記事

中国の潜水艦を封じる音響バリア ~深海の五星紅旗を追え~

アメリカの外交専門誌『The National Interest』に寄稿したアンドリュー・エリクソン米海軍大学准教授が、“A2ADにはA2ADを”、と提唱したことを先日ご紹介しました。エリクソン准教授は、とりわけ水面下の戦力に注目していました。

当ブログでも以前、米中の対潜戦(ASW)についての記事を書きました。

中国の潜水艦の最新状況については別の記事で取り上げたとおりで、数量に大きな変化はありませんが、2020年までにはほぼすべての艦が新型艦になります。

こうした中国の水面下の脅威に対し、米国がどのように探知・追跡しようとしているのかという点を上記過去記事からまとめてみたいと思います。

堅実な進歩を遂げる中国の潜水艦戦力

従来、中国の潜水艦戦力は対水上艦戦のために最適化され、ASW能力は低いとされてきました。しかし、ディーゼル型潜水艦の能力を高めるAIP推進を完成させるなど、中国はこの分野への研究・開発、投資を怠っているわけではありません。

中国が保有する攻撃型原子力潜水艦(SSN)は、091型漢級093型商級 です。このうち漢級は日米相手では戦力になりません。もうひとつの商級ですが、こちらもロサンゼルス級やバージニア級といった米潜水艦と比べると静粛性においてかなり劣ります。現在、4隻の改良型商級を建造中で、さらに095型巡航ミサイル原潜(SSGN)も開発中ですので、これらが就役し、数も揃って来れば…というところでしょうか。

リンク先を見る
(ソ連・ロシアSSNと中国SSNの静粛性比較。米海軍情報局報告書[PDF]より)

通常動力型潜水艦(SS)のうち最新静粛型は、039型宋級×13隻、041型元級×4隻、ロシア製キロ級×12隻です。その他のSSは音響面に難があるため脅威ではありません。キロ級、特に8隻の改良型キロ級(636M型)は完成度も高く、 ASW以外にも、偵察、哨戒、機雷敷設などの任務もこなすマルチロール艦です。元級は、AIPを搭載して低速航続距離を増し、さらに音響ステルス化も図られています。いずれのタイプも、YJ-82系対艦巡航ミサイルを搭載し、現在開発中のCH-SS-NX-13対艦巡航ミサイルが完成され次第、これを搭載するものとみられます。

リンク先を見る
(ソ連・ロシアSSと中国SSの静粛性比較。米海軍情報局報告書[PDF]より)

A2ADを担う中国の潜水艦

リンク先を見る
(第1、第2列島線)

中国の水中戦の第一目的は、沿海防衛です。中国のASW能力は依然として限定的で、沿岸部の浅海域における米潜水艦の作戦行動を効果的に妨げることは難しいでしょう。同時に、レーダーやソナーが有効に機能しない第1列島線内側の浅海域では、米潜水艦の能力も削がれてしまいます。したがって、この海域の支配権をめぐって潜水艦が主力として運用される蓋然性は低いのですが、強いて潜水艦に着目すると、中国の潜水艦基地や台湾の港への出入り口がフォーカル・ポイントとなり、米潜水艦はそこでの探知機会を最大化しようとすると考えられます。

多くの場合、米潜水艦群は中国の潜水艦基地への出入り口を見張れる場所に配備されます。なぜなら、有事発生前に中国潜水艦の配備に対応した事前展開ができるという利点だけでなく、紛争発生後には中国潜水艦の行動を制限することも可能となるからです。さらに、台湾の港付近に米海軍を展開させることで、紛争誘発の危険性を回避するという思惑もあるでしょう。

一方で、米原潜が従来通りの方法で接近や攻撃を行えば、中国のSSに探知される恐れもあります。そのため、米国は初期探知活動としてDADSシステム*1による音響/非音響探知を行い、中国潜水艦の位置を特定すれば、追跡と攻撃は水中無人機(UUV)を使うことも考慮しています。

中国の潜水艦の2つめの目的は、第2列島線内における米空母打撃群の作戦行動を妨害することです。領域拒否(AD)構想ですね。上述した宋、元、キロ級のSSは、限定的ながらも日米による対潜哨戒網をかいくぐる能力を持っています。米国は、これら中国SSの出入り口となる第1列島線のチョーク・ポイントに音響探知システムを設置して、その動向をとらえようとしています。

音響バリアがもたらすチョーク・ポイント

ASWにおいてチョーク・ポイントを利用するというのは、新しいアイデアではありません。有名な例を挙げれば、GIUKギャップがあります。

画像を見る
(GIUKギャップ。Wikipediaより)

