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もうひとつの沖縄戦後史──「オッパイ殺人事件」と経済成長 - 岸政彦 / 社会学

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電子マガジン「α-synodos」新連載! 貧困、スラム、売春、犯罪……。1960年前後の「沖縄タイムス」の記事から、戦後沖縄の知られざる側面を鋭く切り取る。

     *  *  *

沖縄戦が終わってから13年、復帰まであと14年。1958年は、「戦後沖縄」のちょうど折り返しの時期だった。

那覇のすぐ隣にあり、いまでは閑静なベッドタウンとなっている浦添市。1958年、この街で凄惨な事件が起こった。

ある日、浦添市沢岻付近の幹線道路で、走行中のトラックに飛び込んだAという29歳の青年がいた。Aは一命を取りとめたが、「可愛いやつを殺した、俺もこの車で轢き殺してくれ」とわめいていたという。

そのすこし前。Aは、近所に住む遠縁の自宅を訪れ、同じことを話していた。「一番可愛いやつを殺した。君や親戚を皆殺しにして、俺も死ぬ」そう叫んでいた。そして、Aは、ズボンのポケットから、切り取ったばかりの血まみれの片方の乳房を取り出して、その親戚の青年に差し出したという。

前の晩おそく、Aは、同居する妻B子(19)を近所の林のなかで撲殺し、その死体とともに夜を明かした。死体の皮膚には「スキ」という文字が刃物で刻まれていた。彼はナイフでB子の死体から片方の乳房をえぐり取り、それをポケットに入れてふらふらとさまよい、死のうと思ってトラックに飛込んだのである。殺されたとき、B子は妊娠していた。

この事件は、猟奇的で残酷な殺人事件として当時の新聞などで詳しく報道されているが、青年AやB子の詳しい生い立ちまでは記録されていない。わかっているのは次のことだけである。

Aは地元の地主の長男で、8000坪の土地を相続によって所有していたが、事件当時までにはほとんど売り払っていた。定職に就かず、強盗、窃盗、傷害、暴行、放火などを繰り返し、前科7犯であった。そして、新聞記事によれば「宜野湾村真栄原新町の飲み屋で働いていたB子さんと知り合い、1万5千円の前借を支払って身うけ一緒になった」[沖縄タイムス 1958.10.21] 。B子の両親は当時、ブラジルに移民していた。ふたりはこのようにして出会い、隣町の貸家を借りて所帯を持った。ところが、Aは、犯罪を繰り返していただけではなく、独特のパーソナリティの持ち主だったようだ。それは異常な独占欲である。Aは所持金が尽きたことからB子と心中しようとしたと供述しているが、沖縄タイムスは次のように報道している。(以下、引用文はすべて原文のまま)

調べによるとAはB子さん(19)を異常なほどに愛しており、買物、入浴、どこへでもついていくといった溺愛ぶり。ときどき冗談でB子と別れるぐらいなら死んだ方がいいともらしていたようだ。一方B子さんには、心中といった暗いところはどこにもみえず事件当夜(20日よる)ふだんの通り翌日の朝めし準備もすまし、ふだん着のままスリッパをつっかけて家をでている。……Aは、B子さんがそばを離れるのを極端にきらい、隣にいっても5分とまたずによびにいったようである。B子さんに見放されるのが怖くさいきんは生活に自信を失ったことからB子さんが逃げだしはしないかという恐怖からこの犯行となったのではないかと警察ではみている。[沖縄タイムス 1958.10.21]

……B子さんは器量もよし性格も朗らかだった。AはB子さんといっしょになってからは酒もピタっと止めゴロ仲間も遠ざけ、B子さんと愛することで毎日を楽しく送っていた。買物、入浴、どこへでもいっしょについて行くというおしどり夫婦だった。しかし彼の溺愛も前科者であり、定職もなく、おまけに風貌は上らないときているため、何時も逃げられはせんかという不安がともなっていた。……B子さんがちょっと隣家に行っても5分とまたず呼びに来た。その都度“何もしなくていいから俺の側にいてくれ”と頼み込んだ。……職もなく寝たり食ったりの生活。その間、Aの土地を売って得た金も使い果たし、20ドルの借金さえつくってしまった。払う見通しも、ないので近くの小間物店からの延売も気まずくB子さんはとうとう買い物にも行かなくなった。そのためAが代りに行くことはしばしばだった。劣等意識の人一倍強いAにとってはこうしたことでB子が自分と別れるのではないかとそのことだけで頭がいっぱいになったようだ。[沖縄タイムス 1958.10.22]

