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【李登輝・緊急寄稿】なぜ人類は戦争を繰り返すのか~〔2〕

〔1〕はこちらから→【李登輝・緊急寄稿】なぜ人類は戦争を繰り返すのか~〔1〕

グローバル資本主義の欠陥

 国家がもし国民の犠牲を顧みる必要がないのであれば、自国の安全を確保するための政策として、戦争はたいへん有効性の高い政策だといえるかもしれない。国家間の交渉や合意によって平和を保とうとすれば、価値観や文化が異なる相手との妥協は避けられないが、戦争に訴えることで、そうした外交交渉における苦労なしに、自国に脅威を与える国家を取り除くことが可能となる。それどころか、戦争に訴えることによって初めて、国家は自国の理念に基づく秩序を地域に敷くことができるようになる。戦争の結果、実現する変革への期待。これが歴史に変化を及ぼしてきた「力の現実」である。

 私がいま述べていることは、現在の国際環境の変化とけっして無関係な議論ではない。世界経済をダイナミックに拡大させてきたグローバル資本主義は、本質的と思われる欠陥を内包している。このまま適切な処方箋が処方されなければ、国際政治にますます不安定な局面をもたらすであろう。では、グローバル資本主義の本質的な欠陥とは何か。次の3つの事項が挙げられる。

 (1)世界金融経済の大きな不安定要素となる。

 (2)所得格差の拡大を生む。その結果、健全な中流階層の消失という社会の二極化現象を生み出す。

 (3)地球環境汚染を加速させ、グローバルな食品汚染の連鎖的反応をつくり出す。

 「国境を越えて、自由に経済資源が移動できるような世界がベストだ」というグローバル資本主義の基本的思考については問題が多く、すでに多数の経済学者によってその誤りが指摘されている。資本の自由移動の優位性を極度に拡張すれば、それに伴う危機が拡散するだけである。資本移動を管理することには国家的な正当性があり、そのための有効的政策を実施しなければならない。このような経済上の理論の修正には、グローバル化の影響を受けた個別の国家が深く検討し、採用すべきだ。

武力の必要性

 「Gゼロ」の時代などといわれるように、アメリカの凋落によってかつてのような覇権国家が存在しなくなった現在、グローバル資本主義を強める力のある国は、その力を行使したいという誘惑に駆られるだろう。そして、そのような国は“正義”を高らかに掲げて、戦闘行為を正当化するような政策や言動を取るかもしれない。

 グローバル資本主義の跋扈という国際的環境の変化によって、人類は再び戦争の危機を前にしている。その舞台の一つが尖閣諸島を基点とした極東アジアであることはいうまでもない。平和を維持するために、各国はより現実を踏まえた慎重な政策を検討すべきだと思わざるをえない。

 国内社会では強制力をもつ主体は国家のほかになく、暴力を背景にして政府が法を執行することが可能となる。一方で完全な民主的社会においては、国民の利益に反する行動を取る政府は選挙によって取り替えられる可能性があり、その点において、国民の利益が害される心配が少ない。しかし国際政治では、それぞれの国家に対して強制力を行使しうる法執行の主体は存在しない。国連にもそのような強制力はない。国際政治には自国の国防や安全を委ねることのできる主体が存在しない以上、各国は武装して、その存立を保つほかに選択肢がない。

 こうして、それぞれに対等な主権を主張し合う国家が軍を保持することによって、互いに対抗を続ける世界としての国際政治が現存する。国家によって分断された世界における国際政治の現実とは、互いに平等な主権をもつ国家が国益を最大にするために、権力闘争を繰り返す過程であり、そこで法の支配とか正義とかを訴えても意味はない。たしかに国際政治には法や正義といった観念が存在するが、現実の国際関係は善悪正邪とは無縁の領域にあるとみなされる。

 繰り返しになるが、国家より上位に立つ実効的な力をもった法執行の主体は存在しないという国際政治の基本的特徴は現在でも変わっていない。したがって、国境を越えた交易や人の行き来がどれほど拡大しようとも、武力に頼らない国防が実現される保証はなく、国際政治の安定を考えるうえで、各国間の抑止、威嚇、力の均衡を無視することはできない。そのため、政策の手段として武力の必要性を排除することは考えられないのである。

