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「アベノリンピック」こそ日本の活路〔2〕 - 竹中平蔵(慶應義塾大学教授)

前編はこちらから→「アベノリンピック」こそ日本の活路〔1〕

オリンピックという「お白洲」


 これに関連し政策決定のメカニズムとして、オリンピックという一定の「お白洲」効果を期待したい。

 そもそも、政策は誰が決めるのか。政策決定論の永遠の課題だ。総理が決める、国会が決める、実質的に官僚が決める、世論が決める……。こうした指摘はすべて部分的に正しいが、決してすべてを包括的に言い表してはいない。この問題を考える重要なヒントが、政策決定に民間議員が多用されている、という事実に示されている。いま、総理が議長を務める「経済財政諮問会議」「産業競争力会議」などが政策に強い影響力を与えているが、それぞれ5名(日銀総裁を含む)、10名の民間議員が任命されている。また、各省の審議会を含めると、民間人の数はそうとうのレベルになるだろう。こうした民間議員の最大の役割は、「お白洲」効果を演出することにある。あくまで筆者の造語であるが、霞が関や永田町の関係者の私的な会話には、しばしば登場する。

 たとえば、規制緩和が期待されるある問題を、こうした会議で議論したとしよう。規制緩和を民間議員が求めた場合、関係官庁は存在する規制の有効性や正当性を主張する。これに対し民間議員は反論し、官庁が再反論……、これらを議事録を通して国民が見れば、規制緩和をせざるをえないという社会的プレッシャーが働く。そこで官庁は、やむをえず緩和の方向に進む。これが、お白洲効果のわかりやすい例だ。

 筆者が強調したいのは、こうしたお白洲効果がまさにオリンピック・パラリンピック開催によって高まるという点だ。もちろん、そのためにはいくつかの条件が要る。最大の条件は、お白洲で丁々発止の議論がなされたとして、それを裁定する政治家が明確なリーダーシップを発揮することだ。賛成意見と反対意見を、足して2で割るようなかたちでは改革は進まない。忘れてならないのは、たんにオリンピックが開かれるから経済がよくなる、という単純なものではない点だ。セーブ・フェイス効果のポイントは、これを契機に世界に目を配りながら前向きの国内改革を進めること。それによって、結果的に経済が活性化するという点にある。その意味で、政治のリーダーシップに裏づけられた改革努力が伴わなければ、アベノリンピック効果は生まれない。

 既述のように2013年6月に決定された成長戦略では、2020年までに実現すべきKPIが約30定められている。もしこれらがすべて達成され、結果的に経済財政の中期財政試算(8月8日公表)のように成長力が高まり、実質2%成長が達成されたとしよう。現状の潜在成長力が1%弱であることを考えると、アベノリンピック効果によって増加するGDPは、数十兆円の規模になる。これは、先に掲げた筆者らの試算(森記念財団・都市戦略研究所)を、さらに上回るものである。

東京の景色が変わる


 アベノミクスがもたらした1つの効果は、日本経済の「景色」を変えたことだ。日本の株価は過去1年で66%も上昇した(11月末時点)。主要国のなかで、群を抜いた上昇幅だ。3本の矢とされる各政策は、まだ一部を除いて本格的に効果が出るような状況にはないが、経済に対する政治的スタンスの変化が、市場における「期待」の変化となって表れている。そもそも景気という言葉は、鴨長明の『方丈記』に登場する言葉で、文字どおり「空気の景色」を意味する。この1年、日本経済の景色が変わるという予感が一気に広がった。

 もっとも、アベノミクスの今後には難問が待ち受ける。

 3本の矢、すなわち(1)デフレ克服のための金融緩和、(2)機動的な財政政策(短期:財政拡大、中期:財政再建)、(3)成長戦略、のうち、(1)の金融政策については実施中、(2)の前半の財政拡大についても実施中だ。しかし(2)後半の財政再建と、(3)の成長戦略はまだ仕掛け中、といわねばならない。2014年は、まず(1)金融政策の成果が本当に出るのか、問われる1年になる。そしていよいよ(2)の後半(財政再建)と(3)成長戦略について、政権の本気度を示さねばならない。その意味では、まさにアベノミクスは正念場を迎える。