冷戦初期、ソ連のディーゼル潜水艦がGIUKギャップを8ノット以上で通過しようとすると、キャビテーションが発生し、それによって生まれた水中放射雑音(ノイズ)を、米国のディーゼル潜水艦が搭載する大型バウ・パッシブ・アレイ・ソナーが約50km先から探知していました。当時の初期戦争計画においては、約100km間隔で潜水艦を配備して警戒線を構築するものだったのですが、潜水艦が常時配備されていなければ警戒線は無意味だということがキューバ危機で示され、それ以降はSOSUS(海底配備型音響監視システム)の整備へと進むことになります。

SOSUSは、ソ連の第1~第3世代SSNのノイズをキャッチしました*2。結果的に、ソ連がアクラ型を配備する1980年代初頭まで、SOSUSはGIUKギャップを音響的にもチョーク・ポイントたらしめたのです。なお、現行の商級はヴィクターIII型と同程度(もしくはそれより劣る)の静粛性と言われており、冷戦当時の技術で探知されるかもしれません。

第1列島線上の音響バリア

中国海軍にとって太平洋への出口は、主なところで、宮古海峡、台湾北部~先島諸島、ルソン海峡(バシー海峡・バリンタン海峡・バブヤン海峡)、ベトナム~フィリピンの間にある南シナ海南部の深海などです。

リンク先を見る

地理的に見て、中国の内海の浅海域からの出口で最も広いところはベトナム~フィリピン間。とは言ってもGIUKギャップよりも狭く、次に広いところとなると、ルソン海峡で、越比間の半分ほど。他の出口はすべてこれよりも狭くなっています。監視対象ポイントが狭い、ということだけでも、米国にとって有利な条件だと言えるでしょう。加えて、政治的に見て、これらの出口に隣接する陸地が米国の友好国のものであることも好都合で、ソナー内蔵の海底ケーブルの基地として利用できます。

米国では、アクラ型SSNに対応すべく90年代後半からFDSの開発に着手し、現在、静粛型潜水艦の探知・識別・追跡能力を獲得しています。SSにも有効なFDSですが、固定システムであるために事前に位置が特定されてしまう上、ケーブル切断などの問題も抱えています。このため、有事の際、米国は海底設備や陸上の情報処理施設に頼らない形での緊急展開型の音響監視機能の維持を図らねばなりません。そのひとつのオプションとして、RAP VLAプログラムが進行中です*3。

画像を見る
(RAP VLA。米国防総省海洋科学研究所資料より)

米国防総省海洋科学研究所(CEROS)の資料によると、RAP VLAの探知範囲は300平方海里(水面での面積)、センサーの敷設間隔は20~25海里となります。RAP VLAのデータは、無線搭載ブイによって遠距離にある情報処理施設へ伝送されます。すでに、フィリピン海やハワイ近海で試験を行い、成功を収めています。

他に、DWADS(Deep Water Active Detection System)という計画もあります。

 画像を見る
(DWADS。米国防総省海洋科学研究所資料より)

これは、アクティブ/パッシブ式浮遊ブイで、LCS(沿海域戦闘艦)などの水上艦を敷設プラットフォームとすることもできるようです。第1コンバージェンス・ゾーン(約30マイル)を利用して、低速航行中のSSを探知します。DWADSもすでに何度も試験が重ねられ、P-3哨戒機とのコミュニケーションも良好です。

RAP VLAやDWADSは、必要なときに任意の場所へ緊急展開することのできるシステムです。事前の配備地点が特定されづらく、再設置も可能である点が特長となります。有事の際には、FDSなどの固定監視システムとこれらの緊急展開システム、さらには水上艦や潜水艦、対潜哨戒機などの多層アセットが相互にリンクしながら中国潜水艦の動向を逐一追いかけることになるでしょう。

このように、中国が太平洋へ潜水艦を展開させるための出口には、すでに米国の海中監視網が張り巡らされており、その技術は冷戦時の比ではありません。SSやSSNだけでなく、戦略原潜(SSBN)までもがこの音響バリアを通過しなければならない*4のは、中国の核戦略上においても大きな課題と言えるでしょう。第1列島線上の海峡は、地理的にも音響的にも深海の五星紅旗を追いつめるチョーク・ポイントとなっているわけですね。

◇ ◇ ◇

ASWは潜水艦だけで行われるものではありません。対潜ヘリや対潜哨戒機のことを考えると、航空優勢の話になり、東シナ海の防空識別圏(ADIZ)設定も潜水艦の活動と無関係ではありません。さらに、機雷や無人機(UAV、UUV)にもつながります。本稿では、そうしたASWのパッケージの一部として、潜水艦の音響面を主題に第1列島線における米中のASWについて大まかに取り上げてみました。これを機にASWの他の部分にも関心を持ってもらえれば幸いです。

