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島薗さん、福島の現状を考える上で、なぜ広島の被爆の歴史を知ることが重要なんですか?(もんじゅ君のズバリ!聞きますだよ第6回)

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内科、精神科、宗教学……親子三代で関心が人間の心のほうへと移った

島薗:わたしの場合は医学部にいくはずだったといっても、ほとんど理系の勉強はやってないんです、デモばっかりいっていて(笑)。

もんじゅ:えっ、そうなんですか!?

島薗:ははは(笑)、それは冗談ですけれども、実際は学生時代は部屋にこもって書物を読みふけっていた、そういう学生でした。だから最初は放射能の問題について考えるにしてもやっぱりむずかしかったですよ。大学に入ってすぐに理系がイヤになってやがて文系に変わってしまったので。

もんじゅ:医学部から「文転」するのって、レアケースじゃないですか。

島薗:どうでしょう。文学部を出てから医学部にいく方はけっこういますよ。医学者になったけど、小説を書いたり、評論家になるという人もかつては多かったんです。安部公房とか、加藤周一とか。いまでもときどきいますよね。
 わたしは高校時代に北杜夫の『どくとるマンボウ航海記』というエッセイをすごく楽しく読んで、「医学部にいけば船に乗って小説を書いて生きていけるんだ」という楽観的な幻想を持っていた(笑)。まあ、わたしの場合は宗教学へと進路を変えたといってもつながっているところがあるんです。親も精神科医でしたから。

もんじゅ:島薗さんは、おじいさまも東大の医学部の先生ですよね。

島薗:そうなんです。祖父が内科の医師、父の代で精神科医、わたしが宗教学。つながりはあるんです。だんだんと人間の心のほうへ関心が移っていったんですね。  医学というのは人とやりとりする仕事ですから、科学といっても本来は人間くさいものであるべきなのに、どんどん科学主義になっていく。人間を「もの」として見る方向に向かっている。それもわたしが医学から離れたひとつの理由です。そういう問題意識をずっと持ってやっています。

福島大学でも教員有志が集まって情報発信を始めていた

もんじゅ:震災後、あらたにお知りあいになった方も多いと思うのですが、どういうきっかけででしょうか。

島薗:ツイッターの影響もありますよ。押川さんとはツイッターを通じて知り合いになりましたし。

もんじゅ:では、東大のなかでバッタリ、とかではないんですね(笑)。

島薗:そうです(笑)。会ったのは随分あとで。押川さんが「東大のウェブサイトに柏キャンパスの線量が掲載されていない」という問題を指摘して、そこから共同で大学に申し入れる仲間ができました。
 いっぽうで、福島大学では石田葉月さん(環境システム工学・准教授)たちのグループがとても重要な情報発信をしていることがわかって、協力する関係がだんだんとでき、2011年7月ごろにお会いしました。

もんじゅ:福島大での申し入れとは、どんなものですか。

島薗:彼ら福島大の教員有志は「まず学生をこんなに線量の高いところに戻していいのか」という問題意識を持っていたと思います。3月にいったん避難したあとで、やはり大学が再開されて。それに関連する申し入れを福島県知事と福島大学の両方に対してやっていたと思います。

もんじゅ:島薗先生の主宰されていたシンポジウム(2013年2月11日「アカデミズムは原発災害にどう向き合うのか」)で印象的だったのは、福島大の遠藤明子先生によるこどもたちの保養(南会津こどもキャンプなど)についてのお話です。ツイッターやブログなど、ネットでも保養の話はよく見聞きしていたんですが、全体像がよくわからなかった。
 だから、記録を残しておくことのプロフェッショナルである研究者の方の口から「福島県内ではこういうこともあるんだよ」という具体例を聞けてよかったです。県外から「こどもたちを疎開させよう」みたいなことをいうのは、やはりはばかられます。現地にどんなニーズがあるのか、言い方によってはすごく失礼なことになりかねない、と心配になりますから。
 遠藤先生が、長期の休みに遠くへ保養にいかせるのは、物理的な(被曝低減という)効果があるのかはわからないけれど、保護者同士のつながりも生まれてストレス解消になる、といったお話は印象にのこりました。

東大のサイトから線量を消した責任者は、原子力ムラの人間だった

島薗:東大のウェブサイト上で環境放射線情報がおかしいことを押川さんが見つけて、われわれも共鳴して2011年6月に抗議を申し入れた。おかしいということは疑いのないことでしたので、それについては反対されるはずはないと思っていました。
 それで副学長とか学長レベルと交渉していたわけですが、当事者は、田中知教授(東京大学・原子力国際専攻)という人で、この人が責任者だった。彼は原子力学会の会長なわけです。まさに原子力ムラですよね。そこは責任を問わなきゃいかん、と思って交渉をつづけました。

