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- 2014年01月14日 07:30
絶望の果てに希望は見出せるか──アフリカ遊牧民の紛争のフィールドワークから - 湖中真哉
3/3票が欲しかったから。
2009年末に紛争はほぼ終結した。終結したのは、先に述べたように、攻撃側が「難攻不落の集落」の圧倒的軍事力を思い知ったことが原因だが、虐殺事件が新聞沙汰になったので、国内治安大臣が国会議員に圧力をかけたことも影響している。和平会議でつるしあげられた国会議員は、なぜ紛争を扇動したのか、と尋ねられ、こう答えたそうである。「票が欲しかったから」。和平会議で、この紛争被害についてはすべて免責にすることが決められたため、この議員も免責になった。
無意味に生産される「浅い希望」
紛争終結後、国内外の開発援助団体が、矢継ぎ早に、平和構築と復興支援のプロジェクトを実施した。例えば、USAID(米国国際開発庁)は、「ピース・キャラバン」を実施している。両民族の代表者を乗せた車が各地を巡回して、平和の意義を啓蒙する演説を行うという趣旨である。リンク先を見る
ピース・キャラバン
しかし、考えてみればおかしな話だ。もともと両民族の地域住民は、平和に共存していたのである。紛争をもたらしたのは国会議員なのだから、このキャラバンは彼の自宅前でやるのが最も効率的であり、地域住民に平和の意義を啓蒙するのはほとんど無意味である。
開発援助機関は、アフリカ遊牧民は好戦的で無知なのだから、彼らを啓蒙・教化してあげれば良い、という見下した発想にそもそも問題があることに気づいていない。こうして、グローバルな綺麗事によって「浅い希望」が無意味に生産されていく。
携帯電話による平和構築
和平会議は繰り返し開催されたが、地域住民に発言の機会が与えられることはほとんどなく、いつも政治家と役人が演説をするだけだった。ところが、2009年10月に開催されたある和平会議では、政治家と役人が何かの都合で演説を切り上げて早々に帰ってしまった。そこで、ようやく地域住民同士が話し合う時間ができた。そこで提案されたのが、前回記事(携帯電話を手にしたアフリカ牧畜民、その光と影)でも少しふれた携帯電話による民族間連絡網である。以前は、ほとんどの人々が固定電話すら持たなかったこの地域では、兵士を動員するためには、みずから伝達におもむくほかなかった。しかし、携帯電話の普及により、携帯電話で知り合いを辿って広域に援軍要請の連絡が行われるようになった。その結果、襲撃や迎撃に際して、それ以前では考えられない数百人が100 km以上の範囲から集結し、戦闘の規模は急速に拡大した。
それゆえ、紛争終結後も、たんなる個別の事件の場合でも、それが全面的な紛争の再開を意図する攻撃と相手方に誤解されて、紛争が再発してしまう危険性は残っていた。そこで、両民族の間で、携帯電話の番号を交換し、民族間連絡網を創り上げることで、平和を構築する新たな方法を考え出したのである。
2011年の1月から2013年8月までの約2年半の間に、17件の紛争に携帯電話による民族間連絡網が活用され、うち10件では紛争解決に重要な役割を果たした。これまで殺し合っていたふたつの民族の人々が、携帯電話で情報を交換しながら、一緒に協力して犯人を追跡し、家畜を捜索に行ったのは驚くべきことである。
「平和愛好家の遊牧民」では絵にならないからなのか、どこにも報道されなかったが、無意味な「ピース・キャラバン」とは対照的に、携帯電話による民族間連絡網を導入してから、民族間の紛争は激減した。
当初は紛争の手段として用いられた携帯電話を、人々はやがて平和構築の手段として利用するようになった。こうして、アフリカの遊牧民は、誰にも頼らずに、自らの知恵と工夫によってようやく平和を勝ち取ったのである。
絶望の果ての深い希望
現地では、事実をたんたんとフィールドノートに書き綴っていくやるせない日々が続いた。資料の整理が一段落して、宿でフィールドノートを閉じたとき、それまでおさえていた何とも言えない複雑な感情が堰を切り、一気に涙となって溢れた。「絶望の果ての希望」とノートには記した。毎年、現地と日本を往復する度、アフリカの遊牧民は、国家からも国際社会からも見捨てられた究極の棄民(見捨てられた人々)だという思いを強くする。これを書いている最中も、南スーダンでは、アフリカの遊牧民が戦火に追われている。アフリカの遊牧民が何人死のうと、世界にとってはどうでもよいことなのかもしれない。
「武装解除」の後、難攻不落の集落の村人達は、詫びに来た警官達を、空砲を放って追い払った。この集落は、安全保障すら彼らの国家に依存できない。ひとつの集落が、ある意味で、独立国たらざるを得なかったのだ。
浅い希望やグローバルな綺麗事はもう要らない。アフリカの遊牧民が、国家にも国際社会にも見捨てられながらも、なけなしの自助努力によって自らの手で勝ち取った平和には、計り知れない価値があると思う。紛争と国内避難民はもとより、開発援助、国際協力、人道的支援、平和構築、武装解除……多くのものごとを根本的に考え直す手がかりになるはずだ。それは、民衆の自生的な底力が絶望の果てに見出した深い希望の価値であり、この世界のうちひしがれた人々に勇気を与えてくれると信じる。
*注記:この報告では、劣悪な統治に苦しみ、深刻な人権侵害を受けている人々を対象としているため、彼らに及ぼす影響に配慮して、民族名、国名等については、あえて示しておりません。ご理解をお願い致します。
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ISBN-10 : 4335561180
ISBN-13 : 9784335561184
画像を見る湖中真哉(こなか・しんや)
アフリカ地域研究 / 人類学 / グローバリゼーション研究
1965年生まれ。筑波大学大学院博士課程単位取得退学。京都大学博士(地域研究)。現在、静岡県立大学国際関係学部教授。おもに、東アフリカ牧畜社会のグローバリゼーションを対象とした調査研究を行う。主要著書に『牧畜二重経済の人類学─ケニア・サンブルの民族誌的研究』(2006年、世界思想社)、『グローバリゼーションズ─人類学、歴史学、地域研究の現場から』(共著、2012年、弘文堂)など。



