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特集:私的で体験的な総合商社論

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気がついてみたら、1984年に日商岩井株式会社に入社してから、来年春で丸30年になってしまいます。ずいぶん長くなったものですが、先日は日本貿易会主催「商社ビジネス最前線」なるシンポジウムにも参加して、「商社を語る」機会がありました。そこでたまには本誌でも、総合商社論を取り上げてみることにしました。

ついでに「企業とは何か」という問題にまで踏み込んでみようと思います。ただし、ぶっちゃけベースの話となりますので、業界の PRという面ではいささか問題アリかもしれません。そこは「溜池通信」風に語る極私的な総合商社論ということでお届けいたします。

●拠って立つものがない業界

普通の企業には、自明の目的というものがある。自動車会社であれば、自動車を製造することであろうし、保険会社であれば保険を売ることである。新聞社であれば、何が何でも明日の朝には次の朝刊を出さねばならない。そこには妥協の余地はまったくない。

ただし、それをあからさまに自社のミッションとして位置づけてしまうと、いささか即物的過ぎて「夢」や「含み」がなくなってしまう。そこで広告会社(広告を作る会社)に相談して、「先進技術で明日を拓く」とか「美と健康をお届けする」式のキャッチコピー を作り、自己を規定しようとしたりするのである。

ところが商社には、その手の拠って立つ自明な目的というものが存在しない。いちおう貿易会社という建前になっているが、極端な話、商社が貿易をしていなくても、誰かに咎められるわけでもない。「何のために存在しているのか」が外から見えにくいし、中の人間もよく分かっていない。これが商社業界の決定的にユニークな点ではないかと思う。

さらに商社には、普通の業界における「業法」というものもない。監督官庁は経済産業省であるが、「規制」や「指導」がそれほど多いわけではなく、誤解を恐れずに言えば「放任主義的」である。このあたり、TVドラマ『半沢直樹』で有名になった銀行業界と金融庁の関係と比べると、まことに対照的であるかもしれない。

やっている業務内容も、時代によって違っている。戦後すぐの高度成長期には、商社は「輸出の先兵」であった。海外に出かけて行って、「メイド・イン・ジャパン」を売り歩くことが仕事だった。1970年代からは資源の開発輸入の仕事が多くなった。80年代になって「冬の時代」と呼ばれたりもしたのだが、90年代にはちょうど勃興期にあったIT産業への参入も目立った。2000年代からは、投資会社化が進んだ。特に海外の資源権益からの利益が、ここ10年くらいの商社を支えてきた。

ところが、昨今の業界内の合言葉は「脱・資源ビジネス」である。例えば10月10日に日本貿易会が行ったシンポジウム「商社ビジネス最前線」において、「進化する商社ビジネス」として紹介された4つの事例は、①海外発電インフラ事業(IPP)、②ブランドマー ケティング、③工業団地ビジネス、④金融事業であった。資源関係が1件も入っていない。まるで手の平を返すようで、まことに節操がない。

それではなぜ、商社は変わり続けることができたのか。たぶん「総合」商社であったからであろう。多くのことを手掛けていたお陰で、リスクを分散することができた。ノンコアビジネスを多く抱えていたお陰で、次のコアビジネスを見つけやすかったとも言える。「年間5%の比率で事業ポートフォリオを入れ替えている」との試算もある1。 この辺は生産設備の研究部門を持たない強みと言えるかもしれない。

これだけ頻繁に業務内容を変えながら、中の人間があまり変わっていないというのも、商社のユニークな点ではないかと思う。仮に これが欧米企業であれば、貿易会社から投資会社への脱皮を目指す際には、貿易部門を丸ごと売却し、新たに投資部門を設立するとい う戦略を立てるだろう。ところが商社の場合は、自前の人材を育てる形で対応してきた。だから昔は貿易をやっていた社員が、今は投資を手掛けていることもめずらしくない。

日本人にありがちなことに、担当業務や専門分野を変えることは平気なのである。ところが社内の人間関係を変えることは苦手ある。「誰それとは同期入社だ」とか、「どこそこで同時期に駐在した」式の関係が、今でも社内では重きをなしている。ただし、この手のネットワークがあるお陰で、商品別の縦割り組織に横のつながりがもたらされている。

意外に思われるかもしれないが、商社は典型的な日本企業である。少なくともオフィスの風景は他の企業と何ら変わりはないし、「女性や外国人の活用が遅れている」などの欠点もきわめて日本的である。社内のグローバル化はお世辞にも進んではいない。その一方で、社員のモチベーションは不思議なくらいに高い。その実態は、「グローバルな仕事をしている元気な和風企業」といったところであろうか。

●商社をどうやって説明するか

筆者が20代の頃、商社に入社して初めて就いた仕事が広報であった。従って「外部の人に商社を説明する」ことを何度も経験したが、これが非常に悩ましいのである。

商社の取扱商品は、俗に「ミネラルウォーターから人工衛星まで」などと言う2。ところが「あれもやってます、これもやってます」と言っていると、仕事のドメインを規定することが難しくなる。「これはやりません」という線引きがないと、何のための会社かが分かりにくいのである。ゆえに商社は「輪郭が見えない会社」となってします。

 つまり商社の実態は、演繹法で説明できない。そこで必然的に、「最近、こんな仕事がありまして」「こんな面白い社員がおりまして」などと具体的な案件や人を例示して、帰納法で説明することが多くなる。部分を見せて、全体を想像してもらうわけである。

経験的に言うと、これは顧客満足度の高い手法である。ただしこれは、聞き手の側にある商社への「誤解」や「幻想」を利用している危うさがある。さらに説明する側としても、「何をしている会社か」を説明できていないという不満が残る。

歴史を説明する、という手法もある。現存する商社は、財閥系も非財閥系もそれぞれに興味深い歴史を有している。これらを説き起こすことは、商社の存在理由を説明する上で、比較的間違いのない手法と言える。

「商社とは何か」というこの厄介な問いに対し、日本貿易会では2010年に「商社原論研究会」という研究プロジェクトを設置した。筆者も委員の一人として、2年がかりの議論に参加したのだが、面白いことに「商社を説明できない」という問題意識は全委員が共有するところであった。特に、「商社という他国に例のない業態を外国人に向けて説明する」ことは、業界全体の悩みとも言えた。

このときの成果は、主査を務めていただいた田中隆之・専修大学教授の『総合商社の研究』(東洋経済新報社)にまとめられている。本書ではやはり商社の歴史から説き起こし、現在の商社の本質は「総合事業運営・事業投資会社」と規定している。

と同時に、本書は「なぜ日本でだけ総合商社という形態が誕生したのか」という古くからの問いにも答えを提示している。以下の4点が商社の存立条件であるという3

 1.国策的な必要性(明治維新後および戦後の復興期には輸出拡大が必要だった)
2.海外との商慣行の違い(国内の企業が「貿易のプロ」を必要としていた)
3.経済の急拡大(高度成長期に「総合商社化」が促進された)
4.国内産業との深いかかわり(国内に企業グループという商権を有していた)

ただしこれらの存立条件は、近年になって希薄化しつつある。だからこそ商社ビジネスは、「事業運営」や「投資」に向かっているのだとも言える。おそらく明治から昭和にかけての日本経済には、総合商社という存在が必要だったのであろう。そして(言い尽くされたことだが)、今ではその役割期待は失われつつある。それでも商社は、「環境変化への対応」を続けて生き残ってきた。その努力は今後も続けられるだろうが、100年後も「総合商社」という業態が続いている保証はない。なにしろ、「拠って立つものがない」業態なのだから、これは仕方あるまい。

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