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佐久間正英からの提言(後編) ~これからの音楽家の活動 音楽産業のあり方~

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時間が区切られた事によって見えてきた事

鈴木:これは遠慮しながら言っても仕方がないので真摯に質問いたしますが、先日ご自身で公表された末期がんの話について、様々な人が感じた事だと思うのですが、非常にショックを受けました。僕は日本人の死生観って東日本大震災3.11以降少なからず変わってしまったと思うのです。あの日の朝、家を出て、まさかもう二度と夕ご飯を食べることが出来なくなったという人が何万人もいたわけです。その人たちは数時間後に自分がよもや死んでしまうとは思わなかったと思うのですよ。時間を区切られてしまった佐久間さんが今、どう考え、これから先何を残されるのか?ということを伺いたいのですが。

音楽というのは「遊び」「愉しみ」細かい「追求」,特に「追求」が、できないと面白くない

佐久間:要は人間が死ぬのは100%人生について唯一確実なこと、その確実なことが何ヶ月後と区切られるのはある種、楽かなという気もする。判らずに明日死んじゃうかもしれない、今日ぼーっと過ごして死んじゃうかも、その前にそれを前提にして考えたり、言葉を発したり演奏したり、という事が出来るのは幸いだったなと今は思いますね。

鈴木:これまでも、膨大な作品を残されてきました。アーティストにとって作品は未来に残りますしね。

佐久間:そうですね、ただ僕は余りそういうのに興味がなくて、子供の時からモノを残したりしないタイプで(笑)、残ったあとで聴いてくれる人がいることはありがたいけど、自分から残そうというのは無くて、たまたま仕事としてこうやって来ただけなので。

鈴木:今後、ペースを考えて何か作るっていうのは?

佐久間:特にないですね、ただ仕事ばかりしてきたので一個くらい自分の音楽ができればいいなと。音楽というのは「遊び」「愉しみ」「細かい追求」特に追求ができないと面白くないので、実際の体力のバランスが間に合うかどうか判らないけど。

鈴木:何か音楽以外で好きなことをしようというのは?

佐久間:「何もしないでぼーっとしてること」と言いたいけれど、実際は仕事をして、人と接しているのが意外な程、好きなんだなと。家族といる事とか、のんびり過ごす、とか言いたいですけど、残念ながら慌しく人と接してせっつかれたりするのが好きなんだろうなと。

鈴木:今プロデュースしているミュージシャンはいるのですか?

佐久間:大体終わっていて途中段階のプロジェクトが幾つか。新たに手がける人が一つ、個人的に依頼があったのと僕がやりたいのが幾つか、途中までのも色々あってどこまで出来るかという感じですが。

本物のライブ環境に接する事がクオリティアップに繋がる

鈴木:以前「現状で伝承するものは何も無い」と仰っていましたが、今でもその気持ち変わりませんか?

佐久間:変わらないですね、僕らがプロデューサーとしてやってきたことは実際の内容を話してしまえば、知らない人から見れば「バカじゃないの」って些細なことの積み重ねなので。お金が無ければ出来ない、時間とその現場に接してなければ判らないことなので伝承のしようがないですから。

鈴木:なるほど。話は変わりますが、音楽がモノとして売れなくなって来た現状はどこの国も一緒ですけど、例えばイギリスからはMumford & Sonsや、アメリカではLumineersみたいな完全アコースティックなのにやたら熱狂させるバンドが出てきたり、新しい動きもあります。現状日本で決定的な新しいミュージシャンが出てこないのは文化の違いなのですかね?

佐久間:単純に考えると生活してきた文化バックボーンが大きくて、日本のバンドをやっている子がアマチュアバンドでろくでもない箱のろくでもないPAの音で演奏して、自分達の親が聞いてきた音楽もたいしたことがないとなると、おのずとそうなってしまいます。ロンドンとかニューヨークの子は幼い時から、凄いバンドを目の当たりにしたり、些細な話ですが、ロンドンのノミの市で演奏している音とかでも凄くいい音なんですよね。日本の路上だとそういうのは凄く歪んで聞こえてくる、そこらへんの基本的な環境は大きいかなと思う。それが悲惨なことではないけれど、それに気づける子達は実際少ないですからね。だから、若い子に僕は、行きたい子は海外に早めに行った方がいいと言っているんです。

これからの音楽産業に対して、存続の仕方

鈴木:音楽産業に関して今のあり方~この先どうしていくべきなのか?というのは、どう思われますか?

