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- 2010年12月29日 00:00
一斉同報送信からクラスタの時代へ
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今年も、尖閣ビデオからtwitterによる不倫暴露まで、さまざまな「流出事件」が話題となったが、私が一番衝撃を受けたのは、警視庁の公案資料流出事件だ。
しかも、この記事によると、問題の外事3課内には、セキュリティが考慮されてない「別のネットワーク」が組まれていて、このネットワークを通して、機密資料が誰にでも閲覧できる状態だったと言う。
これは一般の企業ではよくあることだ。システム部門等全体を統括する部署は、万が一の漏洩のリスクを減らすことを重視するので、現場の不便さを考慮しないで、必要以上に厳格なシステムを導入しがちである。現場はそれでは仕事にならないので、何とかして抜け道を探し、簡単に仕事ができるように工夫する。
だから、本部の管理下にあるセキュリティが徹底されたネットワークと「別のネットワーク」が組まれて、多くの日常的な作業がそちらを通して行なわれるというのは、ありそうな話ではある。
しかし、公安情報という、人の生命に関わる情報を扱う部署で、そういうことが起きていたというのは衝撃だ。公安というのは、ネットやパソコンに関する知識とは別のレベルで、情報というものの持つ怖さを肌で実感せざるを得ない仕事ではないだろうか。
ただ、逆に、公安情報は、「危なすぎて安全」という別の側面もあるのかもしれない。今回漏れたような、外部の協力者の氏名とか外国の捜査機関からの協力要請なんていう情報は、ネット以前だったら、あまりにも危険すぎて、どんなアングラ週刊誌にタレこんでも、ビビって掲載を躊躇してしまうような性質のものではないかと思う。だからこそ逆に、油断が生まれたのかもしれない。
もしそうなら、これは、ウィキリークス×スパム×酔っ払い運転というエントリに書いた「紙というデバイスの特性に依存した習慣」の一つだと思う。
印刷は、同じ情報を大量に刷るほど一枚あたりのコストが安くなる。だから、紙を使っている限り、必然的に情報が配られる前に、情報が集まる場所がある。その情報が集まる所を管理できれば、情報の流通全体をコントロールできる。
大手マスメディアがリークされた公安の情報を載せることはまずないだろうから、公安にとって警戒すべきなのは、一部のアングラ週刊誌や政治的な意図を持ったメディアだ。そういう所をマークしておけば、極秘情報の一般公開などという最悪の事態を防ぐことはできる。接点を持っていれば「それを伏せてくれれば、別の、そちらにとっておいしい情報を渡そう」というような取引もできる。
そういうメディアと捜査機関の暗黙の協力関係は昔からあったものだと思う。そして、メディアの中心が紙から電波に変わった時にも、そのシステムは、途切れることなく引き継がれてきただろう。
電波も、大量印刷と同じように一斉同報送信によって効率的に使える性質を持っている。印刷と電波は全く違う技術だが、一斉同報送信に向いているということは同じだ。だから、情報を集めて配る仕事をしている人たちは、情報源との関係も含めて、多くのノウハウをそのまま引き継いで仕事を継続することができた。
政治家や捜査機関のような権力に近い仕事をする人は、メディアの中に暗黙の協力者を確保して、時に情報を提供しつつ、情報の流出をコントロールしてきたのだろう。
そして、この協力関係は、媒体が新聞→ラジオ→テレビと変化しても、同じように続けられてきた。どれも、一斉同報送信を主体としたメディアであり、そうであれば情報が集まり集約される所がどこかにあるからだ。
捜査関係者によると、警視庁には情報管理部門が管理して外部に接続していない庁内LANがあり、アクセス制限などセキュリティーが徹底されている。しかし、外事3課内には庁内LANとは別のネットワークが組まれていたという。
【公安資料流出】外事3課に独自ネットワーク 警視庁、「内部文書の可能性高い」と公表へ
しかも、この記事によると、問題の外事3課内には、セキュリティが考慮されてない「別のネットワーク」が組まれていて、このネットワークを通して、機密資料が誰にでも閲覧できる状態だったと言う。
これは一般の企業ではよくあることだ。システム部門等全体を統括する部署は、万が一の漏洩のリスクを減らすことを重視するので、現場の不便さを考慮しないで、必要以上に厳格なシステムを導入しがちである。現場はそれでは仕事にならないので、何とかして抜け道を探し、簡単に仕事ができるように工夫する。
だから、本部の管理下にあるセキュリティが徹底されたネットワークと「別のネットワーク」が組まれて、多くの日常的な作業がそちらを通して行なわれるというのは、ありそうな話ではある。
しかし、公安情報という、人の生命に関わる情報を扱う部署で、そういうことが起きていたというのは衝撃だ。公安というのは、ネットやパソコンに関する知識とは別のレベルで、情報というものの持つ怖さを肌で実感せざるを得ない仕事ではないだろうか。
ただ、逆に、公安情報は、「危なすぎて安全」という別の側面もあるのかもしれない。今回漏れたような、外部の協力者の氏名とか外国の捜査機関からの協力要請なんていう情報は、ネット以前だったら、あまりにも危険すぎて、どんなアングラ週刊誌にタレこんでも、ビビって掲載を躊躇してしまうような性質のものではないかと思う。だからこそ逆に、油断が生まれたのかもしれない。
もしそうなら、これは、ウィキリークス×スパム×酔っ払い運転というエントリに書いた「紙というデバイスの特性に依存した習慣」の一つだと思う。
印刷は、同じ情報を大量に刷るほど一枚あたりのコストが安くなる。だから、紙を使っている限り、必然的に情報が配られる前に、情報が集まる場所がある。その情報が集まる所を管理できれば、情報の流通全体をコントロールできる。
大手マスメディアがリークされた公安の情報を載せることはまずないだろうから、公安にとって警戒すべきなのは、一部のアングラ週刊誌や政治的な意図を持ったメディアだ。そういう所をマークしておけば、極秘情報の一般公開などという最悪の事態を防ぐことはできる。接点を持っていれば「それを伏せてくれれば、別の、そちらにとっておいしい情報を渡そう」というような取引もできる。
そういうメディアと捜査機関の暗黙の協力関係は昔からあったものだと思う。そして、メディアの中心が紙から電波に変わった時にも、そのシステムは、途切れることなく引き継がれてきただろう。
電波も、大量印刷と同じように一斉同報送信によって効率的に使える性質を持っている。印刷と電波は全く違う技術だが、一斉同報送信に向いているということは同じだ。だから、情報を集めて配る仕事をしている人たちは、情報源との関係も含めて、多くのノウハウをそのまま引き継いで仕事を継続することができた。
政治家や捜査機関のような権力に近い仕事をする人は、メディアの中に暗黙の協力者を確保して、時に情報を提供しつつ、情報の流出をコントロールしてきたのだろう。
そして、この協力関係は、媒体が新聞→ラジオ→テレビと変化しても、同じように続けられてきた。どれも、一斉同報送信を主体としたメディアであり、そうであれば情報が集まり集約される所がどこかにあるからだ。



