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ぼく、たぶん「120歳」くらいまで生きます:「長寿」を前提に人生を組み立てる時代

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posted with ヨメレバ
ソニア・ アリソン
阪急コミュニケーションズ
2013-11-22

こちらの作品、すんごい良著です。価値観ぐわんぐわん揺さぶられます。「シンギュラリティは近い」と同系列の作品ですね。

ぼくは多分、120歳くらいまで生きます

本書の主張はシンプルで、「寿命はまだまだ延びていくだろう」というもの。

大昔のクロマニョン人たちは、18年ぐらいしか生きられなかった。ルネサンス時代になってやっと、ヨーロッパの人々はだいたい30歳の誕生日を迎えられるようになる。そして、1850年には、平均寿命が43歳まで延びる。
平均寿命は着実に延びてきており、女性では1年あたり平均3ヶ月増加し、男性では1年当たり平均2.5ヶ月増加している。

おなじみ、ガベージニュースに日本の平均寿命の推移が掲載されていたので引用させていただきます(日本の平均寿命の推移をグラフ化してみる(2013年)(最新) - ガベージニュース)。

画像を見る

延びは鈍化していますが、今も改善しつづけていることがわかります。ぼくが80歳を迎える50年後くらいには、平均寿命で100歳を超えていてもなんら不思議ではありません

寿命の延びには限界があると思いがちですが、歴史的には、それは常に裏切られつづけています。

多くの優れた思想家たちが、人間の平均寿命にはなかなか超えられない上限があり、その延びはあるところで頭打ちになるだろうと主張した。

こうした見解を最初に述べたひとりが、ルイス・ダブリンだ。1928年、当時57歳くらいだったアメリカ人の平均寿命が将来的に上昇しても、64.75歳を超えはしないと、ダブリンは断言した。こうした誤りを犯したのは彼だけではない。
歴史学者ジム・エッペンと人口統計学者ジェイムズ・ボーペルによれば、国連や世界銀行など、少なくとも13の機関が行った平均寿命の予測が結局はまちがっていたという

今後見えてくるのは、医療テクノロジーの進化による延命です。書中ではアンソニー・アタラによる臓器再生、3Dプリンタを使ったバイオプリンティングなどのアプロチーが紹介されています。いずれ、「臓器が老化したのでので、新しい臓器を移植する」なんてこともできるようになるのでしょう。

「我が国で移植を望む人々にとっては、再生医療がドナー臓器不足の解決策になる日が来るかもしれません」。

65歳で「引退」?

平均寿命が延びていくということは、「老後」という概念が変化するということです。すでにこれは感覚値としても正しいですが、60代なんて、まだまだ「若い」いんですよね。調査によれば、本人たちもそう考えているようです。

ピュー・リサーチ・センターによる、高齢化に伴う社会・人口動向調査は、次のように報告する。50歳以上の人々のほとんどは、自分たちが実際の年齢よりも少なくとも10歳若いと感じている。

そして、65歳から74歳の人々の3分の1は、実年齢よりも10〜19歳ほど自分たちを若く思い、75歳以上の人たちの6分の1は、実際より20歳若い状態にあると考えている。なにしろ、75歳以上でも、老いを感じると答えるのは、全体の3分の1をわずかに超える人たちでしかない

多くの人々は自分たちのことを話す際に、「老い」という言葉を使うのはまだまだ早い、もっと完全に年をとってから使おうと思っているようだ。
本書では、次のような指摘も。
65歳から牧場で憩いの生活に入るなど、150歳まで生きる人にとっては退屈でたまらないはずだ。

今でいう「老後」なんてものは、「士農工商」くらい古いものになるのでしょう。ぼくの孫が成人する頃には、「えっ!おじいちゃんのおじいちゃんが生きてた頃って、60すぎると『年金』なんてものが貰えたの!?信じられない!」なんて反応が得られそうです。

「老後がない」というと悲壮な感じがしますが、「いつまでも働くことができる」というのは、社会にとっても個人にとっても幸せなことだと思います。ブラック企業に死ぬまで勤めるのは、相当辛いことだとも思いますが…。

120歳まで生きることを「前提」に、人生を組み立てよう

順当に考えれば、ぼくら世代は今の老人たちよりも長生きすることは、間違いありません。「シンギュラリティは近い」で予言されているように、「長生き」どころか、「自分の脳をロボットにコピーして、永遠に生きながらえること」すらできてしまうかもしれません。

今のところ、われわれ人間というハードウェアが壊れると、生命というソフトウェア—個々の「精神のファイル」—も一緒に消える。

しかし、われわれが脳と呼ぶパターンに納められた数兆バイトもの情報を保存し、復元する方法がわかれば、事情は違ってくる。そのとき、精神のファイルの寿命は、個別のハードウェア媒体の永続性には依存しなくなるだろう。

最終的に、ソフトウェアをベースとする人間は、今日われわれが知っている人間の厳しい限界を大きく超えるものになる。彼らはウェブ上で生きてゆき、必要なときや、そうしたいと思ったときには体を映し出す。

21世紀中に訪れる「シンギュラリティ(技術的特異点)」とは何か : イケハヤ書店

「60歳で定年退職して年金暮らし」みたいな人生設計は、すでに古いものとなっていますし、これからますます「時代遅れ」になっていくのでしょう。これから年老いていく人々は、「健康な限り働きつづけるのは当たり前」という考え方に改めないと、後々不幸な目に遭いそうです。ぼくは120歳くらいまで生きることを前提に、人生を組み立てようと思います。

というわけで、価値観を揺さぶる作品です。これ、レビュー0件なのは不思議だなぁ。

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