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- 2013年12月20日 11:34
日弁連会長選「熱」の行方
1980年代のはじめから、ずっと日弁連会長選を取材してきて、しばしば奇妙な気持ちにさせられてきたのは、やはりそのムードでした。その選挙に臨む、会員たちの熱意。以前も書きましたように、弁護士会では、良い意味でも悪い意味でも、本格的な選挙をやります。かつてそれを見た国会議員が、「永田町よりギラギラしている」などという、有り難くもない「本格」の称号を贈ったという話も紹介しましたが、選挙ということになれば、この時は、会員の目の色が変わり、日ごろの弁護士とは違う、別の顔を見ることにもなりました(「選挙に燃える弁護士たち」)。
奇妙というのは、慣行化されている、そのムードを作っている会員の意識そのものに対して感じることでした。何が一体、そこまで会員の目の色を変えさせ、選挙にのめり込ませているのか、と。弁護士自身に聞いても、これについて、帰って来る言葉はさまざまで、また、不思議なことに、実は彼ら自身が首を傾げている、良く分からない、という面もあるのです。
大まかに括ると、候補者支援のメリットについて、はっきりとした個人的な利害関係を強調する意見もあります。大都市会に存在する会派(派閥)の人的な関係ともつながり、まさに政界の派閥同様の、政治的な「影響力」という言葉が登場します。ただ、その目的に関しては、それこそさまざまで、個々の弁護士業務に直接間接に利をもたらす話もあれば、逆に「純粋に」、現在かかわっている委員会活動や運動を含めた弁護士会内外の活動を、より有利に展開する目的をいう話(当然、それらに対する理解度、支持度を期待できる候補を選ぶ)もあります。もちろん、建て前のうえで、後者の立場は、胸を張って言われるところかもしれません。
別の見方をすれば、そこには「日弁連ラブ」と括りたくなるような意識もあったように思います。いわば、拠点意識。後者の立場と表裏の関係になりますが、日弁連・弁護士会が、そういう自分たちの活動を支える存在であってほしい、という強い思いです。それがあればこその、日弁連・弁護士会を活用しようという方向だったように見えます。
ただ、いうまでもなく、日弁連会員全体を見渡せば、従来から委員会活動や会外の運動にかかわっている弁護士ばかりではなく、むしろ、それは少数派という見方もできます。その意味では、前記「胸を張って」言える方々の意図のもとに、前記利害を期待する方々、さらにはそれに連なって、「お付き合い」も含めた人的なつながり(義理)までが、相乗りする形で、独特の選挙ムードを作ってきた観はあります。
もっとも、こう見てきても、奇妙という言葉が消えないのは、おそらくそれらが漠としていて、そのムードの実体を説明し切れていないように思えるからだと思います。「慣行」という意味では、最近もネット上で話題となっていますが、毎度のように、選挙公示前に「○○の会」が登場し、みえみえの選挙運動をやる姿がみられたり、(法坂一広〈筆名〉弁護士のフログ 福岡の家電弁護士のブログ)、弁護士自治の点から矛盾し、特定候補予定者に不利益を与える結果になるような日弁連選管の対応が行われたり(弁護士 猪野亨のブログ)、要は、公明正大性を疑いたくなるような、弁護士らしからぬ状況を目にすることとも無縁ではないように感じます。
一方で、こうした疑問は疑問のまま、今、確実に一つの変化が起きているように見えます。前記したような「日弁連ラブ」が会員から急速に消え、また、それについてきた(つきあってきた)会員たちの心が確実に日弁連・弁護士会から離反していることです。
日弁連は、1998年以来、それまでの候補者間で争点が必ずしも明確でなかった会長選挙から一転、前回2012年選挙まで、司法改革「路線」へのスタンスというはっきりした争点が会員に問われる会長選挙を行ってきました。その中で2010年、「路線」継承をうたう、いわゆる執行部派を破った宇都宮健児弁護士の「政権」誕生も、さらに前回、執行部派に「政権」を奪還されたものの、二期連続再投票、初の再選挙という事態も現出しました。
ところが今、会員の意識は急速に冷めつつある、という声が、会内のあちこちから聞こえてきます。政府の「改革」論議が、さらに新たな枠組みで結論を先延ばしし、論議がいわば谷間の時期に入ったという感が広がっていることもありますが、宇都宮執行部2年への失望感、相も変わらない日弁連執行部の「改革」路線への固執もあいまって、誰が会長になっても変わらないという、白けたムードが広がりつつあるという現実です。その中では、日弁連を頼むに足らずとみて、「改革」に対してはっきり物を申せる単位弁護士会(武本夕香子弁護士のブログ)の結束を強めようとする動きもあります。
さらに、その一方で、この「路線」がもたらしている現実に対して、無力な日弁連執行部への不満は、経済的な影響を感じている一般会員からすれば、「日弁連ラブ」どころじゃない、「自治」と銘打った規制団体への不満とにつながってきており、会員の冷やかな目線を生み出しています。
