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ケネディ神話誕生の背景

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近くキャロライン・ケネディ駐日大使が着任します。また11月22日はジョンFケネディ大統領がダラスで暗殺された日でもあります。そこで今日はケネディ神話誕生の背景について、少し書きたいと思います。

アメリカにはロイヤル・ファミリーは存在しません。若しロイヤル・ファミリーに一番近い存在は何か? と問われれば、それはケネディ家ということになります。ブッシュ家などの名門ファミリーがいくつも存在する中で、なぜケネディ家は別格的存在なのでしょうか?

ケネディ家が他のファミリーと一線を画している理由は、「血の代償」の歴史にあります。

ジョンFケネディが暗殺されたことは皆さんもご存知だと思いますが、ボビー・ケネディも暗殺されています。このようにケネディ家には不幸がつきまとっており、その「殉死」のイメージがアメリカ国民に強い印象を残しているのです。

中でもジョンFケネディの暗殺に関しては、現在も全貌が明らかになっていません。ただ国家安全資料室(National Security Archive)のピーター・コーンブルーが、事件の鍵を握ると言われているピッグス湾侵攻作戦(Bay of Pigs Invasion)に関する情報開示を求め、CIAの秘密書類を40年ぶりに公開させることに成功しました。それにより当時の極めて複雑な事情についてのアメリカ国民の理解が、最近になってようやく深まったわけです。

1952年以降、キューバではアメリカの裕福層、大企業、闇経済などに影響をうけた、バティスタ政権が腐敗した政治をおこなっていました。

フィデル・カストロ、チェ・ゲバラなどが指導する小さな反政府グループが、1959年1月に革命に成功し、政権を握ります。カストロ政権は、がっちりとした支持基盤をすぐに確立したわけではありませんでした。

カストロは首相になって3ヶ月後、アメリカと友好関係を樹立するためワシントンDCを訪問します。

そこでカストロと面談したリチャード・ニクソン副大統領は、「カストロはすごいカリスマのある男だ」とアイゼンハワー大統領に報告しました。ニクソン自身は、カストロを大政治家と認め、今後、そのつもりで外交してゆかねばならないと考えていました。

ところがこの時、アイゼンハワー政権が知らないうちに、CIAも独自にカストロとミーティングを持ちました。

CIAはカストロが民主主義に立脚した政権運営を行うと判断し、「ソ連などの共産主義に関する、CIAが持っている極秘情報を提供するから、そちらからも情報提供して欲しい」という密約を結びます。つまり一旦はカストロを信頼したのです。

ところがカストロは農地改革などで共産主義的な色彩を帯びた政策を打ち出したため、CIAは自分たちの判断が間違っていたことを悟ります。CIAは(カストロ政権を潰すなら、今のうちだ)と考えます。

フロリダにはキューバ革命のときにキューバを追われ、アメリカに逃げて来たキューバ人のコミュニティがあります。彼らは革命前のキューバの状態を復旧することに情熱をもっています。

アイゼンハワー大統領は共産主義へと傾斜するキューバを見て、クーデターによるカストロ政権の追い落としの謀略を準備します。当初の計画は、落下傘部隊を含む、大がかりな侵攻というプランでした。しかしアイゼンハワーの任期は終了し、ケネディ大統領に代わります。

ケネディ大統領は、引き継ぎの際に、このプランには、乗り気ではありませんでした。

その後、キューバ空軍の基地が何者かによって爆撃され、一部の飛行機が破壊されます。これは上陸作戦に先立つ、キューバ空軍の無力化を狙ったものでした。

アメリカはキューバから亡命しようとしたキューバ軍が、この破壊行為を行ったと主張します。しかしアメリカに亡命したとされる爆撃機を検分したアメリカのマスコミは、塗装がニセモノで、これはアメリカ軍の爆撃機だということを暴きます。

国連はアメリカの関与を強く非難します。

ケネディ大統領は、国際世論の反対を見て(戦争ごっこは、もうやめにしたい)という気分になります。

でもフロリダの有志から成る傭兵軍、「2506連隊」は、勝手な動きをし始めていて、ケネディ政権の手に負えなくなっていました。

ケネディは「2506連隊が上陸作戦を強行するのなら、その際のアメリカ空軍による援護はしない」と言います。

1961年4月2506連隊によるピッグス湾侵攻作戦が敢行されます。この作戦ではケネディ大統領の判断で空軍による援護が無かったため、キューバ空軍がピッグス湾上空の制空権を握り、開戦して4時間の間に2隻のアメリカの補給船が撃沈されました。また上陸した傭兵軍は浜辺で機銃掃射を受けました。17時間も水際に張り付けになった後、170人前後の死者を出し、1万人が捕虜になります。

この作戦の大失敗でCIAはケネディ政権を非難し、ケネディ政権は逆にCIAを非難します。ケネディ大統領はマクセル・テーラー将軍に今回の事件の内部調査を指示し、CIAのアレン・ダレス長官はカークパトリック検査官に独自の内部調査を指示するわけです。こうして責任のなすりつけ合いがはじまるわけです。

CIAの報告書は、CIAの隠密作戦に批判的でした。作戦が初めから失敗するとわかっていたのに、CIAはそれを強行したというわけです。これを受けてアレン・ダレスはCIA長官を辞任します。CIAは(作戦が動き出せば、ケネディ政権も支援に回らざるを得ないだろう)と読んでいました。だから無理な計画を強行したのです。

この作戦失敗の後、カストロはキューバ国民からの支持を一層強化し、カストロ政権は安定します。カストロはソ連に接近し、ソ連はミサイルをキューバに輸送します。ケネディが強くこれに抗議したため、ソ連は直前で引き返し、ミサイルをキューバに設置することを断念します。これがキューバ・ミサイル危機と呼ばれる事件です。

1963年11月22日、ダラスでジョンFケネディ大統領がリー・ハーヴィー・オズワルドによって狙撃、暗殺される事件が起きます。しかし現場の状況から、オズワルドの単独犯行と考えるにはいろいろ無理があることがわかります。オズワルドは事件2日後に、移送中にジャック・ルービーによって射殺され、事件は迷宮入りします。

一説には、ピッグス湾侵攻作戦で「見殺し」にされたマイアミを中心とするキューバ・コミュニティには、ケネディ大統領に対する私怨があったとされます。またCIAとケネディ政権が対立的関係にあったことも上に見た通りです。

ケネディ暗殺を巡っては、色々な説があり、そのどれが真相なのかを特定することは難しいと思います。ただ事件当初は上に書いたような事実は情報公開されていなかったので、アメリカ国民は知らされていませんでした。これが今なお蒸し返される、ケネディ暗殺を巡るミステリーなのです。

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