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- 2014年01月14日 07:30
絶望の果てに希望は見出せるか──アフリカ遊牧民の紛争のフィールドワークから - 湖中真哉
2/3襲撃側よりももうちょっとはずんでくれ
襲撃者は、襲撃前にまず警察署に立ち寄って、法外な大金を警察官にわたす。「これから襲撃に行くから、警察は来ないで欲しい」。そのため、警察が現場に来るのは襲撃の翌日である。「車の燃料がなくて来られなかった」と言い訳をするのだという。被害住民を保護する目的で派遣された特殊部隊(SATやSWATのような組織)ですら買収されていた。「パトロール」にみせかけながら、収賄金の受け渡しをするのだ。警察から、被害者側の集落に電話がかかってきたことがあった。「襲撃側よりももうちょっとはずんでくれたら、お前らを助けてやってもいいんだぜ」。
当地では、金さえ積めば、警察や軍は何でも売ってくれる。そう、弾薬や銃から、制服に至るまで。ある集落では、弾薬の半分は、警察から買っていた。虐殺事件が起きてから、警察と軍が「武装解除」に来たこともあった。村人は無抵抗であったにもかかわらず、住民1人が殺害され、11人が負傷し、6人の少女が性的暴行の被害にあった。銃は1丁も没収されなかった。平和構築には、警察や軍による武装解除が一番有効だという考えは、少なくとも、ここでは通用しないようだ。
闇の資本主義経済
略奪した家畜の4割は、国家議員のもとに行く。この議員は、略奪した家畜を、証拠が残らないように、遠方の町の家畜市に輸送して売却させていた。屠殺・解体した後、 冷凍輸送トラックを使用して、首都まで輸送して、肉として売却することもあるようだ。肉なら証拠が残らない。略奪した家畜の肉の売り上げは、この議員の私腹を肥やすほか、武器の購入資金や警察の買収資金として使用され、それを使って地域住民は再び略奪に行く。現金収入源が不足している当地では、なかなかのビジネスだ。アフリカの藪の中で、小さな闇の資本主義経済が成立しているのである。都市のホテルで観光客が口にしたステーキにも、その肉が使われていたかも知れない。
難攻不落の集落
襲撃を受けた後、被害側の民族は一旦全員が避難し、彼らの土地は無人の地となった。ある国際NGOは、国内避難民の数を22,000人と推計している。国家は彼らを守ってはくれないどころか攻撃側に荷担するようになった。しかし、彼らは一致団結して、10箇所に防衛のための巨大集落を建設して戻ってきた。巨大集落は、国内避難民キャンプであると同時に、文字通り「前線」である。しかし、その巨大集落も連日連夜襲撃されており、人々は壊滅寸前の危機にあった。冒頭の情景は、その頃の話である。
リンク先を見る巨大集落
しかし、その中で一箇所だけ、難攻不落の集落があった。この集落には、戦死者はいたが、驚くべきことに、設立以来、一度も、家畜を略奪されていない。他の巨大集落は、伝統的な氏族ごとにつくられ、各地に点在していたが、この巨大集落は、氏族を全く問わずにただ一箇所に人々が集結してできた。警察も軍も守ってはくれない生存の危機に、人々は、伝統のしがらみを捨てて、一致団結して立ち上がったのである。集落では、輪番制により、誰もが平等に夜警や放牧の労働を負担し、直接民主主義に基づいて、何度も議論が繰り返された。
わたしは、この集落の国内避難民を対象として、その所持品の調査を行ったことがある。着の身着のままで逃げてきた避難民だから、所持しているものが少ないことは予想できた。
しかし、新婚早々、出産早々に夫を殺されたある女性の家屋を訪問したときにはさすがに絶句した。家屋の中には、ずだぶくろ1枚しかなかったのである。どうやってずだぶくろ1枚で生活しているのか。気の毒に思った集落の代表者が、彼の家に呼び、心を病んでいた彼女の生活の面倒をすべてみていたのである。国家からも国際機関からも支援が得られなかったので、ここでは、地域住民同士がなけなしの自助努力で支え合っていた。
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唯一の持ち物であるずだぶくろ
この集落では、「槍を持って闘う遊牧民の戦士」という伝統的なイメージを覆す戦法が採られていた。まず、集落には、退役軍人4人がいたので、彼らが司令官となり、「遊牧民の戦士」に対して、近代的軍事訓練を行った。
集落の周囲に32箇所の塹壕を掘って近代的戦術を採用した。携帯電話を無線機代わりとして使用することで、小隊を連携させる新たな戦術があみ出された。最も重要な戦術上の特徴は、この集落では、一切報復攻撃を行わなかったことである。道徳的理由によるものではない。防衛戦術に徹した方が、戦術上有利だと判断したからである。
政府の軍服を不正に購入し、迷彩服を着て、弾帯をかけた村人は、外見からは正規軍兵士とまったく見分けがつかなかった。さらに、集落内で寄付金を募り、警察から4機のバズーカ砲を不正に購入した。
メディアでは一切報道されなかったが、24人が虐殺された同じ日に、実は、過去最大規模の兵力が難攻不落の集落に向かっていた。この最大の決戦で、難攻不落の集落では、バズーカ砲を用いて、襲撃者を迎撃した。防衛戦術に徹した方が、戦術上有利だということは、はからずもこの時証明された。バズーカ砲で吹き飛んだ敵側120人の死体は、葬儀も現場検証も行われず、すべてハイエナが食べた。その後、集落では人肉の味をおぼえたハイエナを警戒したそうである。
紛争が終結した理由のひとつは、この戦闘で、攻撃側が、「難攻不落の集落」の圧倒的軍事力を思い知ったからである。平和をもたらしたのは、美談ではなく、圧倒的軍事力だったのだ。



