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災害多発の時代――国境を超えて繋がる福島とフィリピンの相互支援の輪 - 藍原寛子

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「子どもたちのケアのために音楽が必要」 先生方が鍵盤ハーモニカに笑顔

渡航に先立って、マニラ首都圏在住の通訳・ジャーナリストの穴田久美子さんと連絡を取り、今回の調査に同行してもらった。フィリピンの人々にとって生活の中で重要な位置を占めているのが「音楽」。それを被災して精神的にダメージを受けた子どもたちに何とか提供できないか、と。アンドリューさんや穴田さんから提案を受けた。

菅野さんは2012年、福島の小学生が学校で使わなくなったり、不要になったりした鍵盤ハーモニカを集め、福島大学のサークル「カラーズ」の学生に消毒してもらい、フィリピンの子どもたちに贈呈している。そこで、今回のタクロバン訪問では3台の鍵盤ハーモニカを持参した。また福島県いわき市に本社のあるレディス・カジュアルファッションメーカー「ハニーズ」(江尻義久社長)からも女性用の夏物衣類の提供を受け、その一部をサンプルとして持参。タクロバン市中心部にある私立学校サクリッド・スクール・タクロバンを訪ねた。

「1月中旬には学校を再開したいけれど、どれだけの子どもたちが戻ってきてくれるのか……」。学校の先生、シスター・ローサ・チャンは悲しそうに目を伏せた。台風以降、先生方は子どもたちの安否確認作業をずっと続けているが、携帯電話も通じず、停電や断水が長く続いた環境のなかで、一人ひとりの居場所や生活状況を把握するのは容易ではない。

先生方の案内で、台風の被害に遭った校舎に入った。1階の体育館は、生徒たちのいすや本棚、支援物資などの倉庫になっていた。最上階の教室に上ると、校舎の屋根は台風の強風で吹き飛ばされ、木材の柱の一部があるだけ。「校舎の被害が大きい。台湾の支援で修理することは決まっているが、物資の調達もスムーズにはいかない」とチャン先生。

リンク先を見るサクリッド・スクール・タクロバンの最上階の屋根が吹き飛ばされた教室。いかに強い風だったかがわかる

学校にはプレスクール(幼稚園)から高校まで753人の園児、児童、生徒が在籍している。電気や電話、治安の良いセブ島に避難している子どももいる。今後、どれだけの子どもが戻ってくるのか。さらに3 割、約200人の子どもはこの時点でまったく連絡が取れず情報もない。この中には、台風の犠牲になった子どももいるのではないか、という。私立学校は比較的裕福な子どもたちが通っているが、公立学校は貧困地域に多く、それらの地域ではまだまだ支援が十分ではない。

菅野さんは同校に鍵盤ハーモニカを贈呈。電気を使わずに音楽が演奏できる楽器に、シスターの表情にも笑顔が輝いた。「台風の被害で家を失ったり、家族や親戚、友達をなくした子どもも多い。もうすぐクリスマス。この鍵盤ハーモニカで音楽を演奏して、子どもたちの心のケアに役立てたい」。

リンク先を見る鍵盤ハーモニカをプレゼントした菅野さん(右端)。笑顔を見せるチャン先生(右から4人目)

「何もかも足りない」 医療材料、機器不足続く医療センター

続いて、タクロバン市で唯一開院している東ビサヤ地区医療センターを訪ねた。

医師、看護師らが常駐し、ER(救急救命室)を備えた病院だが、実際に訪ねてみると、電力も水も、医療スタッフもまだまだ不足していた。

「スタッフが献身的な努力をしてくれているなかで、1日でも早く仕事をスタートさせたい」。正式には明日から院長になるという新院長のアントニオ・パラディラさんが院内を案内してくれた。

廊下にはマットレスもない金属製のベッドが並び、その上で男性が横たわっていた。

低出生体重児や臓器に障害を持って生まれた新生児の病室では、ほとんど医師や看護師が顔を見せない。医療従事者が不足しているのだ。新生児は2人で1つのベッドを共有していた。気温30度のなかで窓と入口ドアが開け放たれており、エアコンもついていない。子どもたちの祖父母や両親、兄弟姉妹たちが代わる代わるうちわであおいでいる。目を閉じてぐったりした子どもも多く、心配そうに家族が見守る。

リンク先を見る新生児2人で1つのベッドを共有していた病室。母親や家族が代わる代わる様子を見ている

今回、この病院を訪問したのは、マニラの病院の産婦人科医らを中心に11月から、東ビサヤ地区医療センターが支援の受け皿となって、タクロバンの新生児に「ミルク・バンク(母乳バンク)」の支援活動を始めたからだった。穴田さんもこの活動に協力しており、シェア・ラブ・チャリティの会でも、福島で集まった募金をこのミルク・バンク活動に役立てることを検討している。

ミルク・バンクは、日本ではあまりなじみがないが、出産直後の母親が、我が子に飲ませる最初のお乳(初乳)の一部をほかの新生児のために提供するというもの。初乳には多くの免疫抗体が含まれており、この初乳を飲めた子どもたちは病気のリスクが下がったり、栄養失調の対策にもなるという。災害によるショックや病気など、出産直後の母親が生まれたばかりの我が子に初乳をあげられない場合に備えて、ほかの母親が協力して初乳を提供するというこのユニークな支援事業は、欧米や途上国では新生児医療などの一環として展開されている。フィリピンではマニラの病院を中心に2008年からスタートしており、日本でも昨年、昭和大学病院(東京都品川区)で始まった。

ところが、実際に病院を訪問すると、院長のパラディラさんから出てきた言葉は、さらに深刻な現状だった。

「とにかく、医師も看護師も、機材も、何もかもが足りない。どんな支援が必要かと聞かれたら、何もかもが足りないというしかない」。新生児の体重計も1台だけ。病院では、津波被害にあったスリランカの医師らによる医療チームや、アメリカのボランティアの医師らが医療支援活動をしていた。

「隣のビルまで水が来ているのに、この病院には届いていない。病院内の掃除もままならない状態で、これが続くと、衛生面も含めて深刻な状態になる」とパラディラさんは危機感を募らせた。

このため、シェア・ラブ・チャリティの会ではこの時、タクロバンロータリークラブを通じて、緊急の医療機器を購入し、病院に寄贈する手配に入った。ミルク・バンクの活動も含め、病院への医療支援を継続することとした。

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