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脆弱な「ムラ」社会とデモクラシー  足立啓二「専制国家史論」を読む

 足立啓二教授の「専制国家史論」(柏書房・1998年)は、専ら日中比較を基軸として、「封建社会固有の固定的・閉鎖的な社会編成」たとえば「営業権が何らかの形で独占されており、参入不自由であることは、市場の拡大が経営の拡大に結びつくための極めて有利な条件であ」り、「また閉鎖性によって他分野への自由な参入ができなかったことは、増大した資本が高利潤を求めて浮動することを制約する限りにおいて、資本の内部蓄積、経営規模拡大のための有利な条件ともな」ったもので、ひいては「資本の成長する条件ともな」ったことに加え、「経営の法人格が確認されない社会においては、家名・家業・家産の一貫性を柱とする封建的なイエ制度」が「経営の安定的な継続を」制度的に担保するという意味において、「資本の成長する条件」をなした(前掲193ないし194頁)とされた。封建的な制約が少ないほど「進歩的」な社会であると考えていた理解が、歴史的制度を所与のものとする皮相的な思い込みに過ぎないことを思い知らされる。

 他方で、足立教授は、この仮説を政治体制についても敷衍され、日本が、「団体的に確定した合意に対する服従という、共同団体が生み出した原理を基礎」(前掲228頁)とする幕藩制編成を通じて、多元的ではありながら公権力の集中を実現した末、その「封建社会が作り出した統合原理の発展上に、革命的な権力再構築を必要な経過点としつつ、共和制的な合意調達制度を基礎に国民を統合する近代国家制度が、急速に形成」していった(前掲231頁)と描写される。

 では、日本社会における中間集団は、本当に「団体的に確定した合意」を確立できるほど求心力を持った存在だったのだろうか?

 そのような疑問を抱く根拠の一つは、日本社会には、団体的意思決定をするについて「全会一致」の伝統があると指摘されていることがある(池田信夫・與那覇潤「「日本史」の終わり」、PHP・211頁)。そこで池田教授が指摘されるように、構成員の全員が拒否権を持つことによって「全会一致にしないと何も決まらない」ために、一人でも納得しない構成員がいれば「採決を先送りする」ということは、結局その団体は全体のために一部の構成員を「切り捨てる」ような意思決定をなし得ないということを意味するのではないかという疑問がある。

 宮本常一が「対馬の寄り合い」(「忘れられた日本人」岩波文庫)で描いた、とりとめのない話し合いと空気の読み合いの末、頃合いを見計らった一言で全員の半ば暗黙の了承が得られるといった情景からは、変化を恐れる構成員の抵抗を排して共同体の生存のために大胆な改革が迅速に決定されるということは想像しづらい(建前上、より上位にある領主ですら、既得権を侵害するような改革に出たときには、家臣団から「押し込め」に遭うおそれがあったことは、笠谷和比古「主君「押込」の構造」〔講談社学術文庫〕で描かれている。)。

 與那覇潤准教授が対談で「二党制の、ある時期はわが党が全権力を独占するが、次は向こうの党がぜんぶ独占して・・・というスタイルは南北朝みたいなもので、日本人の心性では異常事態に見えてしまう」(東島誠・與那覇潤「日本の起源」太田出版)と指摘されていることも、そのような意思決定方式と無縁ではないように思える。

 フォークの定理や進化ゲーム理論(evolutionary game)といったテクニカルタームを引き合いに出すまでもなく、我が国のように地形的・水利的要因で細分化された同質的な小農社会が広がる世界において、各村落内で固定された構成員が、長期的関係の中で、機会主義的な忘恩行為に及ぶことなくお互い協調して、労働力を融通しながら前記のような共同の農作業に従事することが最も効率の良い戦略であったと容易に推測できる。そのようなムラの中で、構成員は他の構成員から受けた「『恩』は負債であって返済しなければならない」(ルース・ベネディクト「菊と刀」長谷川松治訳・講談社学術文庫)との観念の下に、一部の構成員に一時的な犠牲を強いることとなったとしても、これを甘受させたままにすることなく、いずれ何らかの埋め合わせをするという暗黙の約束を成立させ、共同作業における相互協力関係を維持強化してきたものだろう。そして、この暗黙の約束を破って相互協力関係を破綻させるような機会主義的な行動に出るおそれのある個体を排除するために、「動機の純粋性」が重視され、思考は単純化し、あらゆる恩義は表向きは見返りを期待しないかのような無償性を装って施される。そのような共同関係において、「二党制」のように期間を限定したとしても、自分が拒否権を奪われ、意思決定者のなすがままに費用を転嫁される危険にさらされることは、意思決定権を掌握する相手方に裏切りのインセンティブを与える点で本質的に受け入れがたい事態と捉えられるだろう。