 そうしたなかで、「期待」という漠然とした経済の景色を、より具体的でビジブル(可視化された)なものに転換する大きなチャンスを迎えている。それはいま、東京の街が目に見える変化を始めたことだ。そこにオリンピック誘致による新たな変化を付け加えることができれば、期待先行の経済基盤はより明確に強化され、同時にそれは政権の基盤を強化することにもなろう。

 東京の景色が変わりつつある、具体的な事例を2つ紹介しよう。財務省などが所在する政策の中心地虎ノ門から、新橋方面に向かう立派な道路が姿を現しつつある。いわゆるマッカーサー道路といわれたもので、第2次大戦直後から構想されていた幹線道路だ(現実にマッカーサーが計画したわけではない、といわれている)。この「新虎通り」は2014年度の完成をめざしており、沿道はファンシーな店舗が並ぶ「日本のシャンゼリーゼ通り」になると期待されている。その幹線道路の真ん中に、六本木ヒルズに匹敵する床面積をもつ巨大ビルが建設されている。(株)森ビルによる「虎ノ門ヒルズ」だ。道路はここの地下を走るというユニークな構造で、またビルの最上階には日本に初進出する高級ホテルが入る予定だ。よく見ればこの道路の南は築地のオリンピック選手村に繋がり、北は赤坂から国立競技場に向かう。要するに、オリンピック道路なのだ。虎ノ門ヒルズに隣接して、バスターミナルを建設するという計画もあると聞く。あらためて気が付くが、東京という都市にはこれまで、まとまったバスターミナルがなかった。都市が大きく変わるこの瞬間は、従来できなかったこと、できないとあきらめていたことをゼロベースで見直し、一気に景色を変える絶好のチャンスになる。オリンピックを契機にこうしたプロジェクトが前倒しになれば、経済と社会に大きな変化を生み出すだろう。

 東京の景色が変わるもう1つの身近な事例が、品川の開発だ。いまJRの東海道線は、南西から来て東京駅で折り返している。一方、高崎線や宇都宮線など北東から来る線は、上野駅で折り返すことになっている。そのために、北東方面用の車両基地と南西方面用の車両基地が、田端と品川に存在している。しかし東北本線・宇都宮線などを上野から東京まで延ばし、2014年度には東海道線と直通運転できるようになるという(東北縦貫線)。そうなれば、車庫は1箇所で済むことになる。そこで、都心に近く開発価値の高い品川車庫約15ヘクタールを開発しようというのだ。このニュースは、身近な話題としては「田町・品川の間に新駅ができる」というかたちで伝えられた。2020年に新駅ができるとすると、山手線としては1971年の西日暮里駅以来の出来事になる。じつに、49年ぶりの新駅だ。鉄道ファンならずとも、関心が高まる。

 品川という場所は、いろいろな意味で注目に値する。東海道新幹線のすべての列車が停車し、羽田にも近い。リニアモーターカーの発着駅も、品川である。ウオーターフロントにも近く、開発余地は大きい。考えてみれば、江戸時代の街の中心は両国や日本橋であり、それが丸の内方面へと南下してきた。また用途別に特色を強めながら、霞が関、六本木、新宿・渋谷へと広がった。その南下傾向がさらに進んで品川に至る、と考えることもできる。

 東京の街がこのように目に見えて変化しつつあるいまの状況は、経済機能を強化する大きなチャンスといえる。グローバル競争という言葉が頻繁に使われるが、その実態は都市間競争という側面を強くもっている。今日の産業が、都市立地型の知識集約産業を主体としているからだ。また、イノベーションを競う時代に、その拠点としての都市の重要性は高まっている。アートの時代という側面からも、多様な人材が交流する都市の機能が注目されるのだ。

