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[岩田日銀副総裁 講演]2%のインフレ目標を達成する覚悟

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<講演> 「金融政策とアベノミクス」 岩田規久男
■金融緩和政策はこれから本格的に景気を回復させるはずだ■

 2013年4月4日、日銀は「量的・質的金融緩和」を実施しました。この金融政策は2つの柱から成り立っています。

 第一の柱は、2%のインフレ目標の早期達成に関する「コミットメント」です。すなわち、日銀は「2%の物価安定目標を2年程度の期間を念頭に置きながら、できるだけ早く実現することを明確に約束した」ことになります。このコミットメントに基づいて、日銀はまず人びとの予想インフレ率の引き上げをめざしています。

 このインフレ目標に対して、消費者は私の想像よりも早く反応しています。最近の「消費者動向調査」を見ると、1年後の予想インフレ率は「量的・質的金融緩和」の前の1.5%程度の水準から一気に3%程度まで上昇しています。第二の柱は、日銀のバランスシートの「量の拡大」と「質の変化」という両面から金融緩和を行なう、ということです。前者については、日銀は、長期国債を中心とした資産の買い入れを進めることで、マネタリーベース(日本銀行が供給する通貨)を2012年末の138兆円から2014年末には約270兆円と、約2倍に増加させることにしています。

 後者の「質の変化」とは、リスクの大きな資産を購入していくことを意味します。意外に思われるかもしれませんが、たとえば長期国債もリスク資産の1つです。債券は長期であるほど不確実性の影響を受けやすくなるため、その価格は変動しやすくなる。日銀が買い入れる長期国債が満期を迎えるまでの平均残存期間は「量的・質的金融緩和」の前では3年程度でしたが、現在では7年程度にまで延びています。これは日銀保有の国債の価格変動リスクが増したことを意味します。長期国債以外の買い入れ資産には、ETF(株価指数連動型上場投資信託)やJ-REIT(不動産投資法人投資口)なども含まれます。

 このようなリスク資産の大量購入は、民間に資金を供給する際の名目金利の引き下げに寄与するはずです。もちろん第一の柱であるインフレ目標については、予想インフレ率を引き上げることで名目金利の上昇を招く場合もあり、そのような事態を未然に防ぐためにも、日銀によるリスク資産の大量購入が第二の柱として必要でした。

 実際、図表1では予想インフレ率(5年物物価連動国債のBEI:ブレーク・イーブン・インフレ率)が上昇傾向にある一方で、名目金利(5年物)は0.2%あたりで安定的に推移しています。2つの柱からなる「量的・質的金融緩和」は、当初の狙いどおりの成果を挙げているといえるでしょう。



 日銀は名目金利への下押し圧力と予想インフレ率の引き上げにより、最終的には予想実質金利(名目金利―予想インフレ率)の引き下げをめざしています。図表1をみると、最近の予想実質金利はマイナス1.5%程度まで低下しています。つまり、お金を借りるほど実質的にはマイナスの金利が付くので、借りたお金で消費や投資をしたほうが得ということになります。

◆非製造業が牽引する設備投資の増加◆

 このような実質金利の動きの影響もあって、日経平均株価は2012年11月から6割程度上昇し、円安・ドル高の傾向も続いています。株式や外貨建ての資産をもつ家計はプラスの効果をすでに得ています。たとえば、家計の金融資産の変化を「資金循環統計」から見てみると、2013年6月末のデータでは投資信託や株式・出資金は前年比でおよそ3割も増えています。家計の金融資産の増加を受けて、消費マインドも上向きになっています。

 民間企業(金融機関を除く)の金融資産の変化についても、株式・出資金は前年から4割も増加しています。理由は、日本の企業が他社の株をたくさん保有しているからです。企業は株式の発行や保有株式の売却によって資金調達をしやすくなっているため、投資を今後も増やしていくのではないでしょうか。

 実際に、「法人企業統計」における設備投資(季節調整済み)は、安倍総理が金融緩和に言及し始めた2012年10―12月期に前期比でプラスに転じ、2013年4―6月期では前期から2.9%増となりました(図表2)。



 とくに注目すべきなのは、過去のケースでは主に製造業が設備投資を増加させることで景気を回復させてきたのですが、アベノミクスでは国内消費型の非製造業のほうが製造業よりも先に投資を増加させています。非製造業では2012年10―12月期から投資の増加が続いており、2013年4―6月期の投資額は前期比4.7%増となっています。これに対して、製造業では2013年から設備投資の減少幅を縮小させてはいるものの、増加には至っていない。このような設備投資主体の変化は、わが国の経済構造が第三次産業化しつつある証左といえるかもしれません。

◆賃金の上昇はこれから始まる◆

 また、企業が生産を拡大する際には、設備投資だけではなく、雇用も増やそうとするはずです。データを見ると、アベノミクス発動後の有効求人倍率(有効求人数を有効求職者数で除した値)は急激に上昇し、求人数と求職者数が釣り合うようになってきました。その結果、全体としての雇用者所得(名目賃金×常用労働者数)は、2013年4―6月期から前年比で増加に転じました。ただ、労働者1人当たりの賃金を見ると、とくに所定内給与の増加がなかなか進まないため、金融緩和の効果を疑問視するご意見があることも重々承知しております。

 しかし春闘後には、ベースアップを含め本格的に賃金を引き上げる企業も出てくるのではないか。というのも、企業の売上高経常利益率が大きく上昇し始めているからです。たとえば、製造業のうち大企業の利益率は2012年4―6月期の3.79%から1年後には7.39%にまで倍増しました。

 企業が賃金を着実に増やしていけば、国民はマイルドなインフレ期待を抱きながら、消費活動を活発化させていくでしょう。需要が増えてくると、企業もさらに生産を拡大させて雇用も増やしていくはずです。労働需給が現在よりも逼迫してくれば、企業は賃金をさらに引き上げていくことになります。日本経済はこのような好循環に、ようやく入り始めたと考えられます。

 今後、需給ギャップ(需要―供給)が改善してくれば、物価はさらに上昇するはずです。消費者物価指数(除く生鮮食品)の動向を見ると、2013年9月では前年同月比で0.7%上昇しました。

 たしかに、円安・外貨高が輸入商品やエネルギーの価格を押し上げている影響もありますが、食料・エネルギーを除いた消費者物価指数(前年同月比)も、9月にはそれまでのマイナス水準から0%にまで改善しました。実際、耐久消費財の価格はこれまで下落する一方でしたが、直近では下げ止まっています。

 ところが2013年9月末、日本の景気が回復し始めた矢先に、米国では議会が暫定予算で合意できなかったことにより、一部政府機関の閉鎖に追い込まれました。このことの影響もあって、日経平均株価は大幅に下落し、為替相場では円高ドル安が進む気配を見せたのです。10月中旬、米国の与野党が暫定予算や債務上限引き上げに合意して、日本の市場は円安・株高基調に戻りました。

 このように国内経済はアメリカの影響を受けやすく、まだ病み上がりの状態といえるでしょう。日本の多くの人は、デフレ脱却や景気の安定化についてまだ懐疑的なのではないでしょうか。

 しかし、実際の物価が着実に上昇してくれば、インフレ予想が強まるはずです。「量的・質的金融緩和」を継続していくことで、消費者の根深いデフレマインドを払拭させていきたいと思います。

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