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ポスティング交渉が終始MLBペースだった理由

日本プロ野球機構(NPB)と米メジャーリーグ機構(MLB)との間で協議されていた新ポスティング制度が米国時間で12月16日に正式合意されました。報道によれば、新しい制度では日本の球団が2000万ドル(約20億円)を上限に「希望入札金額」(release fee)を設定し、複数球団がこの金額での入札を行った場合は、選手が契約先を決定できるとされています。

ご存知のように、旧制度では入札金に上限はありませんでした。そのため、過去には松坂選手やダルビッシュ選手のように入札金が5000万ドル(約50億円)を超えるケースもありました。入札金を受け取る球団にすれば、今回の交渉結果は大きな後退に感じるでしょう。一方、選手にすれば移籍先を選べる可能性が広がったのは前進と捉えることができるかもしれませんが、入札金の減少から球団が移籍を容認しないリスクもあります。

交渉過程を振り返ってみると、先月MLBがNPBに提示した最初の案では、入札金に上限はなく(1位と2位の中間とされた)、移籍が成立しなかった場合にはMLB球団にペナルティが課せされるという内容でした。しかし、12月に入るとMLB側は態度を硬化させ、NPBに不利な前述の内容に提案が修正されてしまいました。

こうした交渉過程は、日本のメディアでも大々的に報じられたため読者の皆さんにはご存知の方も多いと思います。報道から、僅か数週間の間にNPBがMLBに一方的にやり込められてしまったような印象を持った方も少なくなかったのではないでしょうか。

言うまでもなく、今オフにポスティング制度を通じてMLB移籍を希望していると報じられている田中将大選手は、日本球界の至宝です。入札金に上限がなかった従来の制度なら、その金額は過去最高になるのは間違いない、場合によっては1億ドル(約100億円)超えか、などと報じられていました。それが、わずか数週間の交渉で数十億円が水泡に帰してしまったわけですから、これは日本球界の沽券にかかわる話とばかりに、NPBの交渉姿勢を批判する論調が目立ちました。

しかし、実はMLBから日本球界を見た場合、見える景色は全く違います。日本球界の事情から今回のポスティング交渉を論じた記事はたくさんありましたが、ポスティング交渉が米国球界でどのような位置づけなのかを解説した記事はほとんどありませんでした。誤解を恐れずに結論から先に言うと、MLBにはポスティング制度でNPBと今まともに交渉する必要性はそれほど高くなかったのです。

今回のコラムでは、ポスティング交渉が終始MLBペースで進んだ3つの理由をご説明しましょう。

ポスティング移籍の日本人選手はメジャーリーガーの3/856

第1の理由は、日本がMLBを意識しているほど、MLBは日本球界のことを気にしていないためです。

日本人選手にとってMLBは「世界最高のプロ野球リーグ」という印象が強いと思います。「いつかはMLB」と思っている日本人選手は少なくないと思いますが、その想いとは裏腹に、MLBは日本球界のことを日本ほど気にしていません(もちろん、MLBにとってNPBは大切なパートナであることは間違いないのですが、相対的な意味でです)。なぜなら、選手数からみれば、MLBの中で日本人選手が占める割合は非常に小さいからです。

2013年シーズン開幕時点で、MLBの856名の一軍登録選手のうち28.2%に当たる241名が外国人選手でした。国籍別でみると、最も多いのはドミニカ共和国で89名、次いでベネズエラが63名。この2か国だけで外国人選手の6割を超えます。

日本人メジャーリーガーは11名でしたが、これは国としては7番目の数で、外国人選手の4.6%(21選手に一人の割合)、メジャーリーガー全体から見れば1.3%(78選手に一人)に過ぎない数です。ちなみに、11名中、ポスティング移籍の選手はイチロー選手、ダルビッシュ選手、青木選手の3名だけです。

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つまり、「高嶺の花」として強い存在感を放つ日本でのMLBとは裏腹に、MLBから見た場合、選手獲得先としての日本球界の存在感はそれほど大きくないのです。万が一ポスティング制度がなくなっても、いずれ数年後に海外FA権を獲得して移籍してくる可能性が高いことを併せて考えれば、MLBは別に日本から選手をポスティングで獲得できなくても困らないのです。

国際ドラフト整備でポスティングどころではなかった

第2の理由は、米球界ではポスティング制度が国際ドラフト整備に向けた文脈で交渉されている点です。これには少々解説が必要でしょう。

現行のドラフトで対象となるのは米国人、カナダ人、プエルトリコ人(そして、米国の大学に入学した外国人)だけです。これ以外の外国人選手は、どの球団とも交渉できるフリーエージェントとして扱われることになるため、経営規模の大きな球団が選手獲得上有利となります。1990年代以降、こうした選手の数が増え、これが戦力格差を広げていると言われていました。

MLBは外国人選手獲得のマネーゲーム化を抑止するため、外国人選手もドラフト制度で指名する「国際ドラフト」の導入を検討しています。MLBでは2011年11月末に新たな労使協定が締結されたのですが、新協定では、国際ドラフトの導入を検討する「国際タレント委員会」が設置されました。

