRBは金融政策の「正常化」に向けて「テーパリング」を開始。

「テーパリング(Tapering)」とは「先細りしている」という意味。気象分野で「テーパリング・クラウド」と言えば毛筆型またはニンジン型(逆三角形)の雨雲を指します。

医療やリハビリの分野でも、薬剤等の服用量やトレーニング量を少しずつ減らすことを「テーパリング」と言うそうです。

転じて、QE(Quantitative Easing)つまり量的緩和に伴う資産購入額を「先細りさせていく」「少しずつ減らしていく」ことを「テーパリング」と表現。

2012年3月、バーナンキ議長は米ジョージ・ワシントン大学で行った講義において、金融引締手段が3つあると説明し、「テーパリング」の開始を示唆。

第1に民間銀行がFRBに預けている準備預金金利の引上げ。FRBのバランスシートが拡大したままでも金融引締が可能と述べています。

第2に流出手段(draining tool)とよばれる方法。詳しい説明をしませんでしたが、バランスシートの規模を維持したまま、民間銀行の準備預金を他の負債と入れ替え、事実上の引締効果を発揮することを想定しているようです。

第3は満期到来資産を償還させるか、資産を売却すること。昨年末来の「テーパリング」はこの範疇に入りますが、購入資産を徐々に縮小することで、バランスシートの拡大抑制または縮小を企図しています。

「テーパリング」という「刺激」に対し、新興国通貨下落、各国株価下落という反応が顕現化していますが、FRBは「正常化(緩和縮小)」を継続、追求するようです。

アルゼンチンペソの急落を契機に、他の新興国通貨も下落。南ア、インド、トルコが相次ぎ通貨防衛を企図した利上げを断行。

「異常な金融緩和」という「刺激」によるバブル的状況を享受して再生を図ってきた世界経済。今度は「テーパリング」という「刺激」に対して、市場という「細胞」が反応。新たな展開を迎えています。

3.行動経済学

「刺激」は「テーパリング」だけではありません。中国の昨年の実質国内総生産(GDP)は前年比プラス7.7%にとどまり、1999年以来の低成長。景気減速懸念から株価(上海総合指数)も年間7%下落、年明け降も軟調。中国経済の変化も新たな「刺激」です。

過剰融資に伴うバブル崩壊懸念も一段と深刻化(メルマガ286号<2013年4月28日>参照)。先週も満期到来の理財商品(高利回りの信託商品)の債務不履行(デフォルト)が噂され、株価に影響が出ました。

そもそも中国経済の変調が顕現化したのは2012年。13年ぶりに成長率が目標(労働者増加を吸収可能な8%)割れ。2013年も2年連続で8%を下回りました。

過剰融資を放置・黙認・勧奨して維持してきた8%成長。2012年3月の全国人民代表大会で温家宝首相(当時)が7.5%の成長見通しを示し、公式に8%成長目標を断念。中国は高度成長から中成長、あるいは低迷期に移行しています。

日本経済も要注意です。年明け後の日経平均株価は4週続落。1月末は1万4914円と約2か月振りの安値引け。月間1376円安はリーマンショック直後(2008年10月)の2682円安以来の下落幅。昨日(2月3日)今日(4日)も2日間で906円も下落。

新興国経済への懸念から投資マネーが先進国の国債や通貨に逃避。日本国債や円も買われ、円高が株価を下げる構図に変わりつつあります。

「刺激」を与えると変化するというのがSTAP細胞のポイント。「テーパリング」という「刺激」に端を発した市場関係者の反応パターンの変化は顕著です。

日銀が「異次元緩和」を継続しているため、市場関係者はFRB「テーパリング」による米国長期金利上昇、日米金利差拡大、円安進行、日本の株価押し上げという展開を想定。

しかし現実には、新興国通貨下落を受け、安全資産としての米国債購入が殺到(米国長期金利低下)。「テーパリング」は円安・株高要因という市場関係者の想定が崩れました。

別の「刺激」も影響しています。ル―米財務長官は1月16日の講演で「日本は為替レートの利点だけに依存した戦略で長期成長を目指すべきでない。日本の為替政策を注視し続ける」と発言。円安依存の日本の経済政策に警鐘を鳴らしています。

そもそも円の実質実効為替レートは既に最安値水準。2006年頃(米国不動産バブルを背景とした米好景気に伴う円安時)、1985年のプラザ合意直前頃(日本の貿易黒字の背景となった円安時)とほぼ同水準。確率的に今後は円高に向かうと予想するのが合理的です。

つまり、米国の「テーパリング」継続、日本の「異次元緩和」継続という政策の組み合わせでも、円高が進む確率が高いということです。

過去1年の株高が「異次元緩和」に伴う円安が主因であったことを勘案すれば、最近の株安は当然。基調的にしばらく続くことでしょう。

もっとも、株安には日本経済自体の不安材料も影響。先月27日に発表された2013年の貿易収支は11兆4745億円の赤字。過去最大だった昨年(6兆9410億円)比6割以上増加。

貿易赤字拡大には、円安、原発停止に伴う原油輸入増、産業空洞化、エレクトロニクス産業等の競争力低下等が影響。さらに、海外生産拡大(国内空洞化)は円安でも輸出が増加しにくい経済構造を生み出しています。

いずれにしても、いくつかの「刺激」によって市場という「細胞」、及び市場関係者という「細胞」の構成要素の反応パターンが変化。「テーパリング」に伴う円安・株高シナリオが崩れ、リスクオフ(リスク資産回避)の市場心理に変わりつつあります。

こうした市場心理の変化局面になると、米国経済学者のロバート・シラー博士の「行動経済学」が脳裏をよぎります。

著書「根拠なき熱狂」 (Irrational Exuberance、2000年) で知られるシラー博士は2013年のノーベル賞経済学者。ITバブル崩壊やサブプライム危機を予見し、人間の心理的要因の影響を考慮した「行動経済学」の重要性を指摘しています。

従来の経済学が合理的で理性的な人間を前提としているのに対し、「行動経済学」は情緒的で非論理的な現実の人間を想定。企業家、消費者、市場関係者が、現実の行動パターンには非論理的な面があることを重視。心理学と深い関係があります。

「テーパリング」という「刺激」は円安・株高要因と考えていた市場関係者ですが、現実の動きや他の市場関係者の反応を受け、心理的に行動パターンが変化したと言えます。

さて、行動パターンが変化した市場関係者。今後は「リパトリ」が気になります。「リパトリ」とは「リパトリエーション(repatriation)」の略。外貨資産を売却して自国内資産に移したり、自国通貨に換金することを意味します。

通貨防衛を意識し始めた新興国では、「リパトリ」傾向が出始めるでしょう。日本でも、新興国資産の売却やドル安対策の米国債売りで「リパトリ」的な傾向が顕現化する確率が高いと思います。

「リパトリ」の「刺激」は円高をもたらし、「異次元緩和」に伴う円安・株高の動きをさらに逆回転(rewinding)。「テーパリング」に端を発した変化が、アベノミクスの「テーパリング」になるかもしれません。

(了)

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