最後に、我が国との関連についても少し。

日本周辺海域は水深も様々ですし、対馬海流と黒潮があるために海洋気象も複雑な海域です。これはASWにも大きく影響し、例えば黒潮海域と大陸棚海域とでは水温と塩分濃度が違うために境界線でソナーが跳ね返されてしまうなど、水面下の部隊にとって易しい海域ではありません。ASWでは音波の伝わり方(音波伝搬)の変化を読むことが不可欠で、水深や塩分濃度、水温、天候などのデータと特質をより多く深く把握している方に分があります。海上自衛隊には、これまでに蓄積したデータを基に作成された優秀な音波伝搬予察モデルがあり、これは中国を大きく凌ぎます*5。また、日本の潜水艦戦力は変態レベル(良い意味で)で、例えば潜航可能深度では中国の潜水艦の3倍近くに達します。

現時点では、ASWにおいて中国が日米に追いつくにはまだ当分時間がかかるでしょう。中国が依然として水上戦力増強を指向していることも、我が方のASWバランスを有利に推移させている一因だと思います。ただ、中国の海軍力増強は賞賛に値するほど計画的です。投資額を見ても、けっして背伸びしたものではありません。中国の軍拡において脅威を感じるのはむしろその徹底した堅実さにあり、彼らの関心が本格的にASWに向かえば、この分野における日米のリードがいつまで維持できるか不安です。

*1 DADSシステム:センサー・アレイによって海中の脅威を正確に探知、形状を判別できるような技術。「スマートケーブル」技術を活用し、複数のセンサーを備えたノードを海底に複数設置してネットワーク化、それによって得られたデータを利用するもの。現在は、センサープロセッサの小型化、低消費電力化、探知可能距離の延伸を目指しています。
*2 諸資料を合わせ読むと、ノーヴェンバーやヴィクターI 型・II 型のノイズは160~172dB、ヴィクターIII 型は130~145dBほど。漢級155~170dB、商級145dB(改良型で110dB?)、晋級120~140dB、SSの元級が110dBと言われています。米ロサンゼルス級原潜が105~125dBで、宋級SSがこれと同じくらいだという情報もありますね。ただし、潜水艦のノイズレベルは機密情報ですから、これらはあくまでも推測値です。
*3 RAP VLA (Reliable Acoustic Path Vertical Line Array) センサー:海底反射型のセンサーを使用して、探知・識別・位置標定・追跡・報告を自律的に行う機能を持ちます。
*4 唯一のSLBMであるJL-2の射程距離が約7,400km。米本土主要都市(ロサンゼルスなど)を射程に収めるためには、SSBNは太平洋を東経160度あたりまで進出する必要があります(過去記事参照)。
*5 中国も、水深、海洋地質、海洋気象、重力、潮位、水質を測量する調査船を持っていますし、少しずつ近代化を図っています。まだ数は少ないですが、いずれこれらの艦種も充実していくのではないでしょうか。


【資料】

本稿は、Owen R. Cote Jr., Assessing the Undersea Balance Between the U.S. and China, MIT Security Studies Program Working Paper, February 2011. を基に、
Office of Naval Intelligence (ONI), The People’s Liberation Army Navy, A Modern Navy with Chinese Characteristics, Suitland (MD), August 2009、
Ronald O'Rourke, China Naval Modernization: Implications for U.S. Navy Capabilities—Background and Issues for Congress [PDF], (FAS)、
Andrew S. Erickson, Lyle J. Goldstein, and William S. Murray, Chinese Mine Warfare  A PLA Navy ‘Assassin’s Mace’ Capability [PDF], U.S. NAVAL WAR COLLEGE CHINA MARITIME STUDIES, No. 3、
Lyle Goldstein and Shannon Knight, Coming Without Shadows, Leaving Without Footprints, U.S. Naval Institute Proceedings, April 2010を参考にしながら2011年9月に書いた記事に少し筆を入れたものです。

あわせて読みたい

「領土問題」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    韓国すり寄り止まらぬ岩屋防衛相

    木走正水(きばしりまさみず)

  2. 2

    ラオスのダム決壊 韓国と協議中

    tenten99

  3. 3

    嫌韓が高齢者に多いのはなぜか

    WEDGE Infinity

  4. 4

    セブン廃棄ロス策 5%還元に呆れ

    永江一石

  5. 5

    丸山議員は辞職不要 使える存在

    奥山真司

  6. 6

    恩知らずは消える 芸能界の現実

    倉持由香

  7. 7

    AKB商法 秋元康の汚点になる恐れ

    PRESIDENT Online

  8. 8

    批判に弱い幻冬舎の見城徹社長

    渡邉裕二

  9. 9

    のん巡る裁判で異例の事実が発覚

    SmartFLASH

  10. 10

    北方領土「武力奪還」は認識不足

    舛添要一

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。