佐久間:僕は今のメジャーメーカーがやるべきことは新しいものは出さずに過去の音源だけを販売すること。原盤を保持しているものを上手く商品化すれば、10人位で儲かる会社はできると思います。廃盤もなく文化として創り上げた作品を残して行く、それは文化財産としてもいいことだと思う。
新しいものはレコード会社ではない枠というか新しい事務所的なものになるのか判らないけれど専門の新しい音楽をつくる組織や集合体が出来るといいなと。お金の流れ方も変わってくると思うんですよ。CDが出来た時、デジタル化した時に思ったのはこれで、音楽はデータなのだから最終的に一元集中化して、データベース化されるべきだと思います。

鈴木:つまりクラウド的な発想ですね。では新しい音楽をやりたい若いミュージシャンたちがレコード会社に頼らずにやっていく方法は?

佐久間:理想論になっちゃうけど、音楽で儲けるというのは、あくまで後から付いてくるものであって、ストリートでも、音や内容が良ければお金を入れてくれるし、駄目なら貰えないのが当たり前で、自分達でバイトしてでも、自分達で音楽始めて、それが良ければお金になるかもしれないし、でも例えお金にならなくても続けたいかもしれない、金にならないから続けられない人もいる、基本的にそういうことだと思います。

鈴木:例えば海外のミュージシャンが制作費を捻出する為にクラウドファンディングを利用していますが、ああいう方法は?

佐久間:日本ではリアリティーが無いですかね、お金を出した人にメリットがあるかっていうと、中々見出せない。上手く行くシステムがあればいいと思いますけどね。

鈴木:あと音楽出版社が創り手にとって必要なのか?という話もあります。持論ですが。特に放送局系、広告代理店系、あくまで権利だけを抱えてアーカイヴを商品化しないというケースが多々あります。単なる搾取構造も見えます。

佐久間:権利関係など構造的な問題ですね。ただ一個一個直していくのは大変だけど、大きな変わり目ではあるので先行きが暗いとは思わないです。僕は音楽をやっている子たちには未来は暗くないと思うので少なくとも。やり方だけだと思いますね。暗中模索して出てくると思いますけど今までの音楽出版社やレコード会社にないシステムとか既存の著作権法に関しても、今やってる人間が変えていくしかないと思います。

業界が作るのではない。音楽があって周囲が形成されるのが健全な姿

鈴木:これからの未来は明るいといいますが、携わる人たちに先が見えてない状態だと思いますが。

佐久間:音楽を演る、創る側にとってはとても楽な時代に向かっていく。そこは制約されることは無いから、形はどうであれ、いい方に動いていくきっかけにはなっていると思います。業界があって音楽が作られるのではなくて、音楽があってその周りが作られていくのだから、それほど不健全なことではなくて、ただ僕みたいな仕事をしている人間も含めて、今までやって来た人が困っているだけです。だから、今音楽をやっている人たちの中から新しいシステムが生まれて行くのだと思います。

鈴木:日本のプロダクションのシステムも変わっていくべきで、できればこれからのアーティストはエージェント制でやっていくべき、代理人に法務やプロモーションを任せて 本人ができないことをエージェントが担い、アーティストが払うというのが健全だと考えています。

佐久間:確かに良いことですけど、ただそれだと今と同じ位騙される方も沢山出ると思いますけどね。今まで以上に音楽をやる人間は自らの行動に自覚と責任を持つ事が大事ですね。

鈴木:もはやCDショップやパッケージが永久に残るとは思わない状況ですが、人と音楽の接点がどう生み出されていくのが理想だろうか。佐久間さんはどう考えますか?