 日本の都市行政を振り返っても、東京という大都市の機能をより重視しなければならないという方向性が見て取れる。第一次石油危機のころまでは、地方から3大都市圏への人口流入が続いた。これを食い止めるため、当時の国土政策は、地方への分散を進めることが基本となった。

 しかしその後は、地方からの人口はもっぱら東京圏のみに流入するようになった。大阪圏、名古屋圏の転出転入は、ほぼ均衡するようになったのだ。その後バブルの崩壊時に一時的に東京への人口流入は止まったが、その後再び地方人口の東京圏のみへの流入が続いている。これは、日本の産業構造が知識集約型・大都市型へと明確にシフトしたことを反映している。

 東京の存在感が高まるというトレンドのなかで、いま街の景色が目に見えて変化しだした。今後は、新たな国家戦略特区の枠組みなども活用することが可能になる。そうしたなかで、「羽田・東京・成田の高速鉄道が建設される」、「羽田の国際化が本格的に進む」、「都心交通の24時間化が実現する」、「新虎通りが日本のシャンゼリーゼ通りになる」、「東京の5つ星ホテルが画期的に増える」……こうしたワクワク感が生まれようとしている。

2020年までは長期の景気拡大


 オリンピック・パラリンピックの開催は、アベノミクスに対して本格的な追い風をもたらす。オリンピックの経済効果は、控えめに見ても従来の指摘の7倍はあることが明らかになった。しかしこうした効果は、この機会を利用して国内改革を進めるという、強い政治的意思があって初めて実現できるものだ。待ちの姿勢からは、何も生じない。建設需要の拡大などが生じて100万人の雇用効果が見込まれるが、それを可能にする労働市場の改革がなければ結果は生まれない。オリンピックのもつセーブ・フェイス効果を活用して、これまで滞ってきた規制改革が一気に進むことを期待したい。

 戦後最長の景気拡大は、小泉改革の時代の73カ月だった。今回の景気の谷は2012年11月であったと考えられる。したがって、小泉景気並みの長期拡大を続けることができれば、今後2020年のオリンピックまで景気拡大を続けることが可能、ということになる。そうなれば、安倍内閣が戦後最長の政権になる、という可能性も見えてくる。この際そうした強い意欲をもって、アベノリンピックという好機に挑んでもらいたい。オリンピック・パラリンピックの開催という求心力が働くこの時期に、2020年をめざした包括的な改革プログラム「改革2020」を作成し、整合的な改革を進めることができれば、アベノミクス第3の矢はさらに飛躍することになる。

(月刊誌『Voice』2014年2月号〈1月10日発売〉より)

■竹中平蔵(たけなか・へいぞう)慶應義塾大学教授
1951年、和歌山県生まれ。1973年、一橋大学経済学部卒。2001年、経済財政担当大臣に就任。以後、金融担当大臣、総務大臣などを歴任する。2013年、安倍政権で産業競争力会議有識者委員に就任。著書に、『竹中流「世界人」のススメ』(PHPビジネス新書)ほか多数。

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■『Voice』2014年2月号 今月号は「新春大特集・驕る中国、沈む韓国」と題し、東アジア情勢を論じています。菊池雅之氏による「シミュレーション・第二次朝鮮戦争」、宮家邦彦氏、城内実氏、金子将史氏による特別鼎談「東アジア『動乱の十年』が始まった」は、まさに日中韓の未来を読むうえで示唆に富んでいます。また、巻頭では櫻井よしこ氏とダライ・ラマ法王14世の対談を掲載。李登輝元台湾総統の寄稿もあり、一触即発の極東情勢を読み解くヒントが満載です。
一方、国内経済については竹中平蔵氏が「2020年までは景気拡大が続く」と予測、齋藤進氏は「世界経済はコンドラチェフ・サイクルの下降局面から上昇局面への転換時期にある」と分析します。話題の書『滅亡へのカウントダウン』の著者アラン・ワイズマン氏の緊急インタビューも掲載していますので、ぜひご一読ください。

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