もんじゅ:原発事故で柏の線量が上がった。それを隠すかのように、東大のウェブサイトで事故の影響はないとか、健康に影響はないとか述べていた。で、その当事者が原子力ムラの方であったと……。残念なくらいわかりやすいお話ですね。

島薗:ただ、これを教授会のようなところで問題にできるかというと、なかなかむずかしいなと思ったので、やはり有志でやることになりました。共鳴はしてもらえるけれど、組織を動かすほどの存在にはならなかったんです。

戦時中の人体実験など、医療がモラルを超えてしまった歴史がある

もんじゅ:たとえば「20ミリシーベルトまでは安全です」というような、原子力ムラ的な論の進め方がありますよね。事故前は漏れないから安全だといっていたのに、事故が起きたら漏れても安全だというような、御都合主義。
 そういう言説に対抗するのに、島薗さんが広島・長崎の原爆影響についての文献をあたっていらっしゃるのが印象的です。福島の事故前から調べてらっしゃったんですか。

島薗:そうです。2000年代の前半に集中的に調べていました。クローン問題やES細胞問題から、戦時中から現代にいたる「行き過ぎ」の医療とか人体実験、医療がモラルを超えてしまう歴史について。

もんじゅ:人体実験というのは、ナチスや七三一部隊(*旧日本軍の満州第七三一部隊。第二次世界大戦中、中国で感染症予防の研究とともに細菌を使った生物兵器の開発をおこなっていたとされる)ということですか。

島薗:そうですね。戦時中からのそういったものが、現代のES細胞やクローン人間の問題にまでつながっているという研究プロジェクトに携わっていました。2004年には「ダークメディスン」という会議をフィラデルフィアでおこなって、その結果が『悪夢の医療史』という本になっています。
 そのなかには、七三一部隊やナチスの医療や戦後のアメリカの軍事と医学の結びつきの話などが入っているんですが、じつは七三一の当事者たちは責任を問われずに守られたんですよ。アメリカは、日本の軍事医学者を告発するのではなくて、自国の軍事医学に利用したわけです。また、広島・長崎に落とされた原爆の健康影響についての研究にも日本の軍事医学に携わった人たちを利用しました。そういった経緯があることを以前から知っておりましたので、問題意識を持っていました。

原爆の被曝影響についてのカルテはアメリカが利用した

もんじゅ:ということは、七三一部隊、つまり旧日本軍が中国大陸で非人道的な人体実験もおこなって生物兵器や化学兵器の研究をしていた、といわれていますが、その研究データは処分はされずアメリカに継承されたということでしょうか。そしてそれとバーターに、携わった軍事医学者らが守られた。

島薗:そうなんです。そして、このあたりはわたしのパーソナルヒストリーとも関わってくるところなのです。
 わたしの祖父は田宮猛雄(*医学者、日本医師会会長や日本医学会会長を務めた)という公衆衛生の専門家ですが、東大の伝染病研究所の所長をしていまして、戦後すぐには医学部長もしていました。その東大の研究所をアメリカ軍は接収しようとしたんです。
 七三一部隊は生物兵器研究をやったわけですが、それは伝染病をふせぐと同時に、伝染病を利用するというものでした。実験・研究には京都大学が深く関わっていましたが、東大でそれに関わっていたのは伝染病研究所だったのです。
 その研究所をアメリカ軍が接収しようとしたんですが、田宮猛雄と当時の南原繁総長(*政治学者、東大名誉教授)が猛反対して守った。それで残ったのが、いまも白金にある東大の医科学研究所です。ところがそこには妥協があって、その代わりに国の予防衛生研究所(*現国立感染症研究所)がつくられたんですね。

もんじゅ:それは、あらたにということですか。

島薗:はい。大学の研究機関ではなく独立した組織なので、そっちは政府のコントロールが利くわけです。ということは、アメリカの影響をもろに受けます。そこには日本の軍事医学の関係者がかなり関わっているし、七三一部隊の関係者も入ってくる。
 その予防衛生研究所が、のちのABCC(*原爆傷害調査委員会。原爆投下の影響を調べるためにアメリカが設置した機関)や放影研(*放射線影響研究所。ABCCと予防衛生研究所がいっしょになってできた、被爆者の健康調査をおこなう日米共同出資の研究所)の研究にも関わってくるということがあったんですよ。うちの両親は戦時中に東京で空襲に遭ったときに伝染病研究所に逃げ込んでいたそうで、そういう話をわたしは昔からよく聞いていました。