昔の新聞の「あけすけな」書き方にも驚くが、ここでこの記事を引用したのは、この事件のなかに、戦後の沖縄の「ある側面」を読み取ることができるからである。

沖縄という場所は、日本にとって、さまざまな意味で「特別の場所」だ。

たとえば私たち日本人は、わずかな補助金と引き換えに多くの基地やそれにともなう問題を、あの小さな島に押し付けている。私たちは、沖縄の人びとが本土からもたらされる「莫大な」カネに依存していて、だから沖縄は、日本には楯突けない、けっきょくは言うことを聞くしかないのだと思い込んでいる。

しかし、実は沖縄に依存しているのは私たちのほうであり、沖縄の人びとがこの百年というあいだ押し付けられてきた苦難と比べれば、その引き換えに受け取るカネはあまりにも少ない、というのが真実である。私たちは、遠く離れた南西諸島の小さな島々に、国家として負担すべき多くのものを、あまりにも少ない金額で押し付けているのである。その意味で、私たちは、沖縄に依存している。

また、同時に、私たちひとりひとりにとって沖縄が特別な場所であるのは、それが、私がそれを通じて「自己肯定感」を回復できる場所だからである。

もっともわかりやすい言い方をすれば、青い海や白いビーチ、数多くの楽しい観光地によって、私たちは沖縄の長い夏を楽しむことができる。誰もがビーチで水着になり、5月から10月のあいだ、寒い日本ではなかなか楽しむことのできない夏を、私たちは享受できる。

それだけではない。沖縄は、この抑圧的で同化主義的な国家のなかで、ほとんど唯一「独自性」を残す場所である。この社会で居場所のない、生きづらい人びとの多くにとって沖縄は、「ここではないどこか」へ開く扉なのである。

沖縄に片思いをするのは、ビーチで楽しげに遊ぶ若い男女だけではない。内省的で個人主義的な多くの人びとが、自らが生まれた場所で望んで得られなかった居場所を、沖縄に見いだすのである。日本のなかで特殊な場所である沖縄に、身の置きどころのない自分を重ね合わせて、私たちは沖縄に恋いこがれる。そうした人びとは、北谷や恩納ビーチや美ら海水族館よりもむしろ、桜坂や栄町市場、あるいは竹富島や久高島などの離島に好んで行くだろう。日本のなかの独自性である沖縄のなかでも、さらにもっと独自なものである場所を必死で探して行くだろう。

沖縄を愛する私たちにとって、沖縄のすべての場所、文化、習慣、歴史、言語が、たとえようもないほど大切なものなのだが、特にその社会の「共同性」は、私たちナイチャーにとって、もっとも憧れるものである。それはおそらく、私たちがまったく共同体というものから切り離されているからだ。日本のなかで孤立する私たちにとって、同じように日本のなかで孤立する沖縄の人びとが、あたたかい共同性のなかで暮らしているという事実は、これ以上ないほどのあこがれを呼び起こす。

このようにして、観光的で商業的な沖縄を心から軽蔑し、本当の沖縄、変わらない沖縄を求める人びとは、沖縄を「優しい場所」であると考えるようになる。あるいは、そうした「優しい場所」としての沖縄を、心から欲するようになる。どこかに、まだ観光地化されていない、商業化もされていない、なにも変わらない沖縄が残っていて、そこでは、人びとが、貧しいけれども豊かに平和に、優しい共同体のなかで暮らしているはずだと、私たちは思い込んでいる。

沖縄の社会構成の本質的な部分に、前近代的で非合理的な「共同性」があるということは、それ自体が「科学的に」検証されたことではないにせよ、経験的な事実としては、それは正しいように思える。たしかに沖縄の人びとは、模合などのさまざまな慣習を見るだけでも、私たち本土の都市部に暮らすものに比べれば、非常に強固で濃密な横のつながりのなかで暮らしているようにみえる(それが本土の地方部と比べてどのくらい「独自」であるのかは、また別の問題である)。

だが、沖縄の社会が経験してきたこと、沖縄のさまざまな場所に刻みつけられた記憶、沖縄の人びとによって積み重ねられてきたことは、決してそれだけではない。沖縄は共同性の島である。しかし、戦後の沖縄社会は、それだけでは語れない。

     *  *  *

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