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歌会の始めの一句あべだとう 首長選挙で一矢報いん

 15日に行われた宮中「歌会始」のお題は「静(せい)」だった。天皇の歌は「慰霊碑の 先に広がる 水俣の 海青くして 静かなりけり」と、熊本の水俣を昨年初めて訪れ、慰霊碑に花束を手向けた際に目にした水俣湾の様子を詠まれたということだ。皇族の歌は、心情を自然風景などに託した素直なものが多い。

 当ブログでは「ブログ連歌」を延々と続けているが、歌会始の習慣はなく、公募もしていなかった。ところがテレビから流れる、とんでもなく言葉を引き伸ばす独特の朗詠を聞いているうちに、たまには歌もいいものだと思えてきた。だが、この年頭の題としては「静」は似合わない。風雲急で大乱の予兆もある。新年のあいさつは「明けまして、あべだとう」で始まった。

 そこでタイトルのように「歌会の始めの一句あべだとう 首長選挙で一矢報いん」となった。この週末には名護の市長選挙がある。その直後から東京都知事選挙が始まる。ここで一矢だけでなく二の矢三の矢と「民意」の健在を示しておきたいものだ。

 安倍首相は年末には靖国神社参拝をして、国際的な批判を浴びた。戦没者の霊に不戦の誓いをしたというのだが、墓苑ではない「やすくに教」の神社を拝みに行ったのだから国際的な非常識を広く知らせる結果になった。オウンゴールだという声もあったのだが、年明けの世論調査では、秘密保護法で低下していた支持率が、意外にもプラスに転じていた。外国からとやかく言われる筋合いはないという反発があったのかもしれない。

 靖国の問題も、戦争の評価その他の歴史問題も、きちんとした教育が固まらないまま戦前への回帰が始まってしまった。その中心に安倍首相がいる。今や国会議員の中に従軍経験者は一人もいなくなっているということだ。戦争は経験を「語り継ぐ」ことがしだいに困難になり、文献を通して伝説として読まれるものに近づいているのではないか。つまりは戦国時代の合戦の記録と大差のないものになりつつあるように思われる。

 しかし戦争になれば若者は戦場で敵を殺し、敵に殺されることになる。民間人も犠牲になり、町は破壊される。勝って「名誉の戦死」をとげても、褒めてくれる人は、誰も残っていないかもしれない。過去から学ばない者は、よい未来を作ることができないのだ。

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