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足を踏む側、踏まれる側 ~ 名護市長選と都知事選の違い

名護市長選における稲嶺市長の再選を心から祝します。

次の焦点は都知事選であり、最大の焦点は原発です。

どんな結論が出ても、後世の歴史家は、おそらくこの選挙を分岐点と捉えるのではないかと思います。

それだけに都民の賢明な判断を期待したいですが、一抹の危惧もあります。

それは都民に当事者意識が希薄ではないかと思われるからです。そして、それが沖縄とは違うところです。

足を踏まれた側は痛いけれども、踏んだ側は痛くないということはよく言われます。

沖縄は踏まれた側です。これに対して国は「カネをやるから我慢しろ」と言いましたが、県民は「痛いものは痛いのだからめやてくれ」という声を上げました。当然のことです。

一方、東京の場合、原発が争点となると、思い切り足を踏んだ側になります。

もちろん、実は東京にだって、本来、日本の法律に照らせば管理区域にしなければならない場所はありますが、そういうことはほとんど知られていません。

ところが、踏まれた側の福島県は大変なことになっています。

17日は阪神大震災から19年目でした。この間、いろいろな問題があったでしょうが、しかし着実に復興はしました。

日本は古来、地震による被災と復興を繰り返してきたわけで震災による被害というのは日本列島の成り立ちから言えば避けられないことです。が、それを乗り越える術もまた日本人は身につけてきました。

福島は違います。

2011年から19年後というと2030年ですが、その時にも放射能による被害はおさまっていることはなく、より悪化している可能性も十分にあります。

福島第一原発の1号機から3号機の廃炉作業がどの程度進捗しているかも疑問です。なにしろ現在は、作業のためのロボットを開発しなければならないといっているような状況なのです(ちなみに、このロボットがうまく開発できたとしても、作業終了後は放射性廃棄物となるわけで、その捨場も探さなければなりません)。

そのような福島の状況に対して、足を踏んだ側の都民が真摯に原発問題に立ち向かうのか、それともたった数週間のオリンピックの開催の方がプライオリティが上なのか? 

オリンピックの組織委員長に就任する森喜朗は、『「原発即ゼロ」なら五輪返上しかない』と言いました。

ということは、なんとしても柏崎刈羽原発を稼働させようという魂胆なのでしょう。

つまりマスゾエが勝てば、福島県民の足を踏み続けたままで、さらに新潟県民の足も踏むことになります。

都民はよくよくそのことを考えて欲しいと思います。

その際、注意して欲しいのは、ほとんどのマスメディアが足を踏む側であるということです。

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