- 2014年01月28日 07:30
誰もに優しい社会をいっしょに――「障害者の権利に関する条約」批准に寄せて ‐ 青木志帆
2/3非障害者とは異なる自立
「自立」を辞書で引くと、「他への従属から離れて独り立ちすること」とある。他への従属を離れるということは、自己決定に従って生活することである。
非障害者の場合、「従属からの離脱」の象徴として、独力で生活を成り立たせる状態になることを指す場合が多い。しかし、障害者に対してそのような自立を求めれば、なにひとつ自己実現できないことは容易に想像がつくだろう。まして非障害者と共に社会参加するなど到底望めない。
障害者の場合、たとえ生活費は生活保護費でまかなえたとしても、それだけでは自由に生活することはできない。それぞれの身体の機能障害に応じた支援があってはじめて、好きなときに好きな場所へ行き、好きな時間に食事を取り、好きな趣味に興じ、働くことができるようになる。障害者の自立に向けた自己決定は、非障害者とは逆に、支援や依存先を増やすことによってはじめて実現できる。
そこで、権利条約19条は、「自立」とは、障害者が必要な支援を受けて、自己決定に基づき、地域社会で自由に生活することであると示している。そのために、非障害者であれば直面しないであろう困難に対しては、支援が提供されるべきである。
批准に向けた日本の取り組み
さて、障害当事者としては、署名後すぐにでも批准し、国内的効力を発生させたいところであった。実際、2009年に一度、日本は批准しかけたことがある。しかし、できなかった。なんと、障害当事者自らが、批准に反対したからである。それは、日本が、権利条約を名ばかりのものにすることなく、きちんと実効性のある形で批准するようにとの思いから取られた戦略だった。
2009年当時、日本の障害者福祉関連法がどのような状態だったかというと、まず、障害者自立支援法に対し、全国14地裁で違憲訴訟が提起されていた。障害者に提供される障害福祉サービスは、障害者に対する「益」であるとの考えから、利用料に応じて自己負担を要求する制度であった。
これは権利条約の趣旨である「他の者との平等」や「合理的配慮」とは真逆の発想である。このような法律を維持したまま権利条約の批准を許すということは、最初から権利条約を守るつもりはない、と世界に宣言するようなものであった。そこで、(1)障害者基本法を権利条約の趣旨を反映したものに改正し、(2)障害者自立支援法を廃止し、(3)障害者差別禁止法を新たに制定する、という3つの条件をクリアするまでは、批准することはならぬ、と反対の論陣を張った。
なお、障害者自立支援法違憲訴訟は、同年12月に民主党政権が発足し、自立支援法廃止と障がい者制度改革を約束した「基本合意」が2010年1月に締結されたことから、全地裁で和解により終結するという急展開を見せた。
民主党政権下で内閣府に発足した障がい者制度改革推進会議は、この「基本合意」と「権利条約」を道標とし、障がい者制度改革の議論を開始した。
まず2011年には、権利条約の趣旨を反映した(1)障害者基本法改正が実現した。その翌年には、自立支援法の一部改正にとどまり、当初の約束である廃案は異なる形になったものの、(2)障害者総合支援法として改正された。ここまでが、民主党政権下での成果である。
ところが、2012年12月に自民党政権に交代し、(3)障害者差別禁止法が果たして成立するのかが危うい情勢となった。一応、改正障害者基本法にも、合理的配慮の不提供を含む差別を禁止する条項は新設され(第4条)、これで権利条約の差別禁止の趣旨は国内法に反映された、と言えなくもなかったためだ。
しかし、同条の文言は抽象的で、個別具体的場面での差別を解決する裁判規範性まで認められる条文ではない。きちんと権利条約の趣旨を国内法に反映させるには、どうしても「差別禁止法」という新たな法律の制定が必要であった。
そこで、「権利条約批准のために」という大義名分のもと、当事者たちの最後の粘りにより、2013年6月30日、「障害者差別解消法」(雇用の場面では「障害者雇用促進法」第34条~第36条の6)が成立した。その内容につき不十分な点が指摘されつつも、大きな一歩として評価された。
