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【書評】ものを書く人全てをギクっとさせる百田尚樹「夢を売る男」

梅田望夫が約10年前に総表現社会を宣言したが、プロアマを問わず今や多くの人がネット上でなんらかの「表現」をしている。しかし、我々がひとつ予期していなかったのは、「表現をしたい人」が「表現を受けたい人(読み手、鑑賞者)」より潜在的に多かった、ということだ。

百田尚樹の小説『夢を売る男』はそうした「需要」に目を付けた丸栄出版という零細出版社を舞台にした小説。

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夢を売る男

自主出版ではなくジョイントプレス。出版社と筆者が資金をだしあって出版する業態である。しかし実際この会社の収益源は本を売ったお金ではなく、本を作ったお金。著者から巻き上げたお金であり、きわめて詐欺まがいの商法とわかる。

主人公は、この会社とその商法の胡散臭さを具現化したかのような編集者・牛河原勘治。面の皮の厚いキャラがとにかく魅力的で、ぼくの頭ではこの人が出てくるたび、映画「マルサの女」のテーマが流れていた。実際ためしてみるとめちゃくちゃマッチするので、今から読む人はお試しあれ。

牛河原の営業での話術はとにかく巧みで、被害者著者らは自分の書いたものがどれだけすごいか、自分にどれだけすごい才能があるのかを彼に諭され、ぽんぽんお金を出してしまう。

こんな詐欺ビジネスに引っかかるやついるのか?説得力なくね?と思われるかもしれないが、牛河原による小説家の精神構造についての解説がすごく説得力ある。

「小説を書く奴なんて、たいてい頭がおかしいんだ。」

「賞を取るか取らないかわからない長編小説を最後まで書き切るという人間は、自分の作品を傑作と信じている。だから傑作だと言ってやれば、疑う人間はいない。ああ、やっと分かってくれる人がいた、と心から喜ぶ。それを噓かもしれないなんて疑う冷静な人間はそもそも小説なんか書かない」

pp.31-32



これブーメランじゃん!と思ってしまうところもあるが、もちろん著者自身は織り込み済みだろう。後述するが、実はこの小説は「小説論小説」になっている。

被害者著者のキャラ設定も笑える。自分には無限の才能があると根拠なき自信をもつフリーターや、上昇志向の強い専業主婦、自分がいかに波瀾万丈な人生を送ってきたかに浸る団塊老人など、それらすべてが、われわれが少なからずもつ「偏見」を面白い方向に広げが、ちょっぴり悪意を足した具現化なのだ。奥田英朗にも感じるが、エンタメ作家にとってこの「偏見のおもしろい具現化」は必要な資質だ。そして、この百田さんにもその才能を感じた。

ただ、この詐欺まがいの事業がそれほど悪く思えなくなってくるのは、そこにどこか著者たちへの救いがあるからだろう。小説では、著者らがカラクリに気づいて絶望に突き落とされるところまでは描かれない。つまり、夢を見続けたまま終わるのだ。見続けているならばいいのでは、という気持ちも湧いてくる。

薄利多売のライバル企業が出現したとき、牛河原はこのような営業哲学を述べている。

「客にとって、本作りは夢なんです。自らの虚栄心や自己満足を満たす夢なんです。夢には、それなりのパッケージが必要なんです。目先の儲けに走っては、しっぺ返しが来ます。」

p192



あれ?なんかいい話っぽくなってね?と思えてしまうのは、すでにぼくも牛河原の口車に乗せられているからか?

彼に、著者を騙しているという後ろめたさはない。彼には著者に夢を売っているのだ、という強い自負があるのである。


ここまでならワナビーな素人をバカにするだけの小説と思われるだろうが、後半に向かうと一転、今度は素人だけでなく、商業誌に連載するプロの作家や小説界全体が、薄々気づいてたけど知らないでいたある"事実"が明かされる。

いまや娯楽は読書だけじゃない。優れた才能は他のジャンルで活躍するだろうし、売れない文芸誌は売れない作家のためのセーフティネットにすぎない……etc。ここで読者には、「小説が今の時代にどれだけ必要とされていないか」という話を小説をとおして知るという不思議な体験が待っている。そこには著者の自虐もちりばめられているけど、それ以上に行間からは、そんな小説、小説家にとって苦難の時代において「『面白い話を聞かせるから、金をくれ!」と言う奇天烈な職業」(p.183)の第一線で活躍していることへの、深い自信も感じられる。売れない作家がこんなこと書けないでしょ。

結局、この作品はものを書く人すべてにギクっとさせるなにかがあるのだ。


冒頭に書いたようにいまやわれわれは総表現社会を生きている。表現したい人が多数派だったということ以外に、総表現社会になったからこそ判明したことが、もう一つある。

それは、プロの作家(の下位層)と素人作家(の上位層)の間の差は、それほど大きくないということだ。商業誌にクソみたいな文章を書くプロもいれば、とんでもない才能を有した無名のブロガーだっている。両者をわかつのは才能ではなく、ハッキリ言えばそれまでの「実績」であり、編集者と知り合いかどうかである。しかし誰かがそれらを超えて、才能あるアマチュアをプロの世界に引き入れる仕事を引き受けなければいけない。

「夢を売る男」というタイトルのわりに、全体的に夢見が悪くなるような内容の小説だが、クライマックスはすこしあったかい夢で締めくくられる。

優れた書き手がいくら優れていても、それで自足することはできない。優れた書き手を優れた書き手たらしめるのは、何を隠そう「優れた読み手」である。小説はそっと語り、幕を閉じる。

書いたこととかぶってるけど、USTもどぞー。

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