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- 2013年12月31日 14:24
大瀧詠一さんが逝くなんて
今年は久々にのんびりした年末年始。といっても毎日ひとつづつくらい用事が入っているのだが。
この際、と大掃除をしてみた。大掃除と引っ越しは「思い出と再会する」みたいなところがある。
数年ぶりの本格的な大掃除とあって、なんでこんなものがこんなところに!自宅がAmazonになってしまっていた。
「最近着なくなった服の入っている箱」にアフリカの人形があったり、「語学のテープの箱」の中に運動靴があったり。
そして、「最近履いていない靴が入っている袋」の中にはなぜか大瀧詠一のCD「ア ロング バケイション」(ソニーレコード)が入っていた。
なんで、こんなところに、と思いつつ、CDラックにちゃんとしまおうと思って机の上に置いておいた。それが12月30日のことだった。
そしてその翌日、12月31日のお昼のニュース。大掃除も終え、今年の仕事はもう終わり、とリラックスしていたときに大瀧詠一の訃報が流れた。
僕が大瀧詠一などはっぴいえんど系の音楽好きだというのはあちこちで書いてきたからご存じの人もいるかもしれない。彼は僕にとって青春時代そのものだった。
さっき発見したと言った「ア ロング バケイション」は昭和56(1981)年3月21日に発売。僕は当時法学部の学生だった。学期末試験を終え国家公務員試験を控えているという状況だったが、発売当日レコードを買ってきて、文京区白山の部屋で針を落とした。「あ、売ろうと思って作ったアルバムだな」というのが第一印象だったのを覚えている。それまでナイアガラレコード、売れてなったし。
当時は、CDとカラオケが一般的ではなかった。通信カラオケとかもなくて。このアルバム発売後、大瀧詠一が当時持っていたラジオ番組の中で「酔っ払った客がカラオケで「雨のウェンズデイ」(ア ロング バケイションに収録されているナンバー)を歌う」というコントをやったことがあった。当時はカラオケの曲は演歌や歌謡曲 というのが一般的で、よもやこういう曲がカラオケで歌われるようになる、とは多くの人は思ってなかった。だからそれがコントになっていたわけだ。でも大瀧詠一は、やがてそうなることを予期していたのだと思う。「いつかは「雨のウェンズデイ」がカラオケで歌われる日が来るのだな」。僕はそれをずっと気にかけるようになった。いまや当たり前すぎるけど。
2013年は「恋するフォーチュンクッキー佐賀県庁版」(12月31日現在で197万再生!)のおかげもあって楽しい一年となった。カラオケでもときどきみんなでこの曲を歌って踊ったりしていた。2013年の最後の忘年会の日、二次会はカラオケのある個人宅だったのだが、そこでも一年の締めくくりで最後に「恋チュン」を歌うことにした。ところがその家では最近新曲を入れてないらしく検索しても「恋するフォーチュンクッキー」が出てこない。「恋する」のキーワードで出てくる曲で僕が歌えるのは「恋するカレン」くらい。なのでそれを歌った。20年ぶりくらいだった。
その「恋するカレン」も実は「ア ロング バケーション」の収録曲だった。そのことを思うと、(そんなはずはないのだが)大瀧詠一さんが世の中にサインを出しておられたのではないかとすら思ってしまう。
もともと、今日(12月31日)はのんびりして新年を迎えようと思っていたのだが、思わぬニュースについつい語ってしまった。
どうかどうか来年が新しいものとたくさん出会える年になりますように。
12月31日火曜日 午後2時24分記す
ふるかわ 拝