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- 2014年01月28日 00:00
《細川・小泉こぼれ話》③ 与野党を超えた2人の協力
細川さんは熊本県知事になる前は自民党所属の参議院議員。しかし、知事を辞め日本新党を立ち上げてからは一貫して非自民の立場にあった。自民党とは連立政権であっても参画したことはない。
ところが小泉さんは自民党以外の政党には所属したことはない。
常に与野党に分かれて反目し合う立場にあった2人だが、ふしぎに党や与野党の垣根を乗り越えて協力し合うこともあった。
消費税率を3%から5%にアップすることを決めたのは村山富市政権だが、やはりそのときも「行政改革」の必要性を説く政治家は多かった。
その頃、細川さん、小泉さん、私とで「行政改革研究会」を立ち上げた。既に橋本龍太郎内閣が発足していた頃だった。わずか3人の会だが、細川さんが総理経験者であり、小泉さんが郵政改革論者で有名だったこと、そして3人が与野党に分かれた人たちであったためにかなりの注目を集めた。
最初に何に着手するかということになった時、細川さんは私に「まず小泉さんの郵政改革に協力しよう」と言った。だから初仕事は「郵便事業への民間参入」であった。
私は細川内閣の国民福祉税を痛烈に批判し、小泉内閣のイラク戦争支持にも反対した。細川さんも一時小泉内閣を批判したこともある。政治家としては当然あり得ること。それだけしがらみのない関係ということだ。
もうひとつ忘れられないのは、小泉内閣で日中関係が行き詰まった時の細川さんの協力。たまたま中国訪問の機会があった細川さんが申し出て小泉さんの首相親書を携えて訪中。政府要人にそれを手渡した。その後のカナダのAPECでは、江沢民主席と小泉首相の間の険悪さは多少薄らいだ。
思い出せばもっといろいろあるかもしれない。今回の“脱原発連合”はおそらく2人にとって最後のものであり、最大、最重要なものだろう。
【関連記事】
・《細川・小泉こぼれ話》① 肉声の首相
・≪細川・小泉こぼれ話≫②「細川内閣には、なるべく長くやってほしい」
ところが小泉さんは自民党以外の政党には所属したことはない。
常に与野党に分かれて反目し合う立場にあった2人だが、ふしぎに党や与野党の垣根を乗り越えて協力し合うこともあった。
消費税率を3%から5%にアップすることを決めたのは村山富市政権だが、やはりそのときも「行政改革」の必要性を説く政治家は多かった。
その頃、細川さん、小泉さん、私とで「行政改革研究会」を立ち上げた。既に橋本龍太郎内閣が発足していた頃だった。わずか3人の会だが、細川さんが総理経験者であり、小泉さんが郵政改革論者で有名だったこと、そして3人が与野党に分かれた人たちであったためにかなりの注目を集めた。
最初に何に着手するかということになった時、細川さんは私に「まず小泉さんの郵政改革に協力しよう」と言った。だから初仕事は「郵便事業への民間参入」であった。
私は細川内閣の国民福祉税を痛烈に批判し、小泉内閣のイラク戦争支持にも反対した。細川さんも一時小泉内閣を批判したこともある。政治家としては当然あり得ること。それだけしがらみのない関係ということだ。
もうひとつ忘れられないのは、小泉内閣で日中関係が行き詰まった時の細川さんの協力。たまたま中国訪問の機会があった細川さんが申し出て小泉さんの首相親書を携えて訪中。政府要人にそれを手渡した。その後のカナダのAPECでは、江沢民主席と小泉首相の間の険悪さは多少薄らいだ。
思い出せばもっといろいろあるかもしれない。今回の“脱原発連合”はおそらく2人にとって最後のものであり、最大、最重要なものだろう。
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