佐久間:理想的にはなんとなく特に意識せず音楽があるのが望ましい。気がついてみれば生活の中に当たり前のようにあるというのがいいと思います。そのために何か努力しなければならないというのが不健全であるなら、そういう意味では今は不健全といえますね。これから変わるとは思いますし、そうであって欲しいですね。

「インタビュー後記」
お辛い話もして頂かなければならず、私としては終始緊張のインタビューでしたが、上面をなぞるだけのインタビューにはしないと、それだけを考え質問を繰り返しました。 それでも佐久間さんは淡々と今の心境を語ってくださいました。創り続けていく意欲は全く失われていず、末期と宣告された病気に対しても闘病というイメージではなく、ご自身も言われていますが共病であるとの事、その姿勢をただただ見つめ続けるのみです。 このインタビューの20日後、早川義夫さんとのライブ「The beautiful world」が渋谷Quattroで開催されました。アンコール最後の歌が「空っぽの世界」佐久間さんは最後まで立ち続け、魂をふるわせる様なギターソロを弾いていました。観客はただその姿をじっと祈るように見つめていたのが印象的です。
こんな言葉はあまりにも安直ですが、「頑張って下さい」としか言えません。

※佐久間さんが人生で最初に買ったレコード
「帰って来たヨッパライ」/ザ・フォーク・クルセダーズ
 理由「早回しに興味がわきました」との事でした。

(編集部:註 前編で~日本人が海外のバンドに勝てない理由、これからの戦い方?というタイトルを付けましたが、「別に勝ち負けというような挑発的な話じゃないんだよね・・・」という佐久間さんからのご指摘がありました。これは編集部が付けたタイトルです。ご了承のほどお願い申し上げます。

 

リンク先を見る佐久間正英 (さくま まさひで)

1952年3月:東京都文京区生まれ。
都立西高に在学中のキーボード奏者茂木由多加(後に四人囃子等)と知り合う。和光大学在学中にフォーク・グループ「ノアの箱船」を茂木由多加、下幸子と結成。その後メンバーの変遷を経て1971年「万華鏡」結成。1973年:Kb.茂木由多加、Dr.宇都宮カズ(後に高橋直人が参加)とキーボード・トリオ「MythTouch」結成。ギターからベースへ転向。四人囃子、安全バンド等と共に”浦和ロックンロール・センター”を拠点として活動。1975年:和光大学卒業後、「四人囃子」にベーシストとして参加。以後作・編曲家、スタジオ・ミュージシャンとしてのインディペンデントな活動を開始。1978年:「Plastics」に参加。「P-Model」の1st Album「In A Model Room」をプロデュース。「The Plastics」イギリス、ラフトレードよりデビュー。1980年:「Plastics」ワールド・ツァー開始。同時期よりCM音楽作曲、アイドル・ポップスの作・編曲、映画音楽等を手掛け始める。1984年:初Solo Album「Lisa」(果樹園のリサ)リリース。1985年:「Boowy」「The Street Sliders」のプロデュース。同時期よりプロデューサーとしての活動が多数増え現在に至る。

Facebook:https://www.facebook.com/masahidesakuma
Twitter:https://twitter.com/masahidesakuma
HP:http://www.masahidesakuma.net/

リンク先を見る鈴木健士 (すずきけんじ)

1961年東京都出身。マネージャーや国内海外での制作を経験。退職後、CM音楽制作会社へ。20代で社長になり社名をミュータントとして新規スタート。CM音楽制作のほかアーティストプロデュースやアーティストマネージメントも行う。扱った音楽制作は3000作品以上。任天堂ピクミン「愛のうた」エースコックスーパーカップのザ・タイマーズ「デイドリームビリーバー」など様々なCMタイアップなど手がける。林明日香プロデューサーとして、デビュー曲「ake-kaze」の作詞など多くの作詞作品も提供。2007年、NPO法人ミュージックソムリエ協会を設立。理事長に就任。「CDショップ大賞」の立ち上げから運営、RECORD STORE DAY JAPANの事務局運営、Music Sommelier at CAYのイベント運営、ミュージックソムリエの育成講座を実施している。

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佐久間正英からの提言(前編)~日本人が海外のバンドに勝てない理由、これからの戦い方

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