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農薬混入事件と契約社員の悲哀

 冷凍食品への農薬混入事件では、おぼろげながら事件の全容が浮かんできた。8年間勤続しても契約社員のままで、待遇に不満を抱いていた「中堅社員」が容疑者とされている。妻子があり、一戸建ての家に住んでいたというから、生活が楽だったわけがない。一方でバイクとか昆虫飼育、コスプレなど、趣味の豊かな人でもあったようだ。それだけに金銭的欲求も強かったかもしれない。

 もちろん食品に農薬を混入するのはテロ行為そのもので許されることではないが、攻撃の相手は誰だったのだろう。誰が食べるかわからないものに仕掛けるのだから、特定の個人が標的ではない。職場を大混乱させ、打撃を与えてやろうという、自分の会社への復讐心が抑えられなくなったのではなかろうか。その前段階には、待遇の改善を求めても得られない絶望があったようだ。

 会社はおそらく管理体制の不備を批判されて、管理強化の対策を急ぐだろう。製造ラインに立ち入る人間を厳しく制限するなどの対策が考えられる。それは必要なことだろうが、工場で働く人たちの意識を、全体として明るく前向きなものに変えて行く努力をしなくていいだろうか。

 この工場では、従業員の7割が契約社員だという。正社員と契約社員との間には待遇で大きな差があるが、契約社員であってもベテランは新人の指導などもしていたということだ。契約社員でも優秀なら正社員になれる場合もあるが、その枠は年に数名で、非常に狭い門だったという。同じような仕事をしながら、「社員」と「契約」という身分の差があったら、職場は明朗闊達な雰囲気にはならないだろう。

 工場でも全員が正社員なのが当り前だった日本の職場が、パート、派遣、下請けなどの自由化で「雇用破壊」を起こしてから久しくなった。国際競争力のために必要だと説明されてきたのだが、それが職場の中に明からさまな差別として持ち込まれるのでは正義に反する。「働き方の多様化」は、野放しのままでは労使対等の原則を破壊する。

 私はこのニュースを聞いて、心ならずも現在非正規の身分で働いている人たちの心情を思い、暗然たる気分になった。歯を食いしばり、まじめに努力している人ほど、やりきれない怒りに似た衝動を感じたのではないか。石川啄木に「ココアの一匙」という詩がある。  
 われは知る、テロリストの 
 かなしき心を
 …………
 奪はれたる言葉のかはりに
 おこなひをもて語らんとする心を……

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