改革「路線」へのスタンスの違いを争点にしながら、それを進める側もストップさせようとする側も、少なくとも日弁連・弁護士会を拠点とし、そこへの期待を被せることで作り上げられてきた、選挙へ会員の「熱」が消えてきている。その先に何が待っているのか、これがまた、この「改革」が生み出した結果ではないのか――。そのことを日弁連会員が、正面から見つめ直す時期にきているように思います。
奇妙というのは、慣行化されている、そのムードを作っている会員の意識そのものに対して感じることでした。何が一体、そこまで会員の目の色を変えさせ、選挙にのめり込ませているのか、と。弁護士自身に聞いても、これについて、帰って来る言葉はさまざまで、また、不思議なことに、実は彼ら自身が首を傾げている、良く分からない、という面もあるのです。
大まかに括ると、候補者支援のメリットについて、はっきりとした個人的な利害関係を強調する意見もあります。大都市会に存在する会派(派閥)の人的な関係ともつながり、まさに政界の派閥同様の、政治的な「影響力」という言葉が登場します。ただ、その目的に関しては、それこそさまざまで、個々の弁護士業務に直接間接に利をもたらす話もあれば、逆に「純粋に」、現在かかわっている委員会活動や運動を含めた弁護士会内外の活動を、より有利に展開する目的をいう話(当然、それらに対する理解度、支持度を期待できる候補を選ぶ)もあります。もちろん、建て前のうえで、後者の立場は、胸を張って言われるところかもしれません。
別の見方をすれば、そこには「日弁連ラブ」と括りたくなるような意識もあったように思います。いわば、拠点意識。後者の立場と表裏の関係になりますが、日弁連・弁護士会が、そういう自分たちの活動を支える存在であってほしい、という強い思いです。それがあればこその、日弁連・弁護士会を活用しようという方向だったように見えます。
ただ、いうまでもなく、日弁連会員全体を見渡せば、従来から委員会活動や会外の運動にかかわっている弁護士ばかりではなく、むしろ、それは少数派という見方もできます。その意味では、前記「胸を張って」言える方々の意図のもとに、前記利害を期待する方々、さらにはそれに連なって、「お付き合い」も含めた人的なつながり(義理)までが、相乗りする形で、独特の選挙ムードを作ってきた観はあります。
もっとも、こう見てきても、奇妙という言葉が消えないのは、おそらくそれらが漠としていて、そのムードの実体を説明し切れていないように思えるからだと思います。「慣行」という意味では、最近もネット上で話題となっていますが、毎度のように、選挙公示前に「○○の会」が登場し、みえみえの選挙運動をやる姿がみられたり、(法坂一広〈筆名〉弁護士のフログ 福岡の家電弁護士のブログ)、弁護士自治の点から矛盾し、特定候補予定者に不利益を与える結果になるような日弁連選管の対応が行われたり(弁護士 猪野亨のブログ)、要は、公明正大性を疑いたくなるような、弁護士らしからぬ状況を目にすることとも無縁ではないように感じます。
一方で、こうした疑問は疑問のまま、今、確実に一つの変化が起きているように見えます。前記したような「日弁連ラブ」が会員から急速に消え、また、それについてきた(つきあってきた)会員たちの心が確実に日弁連・弁護士会から離反していることです。
日弁連は、1998年以来、それまでの候補者間で争点が必ずしも明確でなかった会長選挙から一転、前回2012年選挙まで、司法改革「路線」へのスタンスというはっきりした争点が会員に問われる会長選挙を行ってきました。その中で2010年、「路線」継承をうたう、いわゆる執行部派を破った宇都宮健児弁護士の「政権」誕生も、さらに前回、執行部派に「政権」を奪還されたものの、二期連続再投票、初の再選挙という事態も現出しました。
ところが今、会員の意識は急速に冷めつつある、という声が、会内のあちこちから聞こえてきます。政府の「改革」論議が、さらに新たな枠組みで結論を先延ばしし、論議がいわば谷間の時期に入ったという感が広がっていることもありますが、宇都宮執行部2年への失望感、相も変わらない日弁連執行部の「改革」路線への固執もあいまって、誰が会長になっても変わらないという、白けたムードが広がりつつあるという現実です。その中では、日弁連を頼むに足らずとみて、「改革」に対してはっきり物を申せる単位弁護士会(武本夕香子弁護士のブログ)の結束を強めようとする動きもあります。
さらに、その一方で、この「路線」がもたらしている現実に対して、無力な日弁連執行部への不満は、経済的な影響を感じている一般会員からすれば、「日弁連ラブ」どころじゃない、「自治」と銘打った規制団体への不満とにつながってきており、会員の冷やかな目線を生み出しています。
改革「路線」へのスタンスの違いを争点にしながら、それを進める側もストップさせようとする側も、少なくとも日弁連・弁護士会を拠点とし、そこへの期待を被せることで作り上げられてきた、選挙へ会員の「熱」が消えてきている。その先に何が待っているのか、これがまた、この「改革」が生み出した結果ではないのか――。そのことを日弁連会員が、正面から見つめ直す時期にきているように思います。