これを受け、権利条約を批准するための最低限度の準備は整ったと判断され、2013年の臨時国会で議論され、批准が承認された。憲法訴訟を起こしてまでの国内法整備に向けた当事者の努力を考えると、まさに悲願であったといえるだろう。
残された課題――日弁連会長声明
ただ、前述の3つの条件は、権利条約批准の「最低限の」条件でしかない。むしろ、権利条約に合致した社会の実現に向けた取り組みはこれからスタートする。参考として、今後の克服すべき課題につき、日弁連からの2つの会長声明を紹介する。
「障害者の権利に関する条約」の批准に際しての会長声明http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2013/131204_3.html
難病患者の生きる権利を支える医療費助成制度を求める会長声明http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2013/131219.html
以下では、この中でも特に喫緊の課題と思われる点について、少しだけ触れることにする。
意思決定支援(成年後見制度)
権利条約は、12条2項で、「締約国は、障害者が生活のあらゆる側面において他の者と平等に法的能力を享有することを認める」とした上で、法的能力の行使に際して必要とする支援を利用することができる、と定める。
日本の成年後見制度は、2000年に禁治産制度から大改正を経て現在の形になった。この制度では、意思能力の程度により、後見・保佐・補助という3類型があり、類型に応じて本人が単独でできる法律行為の範囲が異なる。ただし、現実には、一部の日常行為を除いてほとんどすべての法律行為について代理権、取消権を後見人に委ねる「後見」類型による運用が原則となっている(最高裁判所HP「成年後見関係事件の概況」)。
昨年、ダウン症患者の名児耶匠さんが、成年後見人の選任によって選挙権がなくなる公職選挙法の規定は、選挙権を保障する憲法に反する、として国に対して起こした裁判に対し、東京地裁は憲法違反の判断を示した。(東京地判平成25年3月15日、その後東京高裁で和解。)。これを受け、5月に公職選挙法の該当条文が改正され、成年後見制度開始から13年も要したが、ようやく全国の成年被後見人の選挙権が回復した。
この事件に代表されるように、現在の成年後見制度は、被後見人のありとあらゆる意思決定を被後見人に許さず、後見人が「代行」してしまう制度となっている。これに対し、権利条約は、12条に限らず、全体を通じて徹頭徹尾「自己決定」を尊重する。安易な自己決定の代替は、権利条約の趣旨に反するのである。権利条約に見合った内容とするためには、このような「代替的意思決定制度」としての成年後見制度から、「支援つき意思決定制度」への大きな転換が、可及的速やかになされる必要がある。
地域社会における自立生活~介護保障~
2011年12月13日、大阪高等裁判所で、在宅での自立生活を希望する脳性まひによる重度障害者に対し、1日18時間以上のヘルパー派遣を公費で保障するよう、市に義務付ける判決が出された。その翌年の2012年4月25日、和歌山地方裁判所で、同じく在宅での自立生活を送るALS患者に対し、1日21時間以上の介護保障を市に義務付ける判決が出された。
「自立」の部分でも述べたとおり、どれだけ重度の障害があっても在宅で自分の自己決定に基づいた生活を希望する者は多い。これらの判決は、国や地方自治体に対し、重度障害者たちの自立への意思を公的介護保障という形で支えるよう求めているのである。
しかしながら、これらの判決が出たあとも、自立生活に必要なヘルパー支給量が認められない、という事件は全国で後を絶たない。こうした状況を改善すべく、「介護保障を考える弁護士と障害者の会全国ネット」が2012年11月に結成され、寄せられた相談に対し、弁護士が駆けつけて行政交渉や審査請求、訴訟を行なっている。
私もこの活動に参加しているが、これまで同会が支援に入った事件だけでも、北海道、群馬、東京、神奈川、静岡、京都、兵庫、香川、愛媛、高知、福岡、長崎、熊本、宮崎、鹿児島……と、全国津々浦々である。いずれも、「家族が面倒を見れば良い」「施設に入れば良い」「限りある財源を公平に分配すると、あなたに在宅での介護を保障することはできない」など、非障害者側の論理で行政から拒絶される事が多く、権利条約の理念とは程遠い現実にある。



