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「CSRからCSVへ」の疑問

1. CSRに代わる新概念
マイケル・ポーターのCSV(クリエイティング・シェアード・バリュー)の論文を読んだ。ある企業関係者から「CSRからCSVの時代に移った」と聞きいたからだ。ネットで調べると「寄付やボランティアを止めて営利活動で社会貢献を」という趣旨の発言もあり、首を傾げた。

CSVとは「社会課題の解決を通じて経済価値を向上させることを目的に、これまで企業外の問題として扱ってきた社会課題を、商品市場、バリュー・チェーン、そして企業が拠点を置く地域の産業クラスターの中に含めて、これらを再定義し、戦略的に生産活動を進めること」であるという。ポーターは、CSVを提唱した理由として、短期的利益の追求によって企業が疲弊し、イノベーションの機会を逸していることや従来のCSRの効果が薄いことを挙げている。

 論文を読み終わるとCSVが新しい概念なのだろうかという疑問が湧いてきた。多くの企業は自社の商品やサービスが顧客の生活や地域社会の向上にどのように貢献しうるのかを常に考えているのではないか。また「企業は社会の公器」という言葉に象徴されるように地域社会の問題解決に積極的に貢献してきた企業も少なくない。また社会貢献活動に本業を生かすことも90年代から議論されていた。その意味でCSVは短期的利益の追求に傾き、失いかけた社会的視点を取り戻し、より戦略的かつグローバルに展開すべきと呼びかけているようにみえた。

2. 目的と手段が逆さま?
だが、私が挙げたいのは次の3つの疑問だ。第1に経済価値は何を意味するのだろうか。ポーターは、課題解決による社会価値の創造を通じて自社や産業クラスターの経済価値を創造すると述べている。つまり経済価値が目的で社会価値が手段と記されているのだが、目的と手段が逆様に見えてしまう。CSVは焦点を絞って資源を投入することを求めているので、自社の経済価値に関連しない社会課題の優先順位が低くなることは理解できる。ただ、経済価値を営業利益と狭く解釈されると、利益の出ない社会課題には着手すべきではないという誤解を招くことにならないか。

 第2に政府についてだ。ポーターは政府に対して、社会課題の解決について明確で測定可能な目標、それを達成するために必要なコストの算出、成果の基準、達成期間を段階的に示すことを求めている。これは90年代初頭から提唱されたニュー・パブリック・マネジメント(NPM)という行政経営の考え方で、企業経営を範にして作られたものだ。だが、20年を経ても政府は明確な目標設定や検証ができていないのが現状だ。ポーターは、政府が社会課題の解決について一定の枠組みと道筋を提示することを前提に、企業にCSVを勧めているようだが、実のところ、その前提自体が危ういのだ。ならば、企業が測定可能な目標と達成期間を定めればよいのだが、おそらく政府が直面したのと同じ難題に直面するだろう。そのため、解決の見通しがつきにくい社会課題をどこまで経済活動に含めるのかの判断に悩むことになるだろう。

3. 社員は何を求めているのか 
 第3にCSRと社員の捉え方である。ポーターは、CSRは企業が社会に説明責任を果たすための負担であったと述べている。だが、日本のCSRの意味は異なっていた。90年代初頭、経団連や企業が提唱した社会貢献活動の第一の目的は、社員が企業の外の多様な価値観を理解することであり、市民性を育むことであった。最近、CSR部門の関係者から社員の離職率の高さや鬱病の問題を聞くことがあったが、社員が自らの仕事に誇りと自信を持ち、社会に役立っていると実感してもらうことに、少しでもCSR活動が寄与することを期待しているようだった。他方、CSVの論文には、社員の研修や福利厚生が生産性向上に有効であると記されていることから、社員をバリュー・チェーンを構成する重要な要素として捉えているようだ。CSVも先の日本企業関係者の説明も正論だ。だが、社員が企業や社会に何を求めているのかについては、日本企業関係者の説明の方がより人間の本質を捉えているように思えたのだ。

 CSVに疑問を抱くのは、きっと私が門外漢のせいだ。だが、政府やNPOの事業評価に従事してきた者が抱いた素朴な疑問でもある。

2月3日 日刊工業新聞「卓見異見」より

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