 先に引用した「「日本史」の終わり」で、與那覇准教授は、「日本人には「組織内で意見が分かれている」ということ自体を、あからさまにするのを嫌う傾向がある」ということを指摘して、江戸時代の百姓一揆による治者の正統性への揺さぶりが、55年体制の国対政治における野党の抵抗と連続的であることを示唆される(同書223ないし235頁)。いずれの構成員も一時的に犠牲を強いられることがあるとはいえ、それはいずれ共同体によって埋め合わせがされるものであって、将来的な埋め合わせの暗黙の約束を反故にすることによって恒久的に犠牲を強いる「切り捨て」はしないというコンセンサスのもとでは、そのような暗黙の約束があるということを共同体全員に再確認させ、納得を得る過程を経れば、必ず全会一致の合意が得られるはずであり、そのような合意形成の過程を経ることを怠り、「強行採決」といった一方的な意思の押しつけに及ぶことは正統性を欠いたものであるというのが、我が国の民主主義の底流をなしていたということもできるように思われる。

 いずれにせよ、日本社会の中間集団は、前記のような構成員を「切り捨て」ないという暗黙の約束に抵触しない限度でしか合意を形成する能力を有しておらず、それを超えて一部の構成員の犠牲の上に共同体全体の生存を図るといった強力な合意形成をする能力に欠けた「脆弱性」があるのではないかというのが、筆者の所感である。

 もし、日本社会が、その中間集団に「団体的規範の合意形成」能力に脆弱性を抱えているとすれば、足立教授の描かれる政治的統合の過程とは裏腹に、かえって領邦国家ないし国民国家のレベルでの「団体的規範」の合意も困難ということになるのではないかとも思われる。そのような社会を統治する公権力は、専制体制であると民主主義体制であるとを問わず、自らへの支持を調達し、その正統性を維持するために、各集団が抱える利権に対してより妥協的な態度を強いられるのではないかという予測もできる。

 ところで、アレンド・レイプハルトは、その古典的な論文「民主主義対民主主義」(勁草書房、粕谷祐子・訳)で、民主主義体制を、「ウエストミンスターモデル」ないし「多数決型民主主義」と「コンセンサス型民主主義」に大別して論じているが、この区別に沿って先の與那覇准教授の指摘を踏まえると、我が国で、二大政党制を特徴とする多数決型民主主義体制を採用することは困難ということになるのではないかと思う。政権交代まで、野党その他の集団において政府・与党の意思決定による犠牲の一方的な受忍を迫られる制度は、日本人の心性にとってどうしようもなく乱暴で耐え難いまでに正統性に欠けた意思決定方法と感じずにはいられないだろう(それは政権党のスキャンダル暴露といった形で、いかにそれが政権を託すに足だけの廉潔性に欠けているかという泥仕合を生むのかも知れない。)。

 では、多党制で権力を分散・抑制することが特徴とされる「コンセンサス型民主主義」体制であればどうだろうか?前記のような特徴が日本社会にあるとするならば、多元的な価値観の間での合意形成を要するコンセンサス型民主主義は、極めて不安定な支持基盤しか有しないこととなり、たとえば産業構造の転換期に規制で保護された斜陽産業といった特定の利権を剥奪するような強力な政治的意思決定は困難と言うことになるように思われる。そこでは、政権維持ゲームの中で各政治集団が自らへの支持調達のために絶えず既得権益への妥協を強いられるという特色が、一層色濃く表れるのではないかと思うのである。

 上記のような懸念は、民主主義体制以外の専制体制や権威主義的体制でも多かれ少なかれ生じ得るものであろうし、決して日本社会だけが直面する問題でもないだろう。それでも、「専制国家史論」が筆者に示唆する問題は、やはりこの日本社会の特色に大きく根ざしたものように思われるし、それは政権が有権者の「選挙」によって選任されるという民主主義体制において最も懸念すべき「ブロン」を生むのではないかと思えてならない。

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