ポスティング制度でも基本的に交渉を担当するのはこの「国際タレント委員会」と整理されています。しかし、外国人選手の8割以上が国際ドラフト対象国の出身であるのに対し、国際ドラフトの無条件導入となならない見込みの、一定レベル以上のプロ野球リーグが存在し、MLBとの移籍協定(ポスティング制度)が存在する日本・韓国・台湾出身の選手は外国人選手241名中14名、うちポスティングで移籍したのは4名に過ぎません。ポスティング制度はマイナー(優先度の低い)政策なのです。

委員会は、2014年シーズンからの国際ドラフト導入を目途にその運用規定の検討を進めており、今年6月1日までに労使間で合意を得ることが求められていました。しかし、国際ドラフトには以下を含む複雑な検討事項が多く、結局この期日までに合意を得ることができませんでした。

  • 国際ドラフトを行う場合は、現行ドラフトに統合すべきか、別途行うべきか
  • 年齢制限(最低必要年齢)を設けるべきか否か
  • 現行ドラフトで指名されているプエルトリコは国際ドラフトに入れるべきか
  • ドラフト対象前の外国人選手の育成をどのように行うか
  • 外国人選手の代理人をどのように管理・規制するか
  • 各国の野球アカデミーでの教育プログラムをどう改善するか
  • 外国人選手への契約金をどう制限するか
  • 各国の法規制と照らし合わせて問題ないか

MLBは、1年後ろ倒しにした2015年シーズンからの国際ドラフト導入を目標にスケジュールを変更し、議論を続けて行く方針です。国際タレント委員会にしてみれば、国際ドラフト実施に向けた調整で手一杯で、はっきり言ってポスティングどころではなかった、というのが実情だったわけです。それに加え、薬物スキャンダルや委員会のメンバーだったMLB選手会事務局長の健康問題などの突発事項も起こりました。旧ポスティング制度は昨年12月には失効していたのですが、最近まで動きらしい動きがなかったのはそのためです。

至上命題だった入札金の減額

実は新労使協定では、国際ドラフト設置に先駆けて、国内ドラフトで大きな改革が盛り込まれました。ドラフト指名選手の契約金に事実上の上限を設定されたほか、低収入球団のみを対象にした「戦力均衡ドラフト」も新たに創設されました。

米国プロスポーツ界では、近年、実際にそのリーグで1試合もプレーしたことのない選手に多額の契約金を支払うことを嫌う風潮が強まり、MLBに限らず、NBAでもNFLでも新人の契約金に上限を設定する動きが見られます。これにより、新人選手の手にするマネーは以前に比べれば減少しています。

ポスティング制度でMLB球団が支払う入札金は選手の契約金とは別物ですが、出て行く懐は一緒ですから、球団からしてみてば同じことです。「戦力均衡を促進する」「不確実な投資を控える」という交渉原則から考えると、入札金を減額することはMLBにとって至上命題だったと言えます。

前述のように、日本から選手を獲得できなくてもMLBは困りません。外国人選手獲得のマネーゲーム化を懸念するMLBでは、ポスティング交渉がまとまらずに「日本人トップ選手が今すぐ獲得できない」ことよりも、拙速な交渉により「MLB入りした日本人トップ選手が戦力バランスを崩す」方が問題視される状況にありました。そのため、交渉決裂を恐れずに強気で協議に臨むことができたのです。

コミッショナー後継者争いの政治的影響

第3の理由は、次期コミッショナー選任に向けた政治的なものです。

今回、MLB側を代表してNPBと交渉を行ったのは、COOのロブ・マンフレッド氏でした。現在、MLBのコミッショナー、バド・セリグ氏は2015年1月での退任を発表しており、その後継者争いが過熱しているのですが、その最右翼と見られているのがこのマンフレッド氏です。

MLBでは、新コミッショナーの選任には全球団の4分の3以上の同意が必要です。次期コミッショナーの座を狙うマンフレッド氏としては、23球団以上からの同意を取り付けるために、ポスティング交渉で変に球団側と敵対関係を作りたくないという気持ちがあったはずです。

前述したように、MLB側は12月に入り態度を硬化させ、11月に提示した案を撤回しました。この動きの裏には、「田中選手争奪戦」に参加できない資金力で劣るスモールマーケットの球団からの反対があったと言われています。

田中選手の獲得に限って言えば、従来の制度なら入札金が最高額を更新するのは間違いないと言われていました。その金額は7500万ドルとも1億ドルとも言われていましたが、こんな金額を支払うことができる球団は限られます。つまり、今回のポスティング交渉に当たっては、過半数の球団が当初の案(入札金を1位と2位の中間にする)には反対だったと考えられます。

この状況を考えた時、マンフレッド氏には、反対する球団を無理に説得してポスティング交渉をまとめる積極的な動機がなかったのです。

ポスティング交渉が終始MLBのペースで行われた本質的な原因は、MLBにとって日本球界が選手獲得先として「One of Them」のマーケットに過ぎないことが大きいです。それに加え、米球界では外国人選手獲得における戦力均衡に向けた流れが強まってきている中で国際ドラフト設置への議論がまとまらず、ポスティング制度どころではなかった点、更に次期コミッショナー選任に向けた政治的動向も絡んできてしまった点が、結果的にNPBにとって分が悪い方に出てしまったのだと私は見ています。

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※Yahoo!ニュースからの転載

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