 はっきりいえば、戦争がいまでも国際政治における「現実」にほかならないからこそ、その現実を冷静に見つめて武力を保持しつつ、戦争に訴えることなく秩序を保ち、国益を増進する方法を考えるのが現実的な国家戦略といえるだろう。いうまでもなく、政策の手段としての軍事力はあくまで最後の手段であり、戦争によって状況を打開するという選択に対しては、より慎重な判断が必要である。

指導者の条件

 結局のところ、古今東西の別なく、人類の歴史は異なる組織集団の分離、統合の繰り返しである。歴史の発展とは組織や共同体の盛衰と交代の記録であり、よりミクロに捉えれば、組織を掌握する権力者の盛衰と交代の記録である。時代の断面を切り取れば、組織や共同体の幸や不幸、繁栄、滅亡は、指導者によって強く影響されていることがわかる。指導者のもつ力と背負っている条件によって組織の盛衰は左右され、その興隆と滅亡を決定づける鍵となっていることが多い。

 歴史における指導者の類型を考察すると、重大な決断を下すときの苦悩は、人それぞれといっても過言ではない。しかし、決断には共通する点がある。それは大事をなすために、素人が及ばない気概と高い自負心をもつという点である。指導者は自らを激しく奮起させ、人びとを導くことで新たな未来を創造するのだ。

 1988年から12年間、私は台湾の総統として、民主化を進めたほか、国際的地位の向上や国民精神の向上、経済的発展などに力を注ぎ、民主国家の樹立という理想を実現し、よりよい社会を構築するために、不断の努力を続けてきた。とりわけ民主国家の指導者の条件には、「誠意をもって民意を汲む」「個々人の幸福のために長期的計画を策定し、絶えず短期・長期におけるバランサーの役目を果たしうる」といった点が大事であろう。

 総統在任中は中国のミサイルによる恫喝を受けるなど、まさに苦難の連続であったが、平和のうちに台湾の民主化を進めることができた。戦争と平和。その繰り返しこそが人間のつくる歴史の宿命だとしても、指導者は人民(国民)を幸福に導くために、あくまでも戦争ではなく、平和を求めなければいけない。

 私の経験からいえば、政治において唯一の助けとなるのが、信仰である。自らの倫理観を貫き、能力を十分に発揮するには、信仰が是が非でも必要なのである。指導者が個我や権力にとらわれず(筆者の言葉でいえば「私は私でない私」として)、歴史の宿命を超越した何か、すなわち永遠の平和のために限りある生命の時間を尽くすのは、ただ信仰の力によってである。

(本稿を執筆するにあたり、たくさんの先生方の論文を参考にした。とくに宮田光雄教授、藤原帰一教授、中谷巌教授のお世話になった。感謝に堪えない)

(『Voice』2014年2月号より)

■李登輝(り・とうき)台湾元総統
1923年、台湾・台北州淡水生まれ。台北市長、台湾省政府主席、台湾副総統などを経て、1988年、総統に 就任。1990年の総統選挙、1996年の台湾初の総統直接選挙で選出され、総統を12年務める。著書に、『新 版 最高指導者の条件』(PHP研究所)ほか多数。

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■『Voice』2014年2月号 今月号は「新春大特集・驕る中国、沈む韓国」と題し、東アジア情勢を論じています。菊池雅之氏による「シミュレーション・第二次朝鮮戦争」、宮家邦彦氏、城内実氏、金子将史氏による特別鼎談「東アジア『動乱の十年』が始まった」は、まさに日中韓の未来を読むうえで示唆に富んでいます。また、巻頭では櫻井よしこ氏とダライ・ラマ法王14世の対談を掲載。李登輝元台湾総統の寄稿もあり、一触即発の極東情勢を読み解くヒントが満載です。 一方、国内経済については竹中平蔵氏が「2020年までは景気拡大が続く」と予測、齋藤進氏は「世界経済はコンドラチェフ・サイクルの下降局面から上昇局面への転換時期にある」と分析します。話題の書『滅亡へのカウントダウン』の著者アラン・ワイズマン氏の緊急インタビューも掲載していますので、ぜひご一読ください。

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