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Vol.7 崩壊する準備は整った-医療崩壊の第2章が始まる

つくば市 坂根Mクリニック 
坂根 みち子
2014年1月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp

1)診療報酬改定

「財政再建に禍根残す診療報酬の増額改定」「診療報酬改定 制度維持へ実質下げは妥当だ」これは来年度の診療報酬が、0.1%(!!)増額されることが決 まった時の日経と読売新聞の見出しである。全体の流れは決して明かすことなく、前年比のみを取り上げ、「病院の経営状況が良好にもかかわらず、新たな国民 負担を強いるのは理解が得られない」という詭弁。

2002年から4回の診療報酬減額で医療機関は青色吐息だった。その後の2回のプラス改定で一部の医療機関に改善傾向を認めるものの未だ半数近くの医療機関が赤字である。今回1.36%の消費税分の診療報酬が増額されるそうだが、そもそも今までの5%の消費税に対する手当てからして不十分である。確かに消費税が5%になった時、診療報酬は合計で1.53%引き上げられたが、その引き上げかたは30数項目の点数の加算のみ。それさえその後の診療報酬減額で点数は減額されうやむやになっている。現在も毎年の5%消費税分の損税が各医療機関に重くのしかかっている。医療機関の損益分岐点は近年94%前後。これは数%収入が落ちれば赤字に転落する危険水域にあるという意味である。一般に損益分岐点は80%程度が優良企業の目安と考えられる点からすると、医療機関は極めて異常な状態に置かれている。数%の消費税が命取りになる理由がわかるであろう。

新規の開業医は開業時に1億円前後を借り入れる。来院患者数を予測し返済計画を立てる。医療機関は価格設定が自由にできないので、予想通りの来院数で軌道に乗っても前提となる診療報酬がいじられてしまうとどうしようもない。倒産の危機に面した医療機関はどうするか。出来ることは4つ。余分な検査をする。頻回に受診させる。長時間労働をする。自費診療部門を充実させる。これしかない。筆者は何とか後ろの2つでやっているが、前者2つに手を出す気持ちもわかる。日々の返済を気にしながらでは良い医療は提供できない。ほとんどの医療者はお金儲けのために医療を提供しているわけではない。後出しじゃんけんはやめていただきたい。

救急患者「たらいまわし」の大合唱により、重症患者向けの病床に高い点数をつけたため、06年度の改定から各医療機関は生き残りをかけて救急へとシフトした。その結果急性期病棟は以前の8倍に増えてしまった。すると今回政府は何と言っているか。「急性期病院が増えすぎて無駄の原因になっている。今後の改定で要件を厳しくしてこれを絞り込む」 何をかいわんや。政治家はまず医療に対するビジョンを述べよ。医療をどうしたいのか。小手先の点数の付け替えに終始している場合ではない。根本的な制度設計の不備が、医療機関が赤字にもかかわらず、営利企業である製薬会社や医療機器メーカーが大黒字となる原因である。決して医師の偏在や医療の無駄が解消されれば解決するようなものではない。診療報酬を増額できないのなら、医療機関から搾り取っていく営利企業を放置してはいけない。

2)労働環境

医療体制を維持するのに必要な人件費は診療報酬に反映されなくてはいけない。2013年2月奈良県立奈良病院の産婦人科の医師たちの裁判でも判決が出ているが、今回の改定ではそれもスルーした。
ほとんどの病院はブラック企業である。医療界では日勤-夜勤-日勤という過酷な連続勤務が常態化している。全国の医療機関は今や戦々恐々であろう。勤務医が訴えれば夜勤代を払っていない病院側が負ける。でも、その分の賃金を払えば病院は倒産する。また労働基準法違反を是正するためには交代制勤務が必要であり医師を増やさなくていけないが、大枚はたいて医師を引き抜くのも、病院の魅力で医師を引き抜くのもいずれも生易しいことではない。今回国はこの問題の是正に動かなかった。各医療機関の経営者は勤務医がジョーカーを切らないよう祈るのみということになる。

3)医療事故調査制度

福島県立大野病院事件で産科医療が崩壊し始めたのが2006年だった。茨城県でも産科のある医療機関は年々減少し、つくば市では現在3か所しかない。少子化対策が叫ばれながらいざ子供を産もうとするときに産むところさえない現状に直面し、子を産もうとする夫婦やその親たちは茫然としている。 なぜこんなことになったのか一般の人は知る由もない。

大野病院事件では出産時の妊婦死亡に対して2年も経ってから突然医師を逮捕した。医師が手錠をかけられ逮捕されその映像がTVで流された。発端は、遺族に補償金を取りやすくさせるために主治医の意に反して書かれた医療事故報告書だった。病院も県も、医師の逮捕で表彰さえされた警察も誰しも自分たちの犯した罪に気付かなかった。医師は無罪になったが、この事件により多くの産婦人科医が産科から手を引き、静かに医療崩壊が始まった。

次の通常国会で法制化される医療事故調査制度は、死因不明社会日本において、診療に関する死だけ「予期せぬ死を全例届けさせて」死因の究明と再発防止を法制化するものである。残念ながらWHOのガイドラインを無視した医師の対する可罰的な制度が作られようとしている。医療事故は再発防止のための制度設計が最優先であり、これに原因究明を入れてしまうと、大野事件のように裁判に報告書が利用される恐れから誰も正直には話さなくなる。医療事故は当事者による迅速で真摯な対応と、再発防止のための個人名を記載しない報告書の作成が重要だが、どれだけ言っても私たちの声は届かない。人を助けようとする医師たちの行為は時として侵襲的なものになる。100%の結果責任を問われると、すべての医療行為はできなくなる。世界で一番妊産婦死亡の少ない日本で産科医療が崩壊したのがいい例である。医療事故調の法制化がどれだけ危ういものかいったいどれほどの人たちが認識しているのだろうか。

4)医師個人の増税

今後医師の年収層をターゲットにした増税が目白押しである。

一例を挙げる「政府・与党は年収1200万円超の会社員の給与所得控除を縮小する方針を固めた。来年4月からの消費増税で低所得者層の負担感が強まるなか、高所得者にも応分の負担を求めることにした。財務省は日本の給与所得控除の金額は米国やドイツなど主要国と比べて高く、大幅な圧縮が必要だと主張している。」これも詭弁である。

日本には目に見えない必要経費がたくさんあり、実際の可処分所得は少ない。子供の塾の費用、大学の学費等教育にかかる費用は特に負担が重い。筆者は勤務医を続けるにあたり、2人の子供を無認可保育所に預けていた時期があるが、その費用は月に15.6万円にもなった。現在都内で国立大学と私大に行っている大学生2人(仕送り2人で月8万・部屋代別)いるが、年間400万円以上かかっている。

医師一人で働いて妻子(もしくは夫子)を養っている場合、どの家庭もゆとりがあるわけではない。世間の認識とかなり乖離があり、実際はぎりぎりでやっている。大学病院のドクターが最たるものである。 

欧米の家庭に行くと、生活レベルは一見日本と同程でありながら、家族で食卓を囲み、生活を楽しむゆとりがある。日本は長時間労働が常態化し、家族と生活を共有する時間もない。唯一金銭面だけは多少何とかなっていた部分であった。ここが狙われているのである。

家族と過ごせない多忙な医師の前に、医療崩壊と家庭崩壊のダブルパンチが待っている。

崩壊する準備は整った。

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