父がつくった被爆者の方の脳標本を、アメリカによって持ち去られた

もんじゅ:ABCCが関わってくるというのは、どうしてでしょう。

島薗:うちの父親(*島薗安雄。精神科医、東京医科歯科大学名誉教授)広島の原爆投下後の調査に参加して、放射性を浴びて亡くなった方々の脳の標本をつくっています。そのときに「あきらかにこどもには特別に放射線被爆の影響が大きく見られる」ということをレポートに書いていたのですが、その標本はアメリカに持っていかれてしまい、いまも見つかっていません(*島薗安雄氏は原爆投下約1ヵ月後の1945年9月13日から26日まで広島に滞在し、爆心地付近の広島逓信病院や黒い雨の降った草津救護所などを訪問した)。

もんじゅ:お父さまは実際に目で見て被爆影響の大きさを知っていらしたのに、その物証をアメリカに奪われてしまったわけですね。

島薗:はい。こんな感じで、わたしの一家が関わっていた戦後日本の医学史との関係があるわけです。だからこそ、「いまの放射線医学も過去となにかつながりがあるぞ」というふうに関心を持ったのかもしれません。

アメリカによる原爆影響の過小評価の歴史には、隠された部分が多い

もんじゅ:たとえばニュースで放影研や長崎の原爆研究所(*長崎大学原爆後障害医療研究所)という名前を聞くと、一般の人は「客観的な権威ある研究の蓄積があって、放射線の影響についてコメントしてくれているんだな」という認識を持つと思います。
 ところが放射線被曝の歴史を勉強すると、実際はそうではなくて「こういう方向に結果を持っていきたい」という意図があって研究しているのではないか、という印象がぬぐえません。つまり被爆の影響を軽く見積もる傾向がある……。そのあたりはお調べになっていかがでしたか。

島薗:戦後のアメリカによる原爆調査には問題がある、ということは長年指摘されています。ただし、いくつかの歴史の節目についていろんな言及はありますが、全体的な流れはいまだによく見えていないのではないでしょうか。3・11以降いろいろな情報を集めていると、広島で長年そういうことを研究している方に会いまして、ずいぶんと有益な情報を得ました。

もんじゅ:直接お会いになったんですか。

島薗:それもありますが、メールのやりとりが多いですね。あと、広島市立大学の高橋博子さん(*文化史学博士、専門はアメリカ史)がいます。この方は独自に放影研や戦後のアメリカを研究していて、「原爆影響の過小評価の歴史」を政治史や社会史から考えていらっしゃる。

もんじゅ:「原爆影響の過小評価」といいますが、具体的には健康影響のうち、どんな部分が切り捨てられてきたんでしょう。

島薗:もんじゅ君の質問は本質的で答えるのがたいへんですね(笑)。  核心に迫る問いだと思いますが、けっきょく原爆というのは軍事的な領域になってしまう。そして軍事領域というのは、秘密や情報隠蔽がいくらでも通ってしまうわけです。そういうなかで、アメリカにとって都合のいい評価が原爆投下についてなされました。

ビキニ環礁の水爆実験の影響で、放射能のおそろしさが知れわたる

もんじゅ:戦後すぐは、被爆のおそろしさはそれほど国内では知られていなかったということですよね。「原子病」や「原爆ぶらぶら病」といった言葉はあったけれど、内部被曝についてもよく知られていなかったし、黒い雨(*原爆投下後に降るフォールアウトの一種。爆弾が炸裂した際の埃や煤、またウランなどを含む雨。深刻な内部被爆をもたらす)に打たれた人や原爆投下後に家族を探して市街に入った人などの被爆についてはきちんと研究もされなかった。

島薗:そうです。けれど、しだいにその嘘が通らなくなっていく。そのきっかけとしては、水爆実験で第五福竜丸が被爆したことが挙げられます(*1954年3月、アメリカによるビキニ環礁での水爆実験により焼津のマグロ漁船・第五福竜丸が被爆。死の灰=フォールアウトを浴びた乗組員23名全員が被爆し、うち1名は半年後に死亡した。なお、第五福竜丸以外にも1000隻近い日本のマグロ漁船が被爆している)が。あんなにひどい核実験をやって、被害があることを予想していないとはいったいどういうことかと。これ、いまの福島の汚染水問題と似てますけどね。
 そしてこの被爆の過小評価は軍事的なものにとどまらず、そのあとの原発にも引き継がれていく。それとさきほどお話したような、ES細胞などの現代の生命科学をめぐる倫理というのは、わたしのなかではくっついているわけなんです。
 つまり、世界的に民主主義社会になっていった戦後において、「科学が道を踏みはずす」ということがじつは堂々とおこなわれるようになっていったのかもしれない。それを理解しておきたいという気持ちは、以前から強く持っていました。<つづく